第6話「姉貴の決意」

魔物の森道中歩みを進める。

魔物の森と言われるだけあり少々足場が良くない所が多い。

いぬこといぬおは慣れているため躓いたりはしない。


「うわっ!?」


細い獣道を進んでいる為商人が足場のツルに足が引っかかり盛大に躓いた。

顔面からモロにいったらしい。

いぬこといぬおが急いで駆け寄ると商人は少し照れながらすぐに立ち上がる。

しかし、商人の鼻からポタポタと鼻血が垂れてきていた。


「あちゃ…ちょっと待ってください。」


いぬこは商人の鼻をくっと掴んで止血を試みる。

すると数分後その状態で安静にしていると鼻血は止まりいぬこは商人の鼻に絆創膏を貼り付けた。


「あ、ありがとうございます。いぬこさんは手際が良いんですね。」


商人が関心の目を向けいぬこに感謝する。


「昔、良くいぬおで手を焼いてそれから常に応急セット持ち歩いてるだけですよ。」


「………。」


商人がチラッといぬおの方へ視線をやるとそれに気が付いたのかいぬおは少し恥ずかしそうに商人からの視線をそらす。

再びいぬこ、商人、いぬおの隊列で獣道を進む。


「なんでこんな道通るんですか?」


「大通りもいいんだけど…こっちのが近いの。」


「そうなんですね。」


「それにこっちのが魔物にも遭遇しにく…」


いぬこは何かを感じる。

誰かに見られている。

場所までは分からない。

でも…背中を這うような気持ち悪い気配。

細くて長い…そして大きな何かが…こちらをじっと見ている様な感覚だ。

いぬこは思考を巡らせるが考えるのはあまり得意じゃないいぬこはいぬおに商人を任せる。


「いぬお。嫌な予感がする。」


いぬこの険しい表情にいぬおは察しがつく。


「魔物…なんだな?」


頷くいぬこ。

それを見た商人も息を呑む。


「場所までは掴めない。けど…嫌な予感だけがさっきから感じてる。いぬおは商人を抱えてすぐにこの場から走って逃げて。」


いぬおはすぐさま判断する。

商人をおぶって獣道を去ろうとした瞬間。

ヒュン…!

何かがいぬおと商人に向けて飛んでくる。

いぬこがそれに気がつくとその投擲物に合わせ炎弾を飛ばす。


「森が燃えない程度の…炎弾!!!」


投擲物に見事命中。

それは弾かれ周辺の何処かへ飛んでいく。


「姉貴!」


心配するいぬおが思わず足を止めてしまう。


「いいから!走って!私も後から行く!だからお願い!」


「…………。わかった。速攻で戻る。そのかわり…むちゃだけはしないでくれよ!」


「わからないけど!わかった!お姉ちゃんに任せなさい!!」


いぬおが小さく深呼吸する。

いぬおが商人に向けて呟く。


「商人さん。ごめんだけど…緊急事態につき、飛ばすからしっかり掴んでてくれよ。」


商人もいぬおの圧に圧倒されながらも恐る恐る言葉を返す。


「わ、わかりました。よろしくお願いします。」


「任せてくれ。」


いぬおは獣道を蹴り出すように走り抜ける。

疾風の如き速さで一気に駆け下りていく。

その様子を見たいぬこも安堵。

戦闘モードに切り替えることが可能となった。


「さて…さっきのやつ投げてきたの誰かな。」


すると複数人の人間が姿を現す。

服装からして武装している。

恐らく戦闘に慣れている山賊。

でも…何かおかしい。

さっきの気持ち悪い気配じゃない。

こいつらじゃない。

いぬこが思考を巡らせていると山賊のリーダー格と思われる人物がいぬこと対面する。


「なぜ邪魔した。」


「邪魔も何もあの人は私の依頼人。守って当然だよ。」


「そうか。でも、お前のせいで殺し損ねちまった。あいつは商人だろ?金目のものはゴロゴロ持っているはずだ。それをお前が邪魔した。よって…お前が変わりに償う。」


いぬこは残念そうな目で山賊達を見る。

その目に苛立ちを覚えた山賊の1人がいぬこに飛びかかろうとするがその瞬間。

その下っ端の山賊は炎の狼に腕を噛み砕かれ地面に転がる。

下っ端は悲痛の声を上げながら蹲っている。

リーダー格以外はその光景を見て少し怯えだす。


「雑魚は要らない。」


リーダー格の山賊は下っ端に向けてボウガンを向ける。

いぬこは瞬間小さく炎弾を創り出していた。

下っ端に向けられたボウガンが放たれた。

いぬこはその瞬間を狙い炎弾で相殺する。

ボウガンの矢は弾かれる。

リーダー格の男がこちらをじっと見る。


「なぜ邪魔をする。」


いぬこは怒りの表情でリーダー格の男を睨めつける。


「仲間でしょ。何でそんな事するの。」


嘲笑うかのようにいぬこを見下す男。

そして淡々と語る。


「使えない奴は生きていても意味がない。俺の為に死んで逝くことこそ生まれてきた意味があるんだ。役に立たないやつにムカついたことはないか?あるだろう?ありまくるだろう?どうしてこんなにも役に立たないんだ。どうしてこんなにも要領良く立ち回れることができないのか。リーダー格とは全ての責任を背負うもの俺はだから判断したんだ。こいつは使えない。ならば生きていても仕方ない。この先の未来にこいつは要らない。だから。切り捨てる。つまりは殺す。それだけなんだよ。」


いぬこは少し間をおいた後、口を開く


「……………。言いたいことはわかったよ。何となくね。でも…仲間を殺すことまでに至るのは意味が私には分からないし理解したくない。」


怒りの意思は消えていない。


「……………。あっそ。じゃあもういいか。…死ね。」


ボウガンの標準を素早く合わせ男は素早い早撃ちを見せるがいぬこに当たらなかった。

目を見開く男が空かさず矢を装填。


「何か見落としてない?」


いぬこがボソッと呟くが男の耳には入らなかった。

男が再び早撃ちを見せる。

いぬこは全集中を自身の視力に回してボウガンの矢に合わせ躱す。


「ちぃっ!?お前ら!あのクソ野郎を集中砲火だ!」


男は焦ったのか他の下っ端に指示を出すが反応が無い。

いぬこが能力で生み出した炎の狼は分裂し他の下っ端の動きを封じていたのだ。


「な、何だと…き、貴様…っ!!」


逆上していぬこに…襲いかかろうとした男は目の前から消えた。

消えたのでは無い。

別の何かが男を横から襲ったのだ。

いぬこの眼の前にいるのはあの気配。

気持ち悪い気配を放っていたあの気配。


「………これ…まさか…。」


いぬこが見たものそれは以前戦った蛇の魔物だ。

以前にも増して大きくなっている。


「まさかもう一匹…いたって言うの…?これは流石に逃げなきゃまずいよね。」

 

流石のいぬこも逃げを選択しようとしたがいぬこは足を止める。


「た、助けてくれ…」


蛇の魔物が山賊の下っ端と視線があっている。

動けない状態だ。


赤い瞳がじっと下っ端の男を捉えていた。


「あれは…あの時と同じ…だとすれば…」

 

体が自然に動く。

いぬこは自身の足に力を込め地面を蹴り上げ走り出した。


「シャアアアアア!!!」


大きく口を開け恐々たる咆哮と共に勢い良く下っ端の山賊に襲いかかる寸前、いぬこが少し大きめの炎弾を蛇の魔物目掛けて撃ちまくる。


「やめろおおおお!!!」


炎弾は複数連続して蛇の魔物に命中。

しかし、かすり傷程度しか傷はつけられていない。

いぬこは能力で炎の狼を生み出し蛇の魔物の気を引かせる。


「立って!早く!」


「どうして…」


「いいから!早く!死にたいの!?」


いぬこの勢いに圧倒された下っ端の男は大人しくいぬこの指示に従う。

急ぎ足でその場から去ろうとするがいぬこもかなりの疲れが出てきていた。

能力の使いすぎだ。


「こんなところで…。」


いぬこは遠隔で炎の狼に指示を出しながら炎弾も複数使用している。

消耗も激しい。


「シャアアアアア!」


蛇の魔物によりいぬこの炎の狼も倒されてしまったようだ。


「くっ…。」


下っ端の男はいぬこから離れる。


「ちょっ!?」


いぬこはびっくりして尻餅をつく。

下っ端の男が蛇の魔物に向かって走り出す。


「お前は逃げろ!!!」


「ばか!貴方!何やってるの!もどって!」


いぬこの必死の声も届かず男は走り出す。


「うおおおおおっ!!!こっちだ!化物!!」


男は大きな声で蛇の魔物の注意を引き付ける

いぬこのいる方向から蛇の魔物は方向を変え下っ端の方へと向かって行った。

下っ端の男は死ぬつもりで間違えない。


「待って!だめ!だめだよ!!」


いぬこはその場から立ち上がるがふらつき倒れる。


「うわっ!!」


視界が揺らぐ。

いぬこの身体も限界がきていた。


「……命は…大事にしないとなのに……っ…。ばか…。」


身体が動かない。

はがゆいきもちでいっぱいだった。

下っ端はもういない。

蛇の魔物の気配も完全に消えていた。

いぬこはその場で失意の中意識が途絶えるのだった。


「姉貴!!!」


力尽きたいぬこを発見したいぬおが駆けつけた。

ぐったりとしたいぬこを抱きかかえ、その場を後にする。


「……………。」


また…間に合わなかった。

でもまだ息はある…。

傷もかすり傷しか見当たらない。

大掛かりな戦闘は無かったようにも見えるが…能力をかなり使ったみたいだ。

すぐに…駆け付けられなくてごめん。


いぬおは江野町商店街へ無事に到着。

その後、いぬこを医療所へ運び込んだ。

いぬこの無事を聞きつけた商人はいぬこの見舞いに足を運んでくれた。


ベッドで眠るいぬこを見ると申し訳なさそうな表情で商人はいぬおに謝罪する。


「すみません…私が声をかけたばかりに。」


「何言ってんですか?護衛は守って当たり前ですよ。商人さんは何も悪くないですよ。気になさらないでください。」


「……しかし…。」


「そんな暗い顔してたら姉貴も残念そうにするので笑顔でいてあげてください。それとありがとうと言ってあげてください。それできっと姉貴は喜びますから。」


商人はいぬおの言葉に感謝すると同時に病室を後にした。


いぬおといぬこが二人きりの病室。

いぬおはいぬこの手を優しく握る。


「姉貴…。俺は…どうしたら姉貴を守れるくらいに強くなれるんだ…。どうしていつもいつも肝心な時、そばにいてあげられないんだろう…俺は…どうして…間に合わないんだ…。何のために……トレーニングしてるんだ…ずっと…頑張ってるのに…姉貴を助けられずにいる自分に腹が立つ…悔しい…。いつも…いつも…姉貴が傷ついて…俺は…見てるだけで…。」


「…お姉ちゃんだからだよ。いぬお。」


落ち着いた声で姉貴は目が覚めていた。

瞬間いぬおが握っていた手を離そうとするがいぬこが握り返す。


「だめ!」


「え…。」


「離さないで。」


寂しそうな顔でいぬおを見つめるいぬこ。

いぬおは…ドギマギしてしまう。

照れ臭そうに優しく握り返すといぬこはにんまりと笑顔になる。


「えへへ。…ありがとう。」


「何がだよ。」


「え?そばにいてくれて。…だよ。」


「……いつから起きてたんだよ。」


「姉貴…。俺は…どうしたら姉貴を守れるくらいに強くなれるんだ…。どうしていつもいつも肝心な時、そばにいてあげられないんだろう…俺は…どうして…間に合わないんだ…。何のために……トレーニングしてるんだ…ずっと…頑張ってるのに…姉貴を助けられずにいる自分に腹が立つ…悔しい…。いつも…いつも…姉貴が傷ついて…俺は…見てるだけで…。」って言ってる時からかな。」


「最初からじゃねぇか!!」


いぬおは顔を真っ赤にしながらツッコミをいれるとおかしくなったのかいぬこは笑い出す。


「あはははっ!でもね…嬉しかったんだよ…?いぬおが私の事たくさんたくさん考えてくれてたんだって思うと…嬉しくて…なんか…こう…ね?もうちょっと聞いてたいな…って。」


「…………情けない話だよ。」


「そんなことないよ。」


「なんで。」


「かっこいいって私は思う。誰かの為に死ぬほど頑張れることって凄いことだよ。」


「…………。」


「ましてや…それが私の為って知っちゃったらさ…。嬉しいし…なんだか…こう…むず痒くなっちゃうというか…あー…やっぱいい!この話し終わり!」


「そうだな。俺、先生呼んでくるよ。」


いぬおは繋いでいた手を離す。

いぬこは残念そうだったが仕方ない。

先生による診察で姉貴の容体も以上無くいつも通りだという。

当日にいぬこは医療所から無事に生還。

外の空気が美味しく感じるいぬこ。


「やっぱり外の空気おいしい!あむあむ!」


「空気は食えんだろ。」


「食べられるよ!あむあむ!」


「………。」


そんな事をしているととある人物に声をかけられる。


「ああ!いぬこさん!」


声をかけてきたのは先程見舞いに来た商人だ。


「ああ!商人さん!大丈夫?!無事?!」


「いやいや!その節はありがとう御座いました。無事にいぬおさんにあの後届けてもらいましたので全然大丈夫です。」


笑顔で話す商人の表情を見ていぬこも満足そうだ。

立ち話もとのことで商人はいぬこたちにご飯をご馳走してくれるらしい。

いぬこたちは遠慮して言葉を交わすが商人は食い下がらず押し負け敗北となった。

商人に案内されたのはいぬこたちも知らない小さくボロボロの雑貨屋。

見た目から誰もこんな場所は寄せつけ無いそんな雰囲気の場所だった。


「ここがごはん屋さん?」


「ええ。知る人ぞ知る場所ですから。表はボロボロで誰も寄ろうとはしません。けど中には入れば…」


商人の後に続くがままにお店に入る。

商人はいつの間にか持っていた鈴を鳴らす。

先ほどの景色が一変し世界が変わる。

いつの間にか大きなテーブルに腰を掛けているいぬこたち何が起きたか理解不能。


「えっ!?えぇっ!?いつの間に…」


商人はいぬこたちの驚いた表情を見届けると追撃を用意するように鈴を鳴らすのだった。


「ここはおいしいごはん屋さん。私はここのオーナーです。今回迷惑料もまだ支払ってません。ですので…」


次々に多種多様な料理が手品の様にテーブルに並べられていく。


「お、美味しそう…」


「すごいな…」


「温かいうちに召し上がってください。」


せっかくの好意を無下にするのも良くないといぬこたちは料理を残さず平らげた。

料理は全て美味。

本当に美味。

まさに美味しいごはん屋さんの名そのものだったらしい。

2人の食べっぷりをみて商人も満足気だった。


「商人さんって何者…?」


いぬこが大きくなったお腹を優しくさすりながら商人に質問する。


「どこにでもいる商人です。」


どうやら秘密があるらしいといぬこは察した。

これ以上は聞かないほうがいいかもしれないと感じたいぬこは話題を変える。


「それにしても本当に美味しかったです。」


「喜んでもらえて嬉しいです。…それと、こんな話をするのもなんですが…あの後…何があったんですか?」


いぬおはその質問に対してハッとする。


「ああっ!!俺も聞きたかったやつ!!」


どうやら本当に素で忘れていたいぬお。

その光景を見たいぬこがくすくす小さく笑う。


「な、なんだよ…」


「いや…なんかかわいいっ…て」


「かわ……」


商人もほっこりしている様子。


「いいから!姉貴。で、何があったのか説明してくれよ。」


いぬこは笑い終えた後、2人にその後の出来事を伝えた。

話し終えると商人が険しい顔を浮かべいぬこにとあるものを見せた。


「私が魔物の森で回収したものなのですが…」


商人の荷物から丁寧にたたまれた白い皮。

まるで何かの皮。


「これ…まさか…。」


いぬこがゾッとする。

商人もあとに続くように言葉をつなげる。


「いぬこさんが想像する最悪なケースです。恐らく。」


「姉貴…」


「これは…あの魔物の皮だよ。」


「蛇と言いましたから恐らく脱皮したのでしょう。」


「脱皮…ってことはあいつ…仕留めきれてなかったのか!?姉貴のあの攻撃を食らってもか!?」


「…………前々回、いぬおさんからも話を聞いていましたが…これはまずいですね。ほおっておくとさらに厄介になりかねません…。討伐隊を用意して…複数で叩かないとどんどんその魔物は力をつけるでしょう。」


「…ごめんなさい。私があの時、仕留めていれば…。あの人たちも…死なずに済んだかもしれないのに…。」


いぬこは再び、襲ってきた盗賊たちを思い出す。

山賊の下っ端男を蛇の魔物から逃がそうといぬこは奮闘していたがいぬこの苦しそうな様子を察した男はいぬこを逃がすため自らが囮となりいぬこを助けたのだ。


「…………。私が決着をつけないと。」


「姉貴…?」


「私があいつを殺す!」


殺意に満ちたいぬこは席から立ち上がり店を飛び出していってしまった。




 

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