第16話 持久戦と陽動作戦

本木一也が仕掛けた仕手戦はトヨタ織機の堅い守りから膠着状態に入った。会社側の狙いどおり持久戦に持ち込まれた。同社はバブル下で社債や転換社債の発行やらと何にでも手を出し、資金調達を行っていた。国内で将来の事業の拡張に備えた工場用地の取得や、海外工場の建設に奔走していた。一方で本木の仕手戦が続き、一番得をしたのは社員たちだったかもしれない。社員は従業員割り当ての自社転換社債を株式に転換した後、上がった株をどんどん売った。それを本木が市場で買っていたのだ。転換価格3,000円くらいだったCBが6,000円以上に高騰した。倍の儲けで社員は予期しないボーナスに喜んだ。本木の買い占めが進むのを見て、「提灯がついた。」のだ。当時、市場では仕手株は必ず上がるという噂が噂を呼んだ。トヨタ織機株も仕手株と目されたのだ。


本木の方では前回と違う会社のガードの堅さを感じて、別の方策に出た。まずは、提灯をつけるため、買い占めのうわさをばらまき株価を吊り上げる。知り合いの投資顧問会社や北浜ジャーナルといった所謂、反社系のブラックジャーナルに話を持ち掛けて、トヨタ織機株はまだまだ上がると吹聴させた。これを見た、まともな株式新聞もまた書き立てた。こうして、どんどん出来高が膨らんでいった。100万株を越える日も度々だ。


本木は何度電話しても、豊雅年社長に取り次いでもらえないので業を煮やして、柳川会を通じて別の仕手グループに応援を依頼した。仕手戦への参加依頼に応じたのが大阪の岸田商事(岸伸介代表)で、これもフロント企業だ。バックには大阪日日ニュース(北村正虎社主)というブラックジャーナルがいる。

 岸伸介は5万株集めたところで、トヨタ織機本社に電話をした。対応したのは総務部長の谷川だ。「私、株主の岸商事といいます。貴社の株主名簿のコピーをいただきたい。」株主には株主名簿閲覧謄写権という権利がある。これを口実にして会社に揺さぶりをかけてきたのだ。谷川が「そうですか。一応、手続きに従ってもらうことになります。まずは請求のための書類があるのでそれに記入して送り返してください。」と言われ、岸が「そうですか。急いでいるのでFAXで用紙を送ってもらえますか。」と言う。それで谷川が送ると翌日には記入がなされ戻ってきた。株主名は岸商事株式会社、代表者は岸伸介。住所は大阪市浪速区難波5丁目10、株数は51,500株。謄写請求の目的は株主権行使のために他の株主の賛同を得るため。と記載されていた。

もっともな理由だ。これでは会社は拒否できない。今度は谷川総務部長から岸商事へ電話を入れた。「1枚10円のコピー代がかかります。何位の株主さんまで載っている名簿が必要ですか。株主は1万人以上いるので。」と。結局、谷川が議決権のある1,000株以上保有の株主が記載された名簿を大阪の岸商事に持参することになった。相手方のところに押しかけるというのは、岸商事がどんな会社か相手の様子を探るためと社内ルールどおりの手数料をきっちり受領するためだ。もちろん、谷川総務部長は、都度、弁護団に相談して指示どおりに動いている。

谷川部長一人で行くのは危険ということで、法務室の加藤健介が同行することになった。法務室員の名刺を出すことで、後ろに弁護士がついていると岸商事にプレシャーをかけようとした。後日、岸から持参先を大阪日日ニュースの本社へ変更するのでそこに持ってきてほしいという連絡があり、二人は株主名簿のコピーを持ってそこへ向かった。岸にとってはたくさんの買占め屋が後ろにいると会社に思わせる作戦なのだ。二人は指定の大阪ミナミにある5階建ての大きなビルに着いた。ビルの表面は全部黒のタイル貼りで、異様な光景だ。屋上には大阪日日ニュースと大きな看板が掛かっている。事前に加藤がOFリサーチを使い調べたところ、この新聞社は、ヤクザ関連の記事やゴシップ記事、風俗記事、住之江競艇を中心にした地元のギャンブル関連の記事を多く掲載するものだった。バックについては反社がいそうなので更に調べるとのことだった。ビルの前で加藤が谷川に言った。「部長、無事に出てこれますか。」そんな不気味な感じのする建物だ。谷川が「何かあったら、君だけでも脱出するんだ。子供も生まれたばかりだろう。」と冗談で言った。二人は3階の社主室に案内され、少し待たされた。その間、「お前は何をやっている。馬鹿者。」とか「へましやがって。」とか怒鳴る大きな声が聞こえてくる。わざと、二人に聞かせて脅しているのだろう。 

しばらくして、大阪日日ニュース社主と名乗る北村正虎と岸田商事の岸伸介が現れた。岸が「私が岸です。遠くまでご足労いただきありがとうございました。こちらは私と共同で貴社の株を買っている北村さんです。」といって紹介する。いろいろと得体の知れないものが大勢いて、株を買っているというそぶりをみせるためであろう。

谷川が株主名簿のコピーの引き渡しや、コピー代の徴取、領収書の交付などを行っている間に加藤は冷静に部屋の中や、北村、岸の様子を観察していた。これがブラックジャーナルか、表面的にはジェントルマンだと思った。でもわざと大声を聞かせたりするのはやはり、反社らしい。部屋の壁には日本競艇振興会とか、大阪ボートレース協議会などからの感謝状が掛かっていた。帰社後、再び府警OBがやっているOFリサーチに調べてもらうと、大阪日日ニュース社はやはりブラックジャーナルであり、北村正虎は日本船舶・ボート協会の笹山新平氏の隠し子であることが判明した。大阪日日ニュースの北村が出てきたのはボートレースなどを通じて自分たちには現金がいくらでもあるとの示威行為であろうというのが、弁護団の判断だった。 

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