第18話 ミハル・グループ

 この年6月のトヨタ織機の定時株主総会はにぎやかな総会だった。日本土地グループによる株の買い占めが話題になり、ハイエナたちが押しかけて来た。同社の本社は東京から遠く、名古屋駅からも1時間程度の時間を要する。ましてや株主総会の集中する6月末にわざわざトヨタ織機の総会に出席すると、総会屋たちは他社の総会に出席できない。この頃、1社が犠牲になることで他社の総会は平穏無事に終了するいう現実があった。犠牲になる会社とは不祥事を起こした会社、何か問題のある会社、M&Aを仕掛けられた会社などだ。そんな時代的な背景の中、話題の多いトヨタ織機株主総会に北海道のミハル(瞠)グループが遠くから10名余り駆け付けた。同社で総会屋としての存在感を示し、他社に恐れを抱かせて金品を出させる魂胆であろう。当時、冬の雪道を走る車には、今のようなスタッドレスタイヤではなく、釘やビョウをタイヤ表面に打ち込んだスタッド付きのタイヤ、いわゆるスパイクタイヤであった。春になり雪が融けるとスパイクが路面を削り、粉塵公害を巻き起こし、大きな問題になっていた。そこに目を付けたのがミハルグループである。大手自動車タイヤメーカーの石橋タイヤの総会に出席して、粉塵問題を追及して大暴れ。長時間総会をやってのけた。今のESG社会なら、総会屋ミハルグループは環境派かつ社会派のアクティビストとして評価されるかもしれないのだが。そのグループがトヨタ織機の株主総会にやってきたのだ。

 本木による買い占めが進行する中、トヨタ側も総会準備を念入りに行っていた。有名な総会屋グループの論談がソニーの総会に押しかけ延々と質問を続け、夜の11時まで引き延ばした。いわゆるマラソン総会を仕掛けて有名になった。そこで各社とも、質疑打ち切りの方法を学習し、総会運営に取り入れていた。織機も同様だ。


 豊雅年社長が議長席に登壇すると、弁護士を入れた第一事務局がすぐ後ろに控えて議長を支援した。この他、会場の外にも第一事務局を支える第二事務局を置いた。会議の冒頭、ミハルグループのメンバーの一人が「議長、議長、あなたはなぜ、議長なのですか?」と指名されないまま、不規則な冒頭発言した。議長には総会の議事運営権があり指名のない発言は無視すればよいのだが。一瞬、豊社長はうろたえた。すぐに第一事務局からメモが議長に手渡された。「定款の定めにより、社長の私が議長を務めさせていただきます。」と豊社長がメモを読み上げた。会場は割れんばかりの拍手が起こった。最初のミハル・メンバーの発言に不意を突かれそうになったものの、無事対応することができた。その後、豊社長は落ち着いて、自信をもって、議事運営と株主発言に対応していった。ミハルから「買い占めにあっていると聞く。どう対応するのか?」「なぜ2回も買い占めに会うのか?対応が甘くないか。」「今回も買い戻しするのか?」など、執拗な質問が続いたが、用意した想定問答集から適切な回答が出て、すべての質問に誠実に答えることができた。こうしてたいした混乱もなく、時間もかからず、無事終了することができた。

 一方、本木一也はというと、総会に出席して発言するような人物ではない。買い占めを行う仕手は高値買い戻しか、高値売り抜けを狙う。総会屋と違って株主総会を荒らすことは目的としていない。

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