第17話 ヘリコプター
その後も、株主、岸商事からの揺さぶりのアプローチが続いた。岸から谷川に電話があり、「北村さんと貴社を訪問したい。北村さんが青森のゴルフ場を所有しており、その帰りに貴社に立ち寄りたいと言っています。ヘリコプターで行きたいのでどこか着陸できませんか。社長さんがいるときがいいのですが。」と言ってきた。「ヘリコプターですか。そんな場所は存じません。それに社長は多忙でお会いできません。」と谷川が突き返す。「それではこちらで着陸場所を探して連絡します。社長さんがダメなら谷川部長さんでいいです。」と言って電話を切った。翌日、FAXが送られてきた。織機本社から車で約30分の知多半島にある空き地だ。住所が書いてある。しばらくすると岸から谷川にまた、電話がかかってきた。「FAX送りました。ヘリの着陸場所です。今週金曜日の14時頃を予定していますが迎えに来てくれませんか。着陸の許可は得ています。」谷川が「来社いただいても私しか居りませんがよろしいですか?」と念押しすると「それで結構です。それではお迎えよろしくお願いします。」と岸が答えた。
本当にヘリコプターでやってくるだろうかと不信に思いながらも、谷川と法務の加藤でFAXに記載の場所を事前に調べることにした。運転手付きの社用車に乗って現地に向かった。「谷川部長、ここですね。確かに空き地があります。」と加藤が言う。「こんなところに本当にヘリコプターで来るのかなあ。」と谷川が言う。谷川が運転手に場所を覚えさせ、金曜の14時に来客があるので、車でここまで来て、本社にお連れするようにと指示を出した。さすがに総務部長の指示だ。運転手はけげんな様子だったが仕方なく了解した。織機にヘリでやってくる来客など初めてだ。
当日、空き地で社用車が待機していると、轟音とともにヘリが着陸した。運転手が来客の二人を車に乗せた。ヘリは操縦士と共にそのまま空き地に待機していた。谷川は運転手には来客の素性を伝えていない。その方がいいと判断した。単にヘリで来るお客二人を本社まで送迎することだけを指示していた。谷川は運転手に気を使っていた。訪問者が反社だと知るとおっかなくて嫌だと言い出さないように。
社用車が本社に到着した。岸と北村が正面玄関から入ったところを谷川と加藤がすぐ玄関に一番近い、横の応接室に連れ込んだ。トヨタ織機本社の玄関わきに特別な応接室がある。総務部のすぐ隣だ。反社など問題のある特殊な人物を通すために用意された部屋なのだ。隠しカメラが取り付けてあり、総務部から中の様子がわかる。この日は更に回線を設置して、2階の役員室で豊社長と吉田副社長、柳田秘書室長がモニターで見ていた。3人は大阪の岸商事の岸伸介と大阪日日ニュースの北村正虎とはいかなる人物か、興味本位に見ていた。事前情報で反社と関連ありそうと谷川から聞いていたし、そのうえ、ヘリで来社するなんて異常な人物だと警戒していた。応接室の中で、応対する谷川と加藤が万一何か危険を感じたら、外で待機している会社の柔道部員3名が突入する手はずになっていた。
「遠い所おこしいただき恐縮です。」と谷川部長が言うと岸が「いや、たまたま所有する青森のゴルフ場を視察した帰りです。無理を言って申し訳ない。車のお迎えありがとうございます。今日は、そのゴルフ場の会員権を貴社に購入いただければと思いやってきました。」と言ってパンフレットを差し出した。「そうですか。ゴルフ場をお持ちですか。」と感心したように言う。北村が「青森に2つ持っていますよ。」とニコニコして言った。加藤が「青森となると弊社では、あまり利用の機会がないでしょうね。」と谷川の方を見て言った。谷川が会員権の購入について買う気があるようなそぶりをみせないように釘をさすつもりだった。「そうだね。弊社も県内の近くのゴルフ場の会員権は持っていますが。東北には全くないですね。」と暗に断りの態度を示した。岸が「ご検討いただくだけで結構です。また機会があれば今度は社長さんがいらっしゃるときに来たいですね。」と言って帰っていった。こうして待機中の柔道部員が突入することはなかった。
送迎の運転手からの報告だと二人は待機していたヘリに乗って帰って行ったという。車内で何を話していたかと谷川が尋ねたが、二人は終始黙っていたとのこと。車内での会話も聞かれないように気を使っていたのだろう。あとで谷川が運転手に二人の素性を明かすと、運転手は大いに憤慨した。そんな危険な人物を知らず知らず運んでいたことを知って。怒るのも無理はない。
翌日、会員権お断りの書面を加藤が起案して、弁護団にチェックしてもらった。「津軽カントリークラブの会員権の件、貴社から購入要請のお話をいただきましたが、購入の意思はございません。せっかくではありますが本書を持ってお断り申し上げます。トヨタ織機株式会社 総務部長 谷川広」という文面だ。余分なことは一切書いていない。ただ断りの意思を伝えるものだった。
岸商事からの株主名簿閲覧謄写請求があったこと、また岸と北村がヘリで来社し、ゴルフ会員権を売りに来たことなど、すべてMプロ会議に報告され、メンバー間で情報が共有された。この二人と本木一也とのつながりは依然はっきりしなかった。ただ、本木相手に持久戦している時に本木とは別の反社グループが現れて、株主名簿を要求したり、ヘリで来社したりするのは、会社の守りの堅さを打破するために、本木または柳川会から頼まれての陽動作戦にちがいないとMプロは判断した。
本木の資金量についての調査結果も出てきた。加藤が調べた豊中以外の日本土地所有の不動産はすべて抵当権が設定されていることが分かった。今回は1回目と違って株券を見せにこない。もっとも、会社側は来社や面会要求があっても拒否の構えだ。ただ、OFリサーチの追加調査で気になった点があった。中内氏率いる大手スーパーマーケット・ダイエイから資金が出ているのではないかとの報告だ。そのとおりだと、まだまだ資金は潤沢かもしれない。当時、百貨店、スーパーともバブル下でモノが飛ぶように売れ、絶好調で現金はいくらでもある。堤氏率いるセイブと中内氏のダイエイが東西の巨塔だった。令和の現在では今は昔、おごれるものは久しからず。セイブは池袋店を投資ファンドに売却するという話になり、それに反対する社員がストライキを敢行し、社会問題となっている。一方、ダイエイはとっくの昔に消滅し、イーオンに吸収されている。小売業界も栄枯盛衰で生き残りが難しい。
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