第26話 ホワイトナイト

 今や、トヨタの豊照夫会長にとっては、最大の頭痛の種がトヨタ織機の株問題だ。同社の経営がガタガタしているとグループ全体に悪影響を及ぼす。たかが一人のアクティビストに右往左往しているようでは大きな問題なのだ。この頃には近本翔太が行った調査で、吉田二郎の背後にテスランやBYDがいないことが明らかになっていた。テスランやBYDに売られることはない。心配はないのだ。

同じ頃、同じようにグループ内でトラック・バスの大型商用車の排ガスの不正問題で経営が傾いていた日々野自動車について、トヨタは独自支援をあきらめ、他の外資のダイムラーグループと統合させるという方策を記者発表した。結果としてグループ内での再建を断念し、同社を見放す方法で解決させた。残る懸案はトヨタ織機だけだ。


日々野自動車問題が解決して、近本が考えた合併案について照夫会長がとうとう重い腰を動かした。トヨタとトヨタ織機の合併は最強の買収防衛策であり、両社にとって良いことと会長は最終判断した。合併していったん、トヨタ織機が消滅しても再びトヨタからスピンオフすれば、公開しない形で織機を復活させることができるとの近本翔太からの追加説明を受けての判断だ。

そこで、照夫氏はトヨタ織機を吸収合併するための議案をトヨタの取締役会に提案することを決断した。取締役会での議論は予想に反し、全く異論なく、社外取締役も全員賛成して承認可決された。9%の安定株主がなくなるのは残念だが、トヨタの純資産が増え、企業価値が向上し、更なる株主還元に使えるから株主にとっても良いことだ。また時価総額もトヨタ織機を吸収する分増加し、吉田二郎の持株は0.5%に薄まる。当社の経営に全く支障はない。肝心なのは懸案のごたごたが解決することが、グループにとって良いということだ、等々の意見が取締役会に出されて、活発な議論が交わされた。

同日、トヨタ織機でも臨時取締役会を開催しトヨタとの合併を諮り、承認された。同社株主にとって合併のプレミアムが見込まれるメリットがあるはずだから、社外取締役がこれに反対する理由がない。自分たちはいずれクビになるのだが株主によいことにはかえられない。社員もトヨタの社員となり、給与はじめ処遇が大幅に改善される。労組も、解散するか、トヨタ労組との統合になるが、社員のためならやむを得ないと了承した。


こうして両社は取締役会の承認後、共同で記者発表を行った。6カ月後の合併が決まった。社員は喜んだ。月給・ボーナスが上がるし、何と言ってもパワハラ被害から解放されるのが一番嬉しい。

照夫会長が合併を選んだ隠れた理由がある。実はトヨタは40年程前に合併してできた会社だ。今度の合併は2度目でだ。トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売の製造会社と販売会社の2社に分かれていたのを自分の父親の豊章太郎と豊英一郎の間で執り行った。章太郎はトヨタ自販社長、英一郎はトヨタ自工社長だ。1回の合併は狙い通りに、経営の効率化を成し遂げ、今や日本を代表する大企業になった。父が合併で築き上げた会社を同じように合併で成長させることはよいことだ。2度目は自分が決めてもよいはずだ。さしたる問題は何もない。


社員とは反対に、失意のどん底に陥ったのが、真鉄会長と安西副会長のツートップだ。真鉄氏の野望はこうしてはかなくも消えた。父を越えて名誉会長になり100歳まで君臨することは夢のまた夢。ツートップは居場所を失うことになった。グループ発祥の名門企業の名は自分たちの代でなくなる。丁度100年目の節目の年だ。世間やOBはツートップが100年の名門企業をつぶした大罪人と噂した。織機発明から歴史ある会社にピリオドが打たれた。だが発明王の創業の精神はトヨタの中で続くことになる。

真鉄氏は、父の名を汚した。一方、吉田二郎は、父の仇を打った。2代目二郎の3回目の買い占めは成功し、2,000億円を手にすることができた。妻玲子の希望通り、世界一周の旅にでかけた。二郎は合併比率の公正さの精査を専門家に託して旅立った。帰国の頃には意見書が出来ている。公正でないなら反対するだけだ。少数株主の利益が損なわれていないか興味津々だ。そして公正だと判断すれば株主総会で議案に賛成して、合併後はトヨタの株主になり、時機を見て同社株を売り抜けばよい。今回、「吉田不動産」という新しいアクティビストが誕生したとして、2代目二郎は世間に名をはせた。そこには、父を越えた二郎と父を越えられない真鉄氏の姿があった。

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アクティビスト・2代目北浜の風雲児 名古屋十一 @nagoyatoichi

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