第11話 買収防衛策

トヨタ織機の方では、1回目の買い占めに懲りて自社株の市場での買い付け状況の監視体制を引いている。これに反応があった。幹事証券のノムラからの連絡だ。「最近毎日おたくの株を買っている人がいる。大阪の豊中にある光世界証券豊中支店に現金を持ちこみ、貴社の株を買いに来る人がいる。」と。当時は電話注文がほとんどで、ネット取引など存在しない。だが彼のように直接証券会社の窓口にきて注文する人は多くはない。会社が監視を強化していた「不審な買い」に該当する。ただ、異常な出来高には至っていない。トヨタ織機の豊雅年社長はこの報告を受けて、しばらく、様子を見ようと谷川に指示を出した。また、今度は、経理・総務・法務を担当する吉田孝政副社長を絡ませることにした。あとでわかることだがこの副社長に役割を持たせたことが幸いした。一方、豊社長は買付けの場所が豊中であることが気になっていた。前の日本土地の所在地と同じなのだ。

 吉田副社長がノムラからの報告を受けて、調査会社を使って、毎日、光世界証券豊中支店に株を買いに来るという人物を見張らせた。興信所に依頼し写真を撮らせた。送られて来た数枚の写真に写った人物は、年は若く20代に見える。サングラスをかけ人相はよくわからない。服装もカジュアルな服装で目立った特徴はない。町のどこにでもいそうな若者だ。結局、写真を撮ったが誰だかわからなかった。豊雅年社長と吉田孝政副社長は、まさかとは思うが、またバックに本木一也がいるのではないか、と疑ったがよくわからない。彼なら初老の男だ。写真に写っているのは彼ではないが、彼がその若者を使ってまた買い集めているのではないかと心配した。


 1980年代後半、まだまだバブルは真っ盛り。日経平均は毎日のように上昇を続け、どこまで上がるか誰にもわからない。天井が見えず、そろそろ弾けるのではないかとのうわさがでるのはこの後しばらくしてからだ。この頃、トヨタ織機では、3月期の決算確定作業の進行とともに株主名簿が出てきた。同社の名義書換え代理人であるTOYO信託が作成してきた株主名簿を見て、豊雅年社長と吉田副社長は目を疑った。筆頭のトヨタの次に、大株主として日本現代企業株式会社4.1%、吉本興産株式会社3.4%が姿を現した。この2社はいったい何者?裏に黒幕がいるのでは、と言っているうちに、本木一也から秘書室に電話が入った。

「もしもし、豊社長はいらしゃるか?」「豊は不在ですが、どちら様でしょうか?」と秘書の女性が丁寧に答えた。「大阪の本木と言います。以前お世話になりました。社長さんがいらっしゃらないならまたおかけします。」と言って電話を切った。電話があったこと、すぐに秘書室長の柳田から豊社長に報告された。「そうか。思っていた通りだな。」と豊がつぶやいた。そして、「吉田君を呼んでくれ。そうだな、谷川総務部長も」と言った。すぐに吉田と谷川が2階の社長室に駆け付けた。柳田も同席していた。「柳田君、先ほどの電話の内容を二人に説明してくれ。」と言われ、柳田が説明した。「やはり恐れていた通りですね。」と吉田副社長が言った。吉田副社長が「今度電話があったら私が出ます。柳田さん、決して豊社長にはつながないようにしてください。」と言った。2回目であり、同じ轍を踏まないように、織機側は警戒態勢に入った。 

 次の日、副社長の吉田は豊社長に提案した。「1晩考えましたが、今度は買い占め対策の専門家の弁護士にアドバイスを受けた方がいいと思います。世の中、バブルで買い占めの話はいっぱいあります。それに本木は反社がらみですから、私たち一般のビジネスの世界ではわからないことが多い。専門家を雇った方がいいと思います。そうさせてください。」「よし、わかった前回は私一人で対応して、天の声で何もわからないまま解決した。トヨタやグループにも迷惑かけた。今度はそういうわけにはいかん。吉田君にまかせるよ。」と事の重要さを考え、豊社長は吉田副社長の考えに同意した。しかし、買い占めやM&Aの専門家の弁護士といっても吉田にはすぐには思いつかなかった。


一方、豊社長は、期末決算の状況説明のため筆頭株主のトヨタを訪問した。この時、トヨタのトップが代わっていた。社長は自動車王の直系の息子の豊章太郎氏だ。自分の兄の豊英一郎は同社の名誉会長にすでに退いていた。豊雅年社長はこの豊章太郎社長に大株主として現れた日本現代企業と吉本興産について説明した。章太郎氏は黙って聞いていた。2度目だ、今度はグリープ会社で買い戻しなどできない。安易な買い戻しを行えば世間の風当たりが強い。雅年社長にしても今度はトヨタや兄の英一郎に2度も迷惑をかけられない、との思いであった。

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