第24話 アクティビスト誕生

 会長、社長が不正が起きてもなおも役員に居座る様子を見ていた吉田二郎が立ち上がった。2代目吉田二郎の保有株数は全部の会社名義を合わせると1,630万株に達していた。

発行済株式総数3億2,584万株の5%に達する。1株当たり平均8,000円で取得し、総投資額1,300億円だった。株価は上昇して10,500円になっており時価1,700億円を超えていた。400億円の利益だ。

途中でスマホ証券を使って更に買い増したことが成功だった。株価は優に1万円を超え、二郎が思い描いたとおりの推移だ。急な値上がりはなく徐々に上がっている。「第三者委員会の報告書が出て、どんな結果であろうとも多少下がるくらいか。下がったらまた買い増しのチャンスだ。まだまだ資金は十分ある。」と思うのである。

父、本木一也は会社に名乗り出て、当時の豊雅年社長と渡り合ったと聞く。仕事柄いつも身の危険を感じて新幹線には乗らない。運転手を雇ってわざわざ、大阪から愛知までキャデラックで往復していた。自分は父とは違う。いつまでも密かに買い続けるのだ。買い戻し要求が狙いではない。3月末の決算期が近づいてきた。金商法の規定に従って、持ち分は5%を超えたと思われるので大量保有報告書を提出することにした。時価総額3兆円越えの会社の5%。買い占めにはToo bigかもしれないが、自分は仕手でも買占め屋でもない。アクティビストを目指している。大量保有報告書が出されると会社はどう出てくるだろうか?と考えた。トヨタ織機から何か接触してくるのか、それとも親会社のトヨタが何か言ってくるか?あれこれ思案してみた。まあ、どちらでもいいや。自己資金で買っているし、買い戻し要求はしないのだ。


これからデビューする吉田二郎は他のアクティビストの手法を謙虚に研究した。まずは、比較的穏やかなアクティビストの代表、サード・ポイントだ。米国を代表するアクティビストで、約150億ドルを運用している。ダニエル・ローブ氏が1995年に設立したヘッジファンドで、狙う投資対象は主に時価総額の大きな大型株、日本ではソニーのほか、セブン&アイ・ホールディングスやIHIなど。彼らは高圧的な態度で企業と対峙するわけではない。言わば株主提案型のアクティビストだ。その手法は、株式を数パーセント取得し、面談の要請や書類を送付する。水面下でエンゲージメント(話し合い)を行なうようアプローチする。次に大量保有報告書などで保有を公表し、株式保有を発表する。これで世間に知れ渡る。続けて、ネットや書簡などで大々的にキャンペーンを行なう。世論を味方につけるのだ。最後に株主総会で委任争奪戦(プロキシーファイト)を仕掛けることもある。

サード・ポイントがソニーに対して提案したのはエンゲージメントだ。ソニー株を保有していることを発表し、映画などのエンターテインメント事業を分離して株式上場するように迫った。その後、同社はソニー株を売却したものの、再びソニー株を15億ドル保有していると発表し、ソニーに対して上場子会社であるソニーフィナンシャルホールディングス、医療情報サービスのエムスリー、オリンパスなどの株式売却と、画像センサーなど半導体事業の分離・独立を迫った。結局、ソニー株を高値で売り抜け、莫大な利益を得た。


次は、バリューアクト・キャピタル・マネジメントだ。2000年にジェフリー・アッベン氏によって設立されサンフランシスコに拠点を置くアクティビストファンド。2018年から日本企業への投資を始めており、最初に投資したのはオリンパスだ。当時、不正会計で経営不振に陥っていたオリンパスだが、バリューアクトから、二人の取締役をBODに迎える。その後、企業改革プラン「Transform Olympus」を発表し、2020年12月には株価を3倍まで上昇させた。他の日本企業への投資先には、任天堂がある。彼らの手法は業績の下がった会社に役員を送り、または送ると言って業績を改善させるやり方だ。


3つ目は、エフィッシモだ。エフィッシモは、旧村上ファンドの幹部であった高坂卓志氏らが、2006年にシンガポールで立ち上げた投資ファンドだ。日本株の推定運用額は1兆円を超え、「国内最強アクティビスト」と言われる。そして、投資先企業に対する積極的な提案活動を行う。有名なのは、川崎汽船だ。市場で段階的に川崎汽船株を買い集め、最終的には実質的な支配権を握るまで保有比率を高めていく手法だ。少しずつ保有比率を高めることで、経営陣に揺さぶりをかけていくのだ。


結局、吉田二郎が自分にもできそうと興味をもったのは、サード・ポイントと、エフィッシモだ。バリューアクトのように役員を送り込むことはできない。資金は十分にあるので、トヨタ織機のようなまずまずの大型株でも買い進められる。密かに買い集めて、ある程度になったところで姿を現し、エンゲージメントを求める。そこで様々な提案を行い、世間に知らしめながら、株価を上げていく。なにせPBR1倍割れの会社だ。抵抗するようなら、川崎汽船のように、さらに買い増しして経営陣の退陣をせまり、揺さぶりをかける。今回、不祥事があることも攻めるのに好材料だ。ここをつけばいい。最後はどこかで売り抜ければよい。トヨタも買い戻しはできないだろう。また、自分も父のように買い戻しを要求することはしない。


こうして、吉田二郎はルールに従って、大量保有報告書を提出した。5%を逆手に使い、正体を現し、名義が公表されると同時に、SNSを使って情報操作を行った。佐藤玲子の証券時代の旧友を利用した。「トヨタの本丸のトヨタ織機が外資に狙われている。」と。また「EV用電池事業を狙って米国テスランや韓国三星、中国BYDが連合して買い占めている。」とも。金証法で禁止されている「風説の流布」と言われぬように出所を分からないように注意して噂を拡散していった。当然株価は上がって行った。

世間でのこうした噂を耳にしたトヨタ織機のツートップ、豊真鉄会長と安西朗副会長は慌てた。得体の知れないものに株を買い集められて、どうしてよいか、右往左往だ。結局、安西副会長がトヨタに泣きついた。助けてと頼んだ相手は、トヨタのトップで自動車王の孫にあたる創業家直系の3代目、豊照夫会長だ。ただ、照夫会長は経済団体の会長をやっている、下手な対応をすると自分の身に降りかかる。彼は冷静にもしばらく静観することにした。

大量保有報告書に記載の保有者、株式会社テスラン、三星電池株式会社、BYDジャパン株式会社、吉田不動産、吉本産業、日本現代工業を6社の名前を見た世間の人々は二郎のSNSの情報操作に惑わされて、本当に日本のトヨタ・グループに電気自動車の米国テスランや中国BYDが買収を仕掛けてきたと信じ込んだ。しかし、二郎はそれよりも吉田不動産、吉本産業、日本現代工業の名前をみてトヨタ織機にぜひ気づいてほしいと思った。30年前に挑んだ父の名をなぜ思い出せないのか。忘れてしまったのか、自分は本木一也の息子だ。なぜ気づかない?と悔しく思った。

しばらくして新聞報道等を見て、当時ことを体験し知っているトヨタ織機の当時の副社長、吉田孝政氏が動いた。当時の豊雅年社長はすでに故人だ。吉田氏は心配になり同社秘書部に電話を入れた。「OBの吉田です。豊真鉄会長か、安西副会長はいらっしゃいますか。」村田智幸秘書部長が「吉田さん久しぶりです。村田です。あいにく二人とも不在ですが。」「そうですか、トヨタ織機の株式の件で新聞をみて電話したのですが。気になる社名が出ていたので。」「気になる社名とは。」と村田が聞き直すと、「吉本産業、日本現代工業ですよ。30年前に買い占めにあったときに使われていた名前に似ています。もし、それが本当なら日本土地グループによる3回目の買い占めですよ。ただ、当時の本木一也氏はすでに亡くなっているので彼ではありません。」と吉田が詳しく説明する。こうして、トヨタ織機側に昔、買い占めにあった仕手グループが今回も関係しているのではないかと伝わった。昔の買い占めの当時、真鉄会長はまだ織機にはいない、トヨタ勤務だ。安西副会長に至っては平社員の営業マン。昔の買い占めの真相など全く知らない。社員割り当てで購入していた自社の転換社債をすぐ、売って儲かったと喜んでいた一般社員だ。


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