第9話 買い戻し
織機の豊雅年社長から状況を聞いていた兄のトヨタ社長の豊英一郎が密かに動いた。英一郎氏は、本木が所有する株をグループで買い戻したいと当時の総理大臣中根康正に頼み込んだ。そして総理から警察庁長官に指示が降りた。警察庁および兵庫県警から柳川会に本木一也の所有するトヨタ織機株を処分するよう圧力をかけたのだ。さすが、英一郎氏は天下のトヨタの社長だ。一国の総理だって動かすことができる。
そして柳川会から本木に指示があり、グループのトヨタ電装、愛心、トヨタ通商の3社で買い戻した。もちろんこれらグループ3社のトップに指示したのもグループ総帥の豊英一郎氏であったことは容易に想像される。トヨタ自身が買い戻しに加わらなかったのは、すでにトヨタ織機株を25%直前まで保有しており、会社法の規定によりこれ以上保有すると、逆にトヨタ織機が保有する7%トヨタ株について株主総会での議決権を失ってしまうからだ。トヨタ織機はトヨタの7%を保有し、トヨタにとっての最大の安定株主だ。トヨタと言えども7%の安定株主を失うことはできない。
このグループ会社同士の持ち合いを誰が考え出したかわからなかった。会社法に精通したトヨタの人物が考え出したのであろう。トヨタグループは株式の相互保有制度を巧妙に使って、互いに株の持ち合いと取締役、監査役の役員の持ち合いをしている。会社法は次のとおり定めている。A社の株式をB社が100パーセント保有すれば、AはBの子会社だ。子会社は親会社の株式を保有できない。次にA社(トヨタ)がB社(トヨタ織機)の議決権の25パーセントを有する場合、B社がA社の株式を保有しているなら、その議決権を行使することはできない。
この規制の主旨は、株式相互保有によって資本の空洞化や議決権行使の歪曲化がなされるという弊害があるからと言われている。議決権行使の歪曲化というのは、A社がA社株式を保有するB社をコントロールすることによって、A社の株主総会をコントロールすることができるようになってしまうことをいう。このような弊害を排除するために、会社法に親子会社規制と議決権制限規制が設けられている。
グループによる買い戻し計画は密かに迅速に行われた。当のトヨタ織機側には全く知らされていなかった。豊雅年社長ですら知らなかった。このためトヨタ織機は買い戻しの直前に、決算発表の日程を組んでいて、記者会見に応じていた。名古屋証券取引所記者クラブで経済記者から「日本土地が集めた株はどうするのか?買い戻しはしないのか?」と聞かれ、「買い戻しには応じない」と経理担当専務が回答した。それにもかかわらず、直後にグループによる買い戻しがあったため、記者クラブから抗議文が出された。記者会見で約束したのにすぐにそれを破った。そうでなければ嘘の話をして世間を騙したというのだ。貴社クラブの抗議はこれで終わらない。アサヒ新聞はこのことを朝刊第一面に飾る記事にした。豊雅年社長の写真入れで痛烈に同社を批判した。これまでに一度も全国誌の一面記事などを飾ったことにない会社がマスコミのトップ記事になった。会社はこれに懲りて広報室を設置し、以後、広報室を通じてマスコミや記者対応に備えることになる。
上場している限り、誰でも株を買える。誰が株主になっても仕方がない。たとえ反社でも総会屋でも仕手グリープでも、海外のグリーンメーラーでも。トヨタグループの安易な対応が前例となり、後の自動車用ヘッドライトのトップメーカー・小糸ランプの事件を招くことになる。アメリカのグリーンメーラー、ブーン・ピケンズ氏率いるブーンカンパニーが小糸株を買い占めた事件だ。
トヨタ織機は広報室設置だけではく、将来の買い占め対策を行った。毎日の株式市場での自社株の買い付け状況の監視だ。異常な出来高、急な乱高下、見慣れない証券会社からの買い注文、海外株主の買い付け状況など、念には念を入れた監視体制を構築した。初歩の初歩の買収防衛策だ。更に別に年月をかけて、グループの持株比率を高めて行った。同社の新株発行や転換社債の発行時には必ず、トヨタ電装、愛心、豊不動産ほかグループ各社に、新規のファイナンス分を真っ先に引き受け入れてもらい、株式の安定化を強化して行った。全てトヨタの音頭のもとで。
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