鳥のおはなし
いぬさぶろー
鳥のおはなし
それは、
たぶん昼下がりの、白い光の中に濃い青い影の落ちるような、
良く晴れた日のできごとだったと思う。
小学校からの帰り道。
まだ歩き慣れないその道を、途中まで同じコースの友達と別れた後、私はひとりでぽつぽつと川沿いのアスファルトの道を歩いていた。
「青」「黄」「緑」などの色の名前で分けられた、いくつかの下校のコース。
大きな川沿いのその道は確か「白コース」と呼ばれていたと思う。
まだ先生や六年生に教えてもらったばかりで、一人で歩くのは初めてに近かった。
田舎だから人とすれ違うこともほとんどない。
その春一年生になったばかりで、自分だけで歩く誇らしさと。
微かな心細さと。
重たいランドセルを背負い、私は一路我が家を目指していた。
やがて、道は川にかかる古い橋の前にさしかかった。
初夏の日の光の強さに、景色は陽炎のようにぼんやりゆらめき、曖昧になる。
橋の向かいには錆びた赤いトタン壁の公民館があり、そのすぐ向こうの方には、緑の茂みに囲まれた少し薄暗い水路があった。
私はゆっくりと、その水路を横切ろうとした。
その時。
不意に何かの視線を感じて、足を止めた。
(……?)
アスファルトの地面より少し低い、石垣の間を流れる小川のような水路。
その泡立つ水の中に大きな岩がいくつか並んでいる。
水に濡れて黒くなった岩。
その上に、真っ白な鳥が一羽、青い陰に浮かび上がる様にしてすっくと立っていた。
じっと動かず、まるで置き物のように。
(……え…?)
ゆったりと動かずにこちらを見ている鳥に、私はたちまち目を奪われた。
息を止めて、じっとその姿を眺める。
その白い鳥の、背丈は自分と同じくらい(一メートル以上)か。あるいはもっと大きく、二メートル近くはあるように見える。
あまりの大きさに私は思わずその頭を見上げた。
感情の無い小さな灰色の瞳。
しなやかにカーブした長い首。
丸みを帯びた体と。
細くまっすぐに伸びた二本の足は、まるで古代の恐竜のように、青いうろこのような模様までくっきりと見えた。
ほんの五十センチほどすぐ目の前だというのに、逃げる様子もなく堂々とした素振りで片足を持ち上げたりなんかしている。
数分の間、その美しく白い大きな鳥を私はただただ見つめていた。
……夢なのかな。
いや、こんなにはっきり見える夢なんて無いよな。
まるで幻のようでいて、その姿は羽の一枚一枚まで柔らかな手触りも感じられそうなほど、妙にありありとして見えた。
手を伸ばせば届きそうで、私は鳥の正体を確かめたくてそっと手を伸ばした。
途端。
バサアッ!!
大きな翼を広げ、羽音と共にその鳥は突然上へと舞い上がった。
白い体は青い空の中でカーブを描き、そのまま公民館の前に止めてあった古いトラックの方へと飛んでいく。
……あ、見失ってしまう……!
あわてた私は急いで、来た道を戻るように走った。
直後、鳥の姿はトラックの影に隠れて見えなくなった。
ランドセルを地面に降ろして、私は何度もトラックの周りをまわった。
いない。
隠れる場所なんか無いはずなのに。
あの白い大きな鳥の姿はもうどこにも見えなかった。
車の下を覗き込んだりしていたら、知らないおじさんが通りかかった。
私は何事もないふりをして、その時はそそくさと帰ってしまった。
――
それからというもの。
小学校の帰りに「白コース」を通るたび、私は幾度となくその日陰の水路の前に立っては(またあの鳥が現れないだろうか……)と願った。
けれど鬱蒼と木に囲まれたその水路は、しっとり苔むした大きな岩の周りで静かな水音を立てて流れるばかりだった。
……二年生になり、
三年生になり。
やがて小学校を卒業する頃まで。
結局、あの夢のように消えた大きな白い鳥とは、二度と会えていない……。
おしまい
鳥のおはなし いぬさぶろー @inusubro
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