第23話 ツートップ
トヨタ織機の会長・社長は、すでに10年以上豊真鉄氏と安西朗氏のコンビで継続している。果たしてこの二人で今回の不祥事という難局を乗り越えられるだろうか。まずは、なぜ、豊真鉄氏がトヨタから織機に天下り、社長、会長を歴任するまでになったか。彼の手法をお話しよう。真鉄氏は先にもの述べたようにトヨタの初代会長豊英一郎の二男だ。生まれがよい。血統がいいのはグループで重要だ。
彼は1970年にトヨタに入社し、その後、トヨタ織機に天下り、取締役・常務取締役・専務取締役・副社長を経て社長を務め、その後10年以上取締役会長を務める。父英一郎氏のように織機で名誉会長になることを狙っている。本人はトヨタ時代の若かりし頃、自分がレクシス・ブランドを米国で立ち上げたとよく自慢する。あたかも自分ひとりで、現在のトヨタの稼ぎ頭の新ブランドを考え実行したかのように吹聴する。たまたまその時、米国トヨタ自動車に赴任していただけなのに。トヨタ織機社員にとってはレクサスなどどうでもよい。同社に関係ないことであり、彼が言うことが真実かどうかも不明だ。
彼がトヨタ織機に来てまずやったことは、トヨタで全く使えない2人の部長を織機に引っ張り連れてきて、懐刀にしたことだ。自分一人では孤立無援の環境なので転出先でやっていけないと悟り、自分の意のままに動く、自分の保護者としての取り巻きの人物が欲しかったのだろう。連れてきたトヨタの部長はすぐに織機で役員になり最後は副社長にもなっている。松裏達男氏と豊多晴康氏だ。しかし、社員にとってはこれが不幸の始まりであった。この二人、真鉄氏の威光を笠にパワハラをやり放題。もともとトヨタでパワハラ部長として有名で人望が全くない人物を、真鉄氏が抜擢したのだ。
彼らは会議で大勢の出席者の前で、社員を怒鳴つける。気まぐれな瞬間湯沸かし器なのだ。社員は何で怒鳴られたか分からない。また片や、自分の自慢話をしてバックにはトヨタの大物がいると固有名詞を出し自己顕示する。叱られた社員は皆の面前で恥をかかされ、トラウマで1週間以上も出社できない。人格を傷付けられ、ウツを患い再起不能になってしまう者まで現れた。今なら、パラハラ・セクハラの相談窓口の設置が義務化され、一発アウトとなるところなのだが。
しかし真鉄氏、決して自分自身ではパワハラをしない。自分が行うリスクを十分心得ている。腹心の二人がやるのを見ているだけで注意もせず黙認だ。だが、黙認するというのは肯定しているのと同じことで、自らやっているのと変わらないのだ。
また、この二人、交際費も使いたい放題で松裏氏は、「365日毎日飲み歩いている。」と自慢している。社員は、彼の妻が家で夕食を作ってくれないので毎日飲み歩いているのだと思うが、そんなことは口にだせない。公私混同の飲み歩きなのだ。365日、1年中お客との接待を続けるというのは物理的に無理だ。お客も休日は家族と食事したい。だから彼は半分は社員を夕食に連れて行く。だが彼と一緒に食事をするのは苦痛でしょうがない。修行だ。「今日は無礼講で飲もう。」と言いながら、自分より先に箸をつけた若手をとどなりつけ、しつけがなっていないと同席していた上司も一緒に叱られる。翌朝は呼び出され、反省文を書けと脅す。おまけに反省文の書き方が悪いといちいち、いちゃもんつける。よいと「出来がいいから、模範反省文としてサンプルに使え。」と言われる。こうして、反省文の書き方を褒められると、彼に叱られたことが社内に流布し、会社中、誰もが知ることになる。屈辱の上塗りで人権侵害もはなはだしい。松裏氏はパワハラを楽しんでいる。
こんなこともあった。松裏氏は配下の者たちを自宅の庭でのバーベキューに誘い、肉・魚などの食材は気前よく自らお金を出す。酒・ワインはさすが天下の織機の副社長だから、取引先から飲みきれないほどの贈答品があり、自宅に積み上がっている。処分できないのでこれを提供しているだけなのだ。季節のつけ届けが、大きな部屋を占領しているらしい。しかし、肉の焼き方、焼く順序が気に入らないと言っては、またもや爆発する。こうなると食事会は楽しくない、葬儀のようなバーベキュー大会になってしまう。誰も出たくないが欠席は許されない。強要する点は反社と同じだ。この二人のパワハラを真鉄氏は知っているのに、彼らを頼りにしているので放置している。
トヨタ織機では年1回クリスマスの頃、辞令交付式を開催する。1月1日付けの昇格者に辞令を交付する儀式だ。常勤役員がひな壇に並び、人事部長が部長、次長、課長、係長、主任の順で昇格者全員の名前を順に読み上げていく。昇格者は毎年1,000人以上になるので社内のホールには入りきれず、市民ホールを借りて行う。式終了後、昇格者は三々五々自分の職場に戻る。松裏氏はこの全体の辞令交付式終了後に、再度、担当部門で自らの辞令交付式を行い辞令を渡す。あたかも自分が昇格させてやったのだと言わんばかりのお仕着せがましさだ。こうまでしないと権力を維持できないのだ。
パワハラ役員のこれらの行為をプロパー役員らも何度も見かけても注意もしない。内心は腹立たしく思いながらも見て見ぬふりだ。だが見て見ぬふりは犯罪だ。ジャニーズ性加害問題でも周辺関係者やメディアが何十年も見て見ぬふりをして一個人の犯罪行為をとめられなかった。今頃になって、テレビ局などが責任を問われている。長年、犯罪行為があったのになぜ報じなかったか。薄々噂などで知っていても利益優先、取引優先のマスコミは、権力者には弱い。事なかれ主義のより、長いものには巻かれろと声を挙げない。ビッグモーター事件の構図も同じだ。損保Jは同社から不正な保険金請求があることを知っても、一旦は中止したはずの同社との取引を再開したという。自社に多くの保険料をもたらす代理店との関係を優先し、顧客に損害を与えているという事実に目をつむってしまった。これでトップは引責辞任だ。
トヨタ織機の社内では、見て見ぬふりの体質がこの頃から醸成されていった。悪い社風はすぐにはびこる。一旦、悪くなると社内に蔓延し、自由で闊達な風通りの良いかつての社風は風化してしまった。3代前の豊雅年社長が築いた「品顧技全」(品質第一、顧客優先、技術革新、全員参加)の精神はすっかりすたれて行った。今はすべて、「真鉄第一」、「松裏・豊多 最優先」なのだ。
真鉄氏による、反社のような用心棒役員を使った恐怖政治が続き、社員は萎縮し忖度が蔓延して行った。一方、真鉄氏は他の役員を押しのけ、社内で地歩を固めて社長にのし上がる。「あの英一郎さんのご子息ですか」と、会社に浸透していた父崇拝のおかげで、息子の真鉄氏は天皇のように祭り上げられていった。しかし、彼の社長在任期間は長くない。自分は社長の器でないことを悟り、さっさと社長職を子飼いの安西に譲り、自分は会長として長期の院政を引く。真鉄氏に祭り上げらえれた安西氏は6人のごぼう抜きで常務から社長になった。こんな飛び級役員人事は、グループ各社でも異様にみられた。保守的であり、着実、安定的なグループでは、そんな役員人事はまかり通らない。初めてなのだ。その後、今回の事件が露わになるまで、真鉄会長、安西社長のツートップ時代が長期にわたり続いていた。
今回のエンジンの不祥事があっても2人は辞めない。二人の王国を維持するため、安西氏が副会長に昇格し、社長を藤田公二氏に譲る人事を発表しただけだ。社長交代でお茶を濁して世間を欺き、ほとぼりをさます作戦だ。安西氏は副会長として、真鉄氏は会長として引き続き院政を続けている。実態は真鉄氏が会長を辞めないので安西氏は会長になれず、副会長で妥協したようにも見える。権力を手放すことができず、真鉄氏が会長に居座るものだから、安西社長が社長をやめるにあたって居場所がない。仕方なく、久しぶりに副会長職を置くことになったと社内外で噂する。果たして織機程度の会社に副会長職など必要なのかと誰もが思う。副会長は何をするのだろう。「船頭多くて船動かず。」ますます、社員が右往左往しそうだ。真鉄氏の父、豊英一郎氏は、トヨタ中興の祖として名高い。米国で海外生産を初めて行い、社長・会長・名誉会長を歴任する傍ら、トヨタ織機の社外取締役として同社の発展に貢献してきた。偉大な英一郎氏を亡霊のように忖度した会社と旧来の役員たちが、その息子の王国づくりを手伝ったのだ。グループのなかでは、豊(ゆたか)家は本家も分家も、ただ「豊」の苗字が付けば別格扱いされてきた。英一郎神話の呪縛と取り巻きのパワハラ役員に支えられ、真鉄氏はただその息子というだけでのし上がることができた。現実は、父英一郎氏がグループに残した偉大な功績を、息子の真鉄氏が帳消しにしている。
真鉄氏が社長に就任すると、技術者が育成されていないと言って、まず行ったことがある。ドラフターを使って図面が書けるようにしたいと言い出した。ドラフターとは、製図用に特化された製図台の一種だ。1990年代前半ごろまでは実務と教育において製図に広く利用された。その後、実務界ではコンピューターを使ったCADによる製図が主流となり、ほとんど使われなくなった。今日の教育分野においても、工業高校、大学の工学部・建築学部などの一部で、製図の初学者教育のためにドラフターが使われることがある。しかし、大部分の教育機関においては、ドラフターを使用することは少なくなってきている。豊真鉄会長は、あたかも自分自身が技術者であるかのごとく、ドラフターでの再教育に動く。彼は学生時代、経済学を先行した事務屋だ。父英一郎氏は技術者でもあり優秀な経営者でもある。
こうして、社長がドラフターを崇拝する極度のアナログ人間なので、大卒・大学院卒の技術系社員は入社後しばらく、CADや最新の設計ソフトを使わせてもらえない。優秀な技術者を採用しておきながら、わざわざ即戦力にはならないように回り道させている。このためトヨタ織機は、近年のデジタル化、DX化に大きく後れを取った。今回の不正の原因もデジタル化の遅れによる新製品開発の遅れから来ている。アナログ的な発想では今日のスピードを争う新製品開発にはついていけない。物事の真理を理解しない自分勝手なトップの考えが不正を招いた。不祥事の根本原因はここにある。トヨタの精神「現地現物」を全く理解しない自分勝手な解釈だ。
また、彼はこんなことをよく言っている。連合艦隊司令長官山本五十六のファンなのだろう。五十六の名言の1つに「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」というのがある。だが社員は誰一人、彼から見せてもらったことがない。従って彼から学んだとは何もない。また、彼はこんなこともよく言っていた。「蟻の一穴」だ。どんなに堅固に築いた堤でも、蟻が掘って開けた小さな穴が原因となって崩落することがあるという例えだ。一般的に、どんなに巨大な組織でも、些細な不祥事が原因となって、組織全体を揺るがすような深刻・致命的な事態に至る場合がある、といった意味の格言として用いられる。今回の不正が蟻の一穴にならなければよいのだが。不正への対応を誤れば巨大企業トヨタの根底を揺るがすことになる。蟻の一穴にならぬことをただ祈るだけだ。
豊真鉄氏は社外でも失敗が多い。名古屋財界の会長に就任し、初の定例会見で人口減少が話題になると「若い人に早く結婚してもらうことが最優先だ。」と言って結婚対策についてグループでお得意のカイゼンの話を盛り込んで気炎を上げた。トヨタグループの総合病院の理事長でもある真鉄氏、織機の独身男性とその病院の看護師との“合コン”を「過去3回やっている。」と発言した。社員の男性側に「“草食系”や“断食系”が増えて元気がない。」とも付け加えた。果たして同氏がいうように男女の仲に、合コンにカイゼンを持ち込んで、人口減少が解決するものか、そんな簡単なことなら誰でもやれる。彼の馬鹿さかげんからこの発言は大炎上した。
もう一つ炎上事件がある。やはり名古屋財界会長としての発言だ。彼は中部国際空港に滑走路が一本しかないという事実を取り上げて、「これは身体障害者みたいなものだ。」と発言したという。日頃、思っていることが出てしまったのだろう。滑走路が1本しかないという中途半端な空港の現状を身体障害者に例えて言った。だが例えが悪い。この人は日ごろから身体障害者を侮蔑し、見下し、差別していると判断されても仕方がない。そうでなければ財界トップは決してそんな発言はしない。
豊真鉄氏と安西朗氏のツートップの10年間にわたる長期政権。ロシアのプーチン政権や中国の習近平体制と同じ長期政権だ。この間の同社の統治をまとめるとさまざまな弊害が出ている。
第一に、株主を軽視する経営だ。株主還元に消極的で、配当も自社株買いも行っているものの、すべてグループ横並びなのだ。独自色が一切ない。何も考えず、トヨタ電装や愛心についていけばよいという考えているのだろう。ツートップに加えてCFOの責任も大きい。配当余力は、自慢の資産の政策保有株を活用すればグループトップだ。トヨタにも負けない。宝の持ち腐れなのだ。やる気さえあれば株主還元策は何でもやれる。結果、資産効率が悪く、PBRは1倍を長期に大きく下回り、低株価に甘んじている。
次に、多角経営の弊害だ。経営の多角化が評価された時代もあった。今はそうではない。多角化は不採算事業を抱えて、全体収益を悪化させる。トヨタからの仕事である自動車組立とエンジン、カーエレクトロニクス事業に支えられ、赤字の繊維機械をやめる決断ができない。表面上は繊維機械は黒字と言っている。世界初の電球を発明したエジソンの米国GEが未だに電球を造りにこだわっているだろうか。また、世界一の特許出願を誇ったコダックが写真フィルムにこだわり続け、やめられず、遂に廃業した。反対に富士フィルムは業種転換に成功した。これを見習わなければならない。歴史をみればトヨタグループも富士フィルム同様に業種転換に成功した会社なのだ。発明王が興した織機からその息子の自動車王の自動車へという事業転換は見事だ。
そんな繊維機械事業部から2代続けて社長が誕生した。売上高の3%にも満たない弱小部門からの社長だ。他社ではあり得ない。果たして新社長は会社全体、全部門を束ねることができるのだろうか。結局、社長人事はツートップにとって都合の良い人物をあてただけだ。この会社、取締役を選ぶにあたり、社外取締役を入れた指名委員会を置いているが、本当に機能しているのか。仏作って魂入れずとはこのことだ。安西社長に続く、後継者がいなかったのかもしれない。人材育成をおろそかしてきた結末だ。
最後に、企業風土の問題だ。今回の不祥事の真の要因と思われる。ツートップによる長年の独裁体制が続き、誰も何も言えない風土となってしまった。見て見ぬふりの蔓延だ。パワハラされたのに、不正を見つけたのに、指摘したり声を出したりしない役員・社員。注意したり、意見具申すれば、途端に左遷されることを皆知っている。そんな事例を多く見てきた。真鉄氏が社長になったとたん、「長く異動していない部長・部門長は変えろ。いろいろな経験をさせなければならない。」と言って、人事部に指示を出した。表向きは人材育成のためだと見受けられる。しかし、このとき実際に人事部が敢行したのは、いつも声を挙げている数名の優秀な部長のみ。大人しくて従順な部長は異動無しだ。こうした状況を見て、将来展望を悲観した有能な若手人材はパワハラ体質に苦しみ、嫌気がさして次々に去っている。先代の本木一也と戦った若き加藤健介も今はいない。
更にメーカーにもかかわらず、優秀な技術屋がいないし、育たない。育成もしない。ドラフターの例がいい証拠だ。真鉄氏は自分自身は終戦直後に生まれた世代だ。自動車造りに欠かせない鉄が不足し、親が「真鉄」と名前を付けた。彼は超アナログ人間であり、今のデジタル時代には時代遅れだから、人材育成に余分な口出ししない方がよい。
こんなツートップが築いた風土が今回の不正を産んだ。パワハラ放置、見て見ぬふりの企業風土。コンプライアンスの軽視も甚だしい、社是にあげている「公明正大」が空しく見える。今回の不祥事は、事業部制の弊害が出てしまったとも言える。同社の6つの事業部は、それぞれが別々の会社のようで、その頂点の事業部長がまるで社長だ。事業部長が事業部内すべてを掌握する。従って、会長・社長には事業部から重要な情報があがらない、隠されるリスクがある。今回の不正に関わる2つの事業部、フォークリフト事業とエンジン事業は別々の会社だ。エンジンで排ガス不正があっても、フォークリフト事業部に情報が伝わらない。真鉄氏が「悪い情報は直ぐにあげよ。」とどんなに言っても事業部制が災いしている。それに、フォークリフトではモデルチェンジのやりすぎで、開発期間が極端に短い。更にDX、AI、デジタル対応に大きく遅れているのが原因で、開発目標・品質項目が達成できていないのに、発売時期がせまりそのまま発売。エンジン性能を達成しないまま搭載し発売していまう。途中で開発遅れていても誰も指摘しない。また発売時期を遅らせようとか発売中止という声をトップも責任ある者も挙げない。誰も「できない、できていない。」と言えない体質なのだ。ここでも見て見ぬふり。結局、忖度社員、ヒラメ社員、イエスマンばかりが残った。
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