第2話

 森を抜けると夜明けだった。

 朝日が目に染みる。今日も始まろうというのに私はボロボロだ。

 暗い足場で転んだりでへとへとでもある。


 逃げ回ったり、森の茂みをかき分けてで私の服は汚れてしまっている。

 見る人全員に完全に敗走してきたようにしか見えない。

 現にご同業の冒険者のパーティが森の中から姿を現すと一瞬ぎょっとした表情を見せた。

 私の姿は先ほど戦ったアンデッドと大差ないほど汚れている。見間違えられたのだろう。

 そのまま目も合わせずに街のほうに歩いていく。


 その姿をニコラは可愛そうなものを見る目で見つめてくる。


「それにしても、相も変わらず酷い姿ですね。夜であったらあの時のようにアンデッドと間違えて切ってしまいそうです」

「本当だよ。転んで逃げてで、泥だらけ。なのになんで貴女はそんなに奇麗なのさ……」

「き、綺麗だなんてそんな。ほ、褒めても何も出ませんよ?」

 

 なんか、頬を赤らめもじもじしている相棒。

 同じに森へと入ったはずなのにニコラはなぜか綺麗なままなのだ。

 どうしても、解せぬ……。


「それは当然です。剣姫とそこらの小娘では歩き方が違いますからね」

「いや、だから。そのそこらの小娘をこの仕事に誘っておいてよく言うよ」

「だからこそ、ちゃんと守ってるでしょう?」

「そうだけど、こう何度も危ない目に合うのは精神的にだね……」


 私がこんな仕事をするようになったのはこの子に誘われたから。

 そのことに抗議の言葉をあげてもまったくニコラは聞いていない。


「それより賭けは私の勝ちです。ふふふ、代価は帰ってからじっくりと払ってもらいます。実に今から楽しみですね?」


 不気味な笑みを浮かべるニコラ。帰ってくる時間を賭けていたのだ。

 森に潜むゾンビを三体退治する。それが今日の仕事内容だった。

 朝日が昇るまでに帰ってこれれば私の勝ち。今日の稼ぎを総取りできた。

 だけど、今日もボロボロで森を抜けた時には夜明けを向かえた。

 この後の罰ゲームに何をされるのかわからないし、恐ろしい。


「そもそもが、私に先行させて後からついてくる人間が勝てるはずないですよね?」

「うわぁあ、しまったぁ。そうだよ、嵌められたーー」


 完全に負けだ。守られている時点で負けるのはわかりきっている。

 先行して索敵するニコラのペースでいくらでも時間は変えられる。

 賭けにもならなかったのだ。それでも少しでもと、淡い期待をしてしまった。

 

「ステラは絶対に賭け事はしない方がいいですね。取り返しのつかないことになりそうです。身ぐるみ剥がされるだけじゃ済みませんよ?」

「うん、町でどんなに誘われても絶対しない……」


 自身の愚かさに絶望する。この後の賭けの支払いも恐ろしい。

 思わず身震いするが後悔してももう遅い。


「早くお風呂に入りたい。匂いが体に染みついちゃいそう」

「そうですね。汚れていなくても、私もお風呂には入りたいです」


 この仕事の嫌なところの一番はそこだ。

 腐敗の進んだ亡骸は森に入った時点で匂いがする。

 それと命がけで戦っているのだから匂いがひどいのだ。早く着替えたい。


「魔石の一個はお風呂の分で他の二つが稼ぎかな?」

「そうですね、この大きさだと一個六百ぐらいですね」

「二人で折半で、そのうち二割をニコラに渡すから私は四百ちょっとか」


 一日の稼ぎの二割をニコラに渡す。

 それが私たちの契約だ。魔女は契約を破れない。

 まあ勿論のこと、相手も破れないのだけれど……


 破った時は命を支払う。そういう契約をしているのだ。

 魔女との誓約。それを違えれば呪いが発動する。

 破ったものは呪われ恐ろしいことになるという。魔女であってもただでは済まない。

 ニコラは私の命を守ること、私はその対価を払い続けること。


 この関係は魔女が死ぬ、その日まで続く。

 不老の魔女であればその日は果てしなく遠いだろう。

 けど思っているよりは近いのは間違いない。

 この危険な毎日をいつまで生きられるのか私にはわからないのだから……


 やっとのことで私にとっての仮の宿。

 ニコラの家に帰り着いた。ここは彼女の持ち家だ。

 見た目も可愛くて大きい、森のそばの一軒家だ。

 剣姫なんて二つ名を持つ彼女の稼ぎは本来ならものすごく多いらしい。

 一体いくらしたんだろう?


「もう普通の人間なら一生遊んで暮らせるお金がありますから」


 そんな話を聞いている。

 たぶん冗談ではなくすごい額の貯えがあるのだと思う。


 もちろんそうだと言っても私が彼女の稼ぎに手を付けれるはずもない。

 こうして彼女の足を引っ張りつつ仕事の手伝いをして稼ぎ、彼女への借りを返さねば暮らせない。私は私でお金がないと生きてはいけないのだから。


「もう早く私のものになれば、いくらでも養いますよ?」

「やめい、そういう冗談は。それって自由のない生活でしょうが」

「そうですね。世にそれを奴隷と言いますね」


 その言葉の前に他の余計な文字もつきそうでぞっとする。

 絶対にそんな契約はしない。もうこれ以上玩具にされたくはないのだ。


「では、賭けの代価を戴きましょうか。一緒に、お、お風呂です」


 ニコラは少し顔を背け頬を赤く染めている。


「あ、あれ。そんなのでいいの?」

「じゃあ、もっとすごいので……」

「いえ、それにしてください。おねがいしますぅ」


 いつもはボロボロの私の方が後にお風呂に入る。

 水が汚れるし臭いからだ。なのに今日は一緒がいいらしい。


「うう、女の子同士とは言えやっぱ少し恥ずかしい」

「ああ、ステラ。可愛いです。綺麗に隅々まで洗ってあげますからね」

「その、隅々はやめて……」


 服はまとめて一応洗濯する。果たして魔法で匂いまでどうにかなるのかはやってみないとわからない。魔法は物理法則を捻じ曲げるほど万能じゃないのだ。

 炎を起こすには薪など燃えるものが必要だし、それを風で乾かしながら火を強くして攻撃用の魔法にしたり生活用に用いたりする。

 科学的に言えば薪から可燃ガスを抽出、空気で密閉過熱し発火させているだけなのだ。

 この世界の魔法は行きつく先はSFに近い。

 しっかりとした理論が行き着いた先が魔法なのだ。

 まあ、つまりは元の世界とほとんど変わらないような生活ができている。

 シャワーとシャンプーで髪を洗う。


「ああ、私のステラの玉のお肌に傷が……」


 ニコラに体を隅々まで嘗め回すように見られた。

 転んでぶつけたところに小さい擦り傷や打ち身がみられる。

 後で痣や痕が残るかもしれない。


「癒しを」


 ニコラの首に下げられたペンダントが淡く光る。魔石の埋め込まれたものだ。

 その一言だけで私についた幾つもの傷が癒えていく。


 魔石と知識さえあればこの世界の誰であっても魔法自体は使える。

 だから彼女ならもちろん魔法も使える。

 魔法の触媒である魔石が高価すぎてそうそう使えないから剣で戦うだけだ。


「ウフフ、可愛いですよ。この小ぶりな胸も、張りのあるお尻も」

「ひゃうぁ。や、やめ……」


 そう言いながらニコラが私の体を石鹸のついた柔らかい布で宣言通り、隅々まで洗い始める。私は思わず変な声をあげてしまい、抵抗する。


「だめ、そんなところまで触らないで。あ、うひゃあ」

「その声も可愛いですよ。ステラ」


 抵抗虚しく。ニコラに全身くまなく洗われてしまった。

 まあ、確かに汚れも傷も全く無くなったし、匂いも落ちたのだけど……


「ふいー。生きかえるぅ」


 湯船につかればそんな言葉が漏れる。


「な、そんなはずありません。ステラには指一本触れさせていないはず。アンデッドにはなっていないはずです」


 ニコラが慌てだす。異世界的感覚はこの子には通じない。

 さっきの洗われ方のせいで私はもう本当にくたくただ。

 お湯につかれば全身が蕩けて思わずうとうとしてしまう。


 そのまま、疲れとお風呂の温かさに身を任せ眠りについていく。

 微睡みながら私は、ここ数か月のことを思い出していた。

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