第21話 2代目の挑戦

 吉田二郎は30年間、父一也の遺言ともいえる「不動産業に専念しろ。」を表向き守ってきた。父の会社、日本土地は捨てた。新たに「吉田不動産」という看板を掲げながら、米国に投資先を変えて手持ち資金を拡大させてきた。二郎にとって自分の才覚のようにも思えるのだが、天が下した運命のようにも思われた。復讐の炎を燃やし続けた30年、臥薪嘗胆でチャンスを待ち続けて、ようやく時が熟した。父を死に追いやったにっくきトヨタ織機への挑戦の時がやってきた。だが二郎にとっては、本当のターゲットはトヨタ織機ではなく、世界1のトヨタなのだ。

二郎は見せかけの不動産業の傍らに、トヨタ織機株の買い付けを開始した。優秀な元證券レディの妻・佐藤玲子につくらせた小口のネット証券を通じての買い集めだ。伴侶の玲子の人生も多難だった。彼女も大阪出身で短大を出てすぐに、4大証券の一角、あの山一証券に入社した。当時はバブルの最盛期で、新入女子社員の玲子でも入社後すぐの夏のボーナスで100万円が支給された。すべての証券会社とその社員が、バブル経済に大喜びして浮かれていた頃だ。玲子は最初に支給されたボーナスで両親を大阪プラザホテルでの食事に招待し、半分は貯金、残りは、自分の好きなブランドのバックを購入した。あとは毎晩ディスコホールに出かけて青春を謳歌していた。当時流行の短いスカートでリズムに合わせて朝まで踊る、こんな日が続いた。しかし、彼女の会社、山一の繁栄は長く続かなかった。玲子のボーナスは新入社員の時が一番多く、その後、毎年下がっていった。バブル崩壊後の1997年、ついに山一は経営破綻した。4大証券の1角が潰れたと大ニュースになった。山一はバブル崩壊による収入の落ち込みに加えて、総会屋への不正な利益提供があり、とどめは株売買の損失を隠す「飛ばし」が明らかになり破綻した。帳簿外の債務は数千億円に上り市場の信用を失って自主廃業となった。

当時の野澤社長が記者会見で「社員には、どの様に説明するのですか?」と質問され、「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから。」と号泣しながら述べた様子が各報道機関によって大々的に報じられた。創立から100年目という節目の年に、山一證券は自主廃業という社史で幕を閉じた。

会社がつぶれて佐藤玲子は再就職活動を始めた。しかし、世間は冷たい、山一に10年勤めて、今は30代になり、特段の技能や才能がない彼女になかなか再就職の道はない。玲子は一般企業への再就職を諦め、大阪梅田でホステスとなって、自分の生計を支えた。そこで、知り合ったのが吉田二郎なのだ。二郎は両親を亡くしたあと、隠し遺産をもとに米国株で財を成しつつあった。基本ソフトのウインドウズと画像が優れていたアップル・コンピューターのマッキントッシュが将来大化けするかもしれないと思い、マイクロソフトとアップルに重点投資し、これが大当たりした。小銭が貯まったので、たまにはクラブでお金を使いたいと思った。二郎と玲子、バブル崩壊で天国から地獄へ人生が変わった二人は自分たちの境遇をしゃべっているうちに意気投合して同棲するようになった。

こうして相棒の玲子と組んで、二代目吉田二郎の挑戦が始まった。トヨタ織機の1日の出来高は50万株から60万株程度だ。トヨタではグループで持ち合いをしており、安定比率が東証プライムの中でも極端に高い。それは発行済株式数の割に浮動株が少なく、1日で大量の買い付けを行うと一気に株価が上がってしまうことを意味する。したがって、二郎はネット証券といえども、毎日の出来高に気を配りながら、確実に指値をいれて買い注文を行った。姿を現さないように細心の注意を払った。当初設定した口座、SB証券、AU証券、水谷証券、松原証券、はやぶさ證券、楽市證券、光証券、フジ証券、サクラ證券、タイガー証券の10社に分散して買いをスタートしたが、ある程度の株数になったので、これらに加えて更に、スマホ証券のマネー、ライブ、むさし、コスモ、ナイス、モバイル、コネクト、ライン、ペイメント、クリックの証券会社を加え、ここからの買い付けも開始した。念には念の入れようだ。

玲子が二郎に「スマホ証券は、『スマホ1台ですぐに口座をラクラク開設できる。』と宣伝している。スマホ投資用の専用のスマホを用意する?」と聞いてきた。二郎はスマホ番号でトヨタに正体がバレることはないだろうと考え、「そんな必要はないよ。僕の今の個人のスマホで口座を登録開設してくれ。」と答えた。


名義上の株主として名を現すことになる買い付け会社も分散・追加して、合計6社にした。最初に作った代表者が佐藤玲子の株式会社テスラン、三星電池株式会社、BYDジャパン株式会社の3社に加えて、吉田不動産、吉本産業、日本現代工業を追加した。こちらは吉田二郎自身が代表者だ。追加の3社の社名は父と因縁がある。「吉田」は母、本木和子の旧姓で、「吉本」は母の旧姓である吉田と父の姓である本木を掛け合わせたものだ。また「現代」は韓国を匂わせ、父が好んで仕手戦で使用していた社名だから、父の復活を祝って再び使用することにした。なお、三星は韓国のサムソンを連想し、後ろに韓国資本がいると匂わせる。テスランは電気自動車の米国テスラ社を連想させ、BYDジャパンは中国の躍進目覚ましい電気自動車会社BYDを誰もがイメージするだろう。


そろそろ、ユカタ側に正体を暴露してもいい時期がきていた。仕込みが仕上がっていたからだ。株を買い占めている会社の、以上のような社名を見ればトヨタ織機と親会社のトヨタに相当のインパクトを与えるはずだ。3社は、代表者が佐藤玲子という女性になっているので、どんな人物だろうときっと正体を探ろうとするだろう。幸い佐藤玲子は、どこにでもありそうな名前だ。わかるはずがないとも思った。


トヨタ織機の株式の状況は、発行済株式総数が325,800,000株になっていた。第1位はトヨタの 76,600,000株で持株比率は 24.67%。第2位はトヨタ電装 29,647,000株で 9.55%。3位は豊不動産の16,291,000株で 5.25%。4位はトヨタ通商の15,294,000株で4.93%。5位は愛心の 6,578,000株、 2.12%だ。もはや銀行は一つも入っていない。30年前とは違う構成だ。メインバンクが持ち株を放出する一方、グループ各社が自分たちの持株会社である大切なトヨタ織機を支え、堅固に安定化を図ってきた結果だ。安定比率が高く、浮動株が少ないのは当時も今も同じだ。買い占めがあればすぐに株価は上がる。平時の出来高も毎日50万株前後で、30年前とあまり変わらない。

  

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