第32話 見つけたもの

「お、ちょうど戻ってきたね。男三人で面白い話をしていたところなんだ。」


「面白い話?どうせまたくだらないことだろ。」


「くだらないかどうかは聞いてから判断してほしいね。それより…ちょっと失礼。確かめたいことがあってさ。」


蒼乃は組んでいた足を下ろし素早く伊吹に近づく。両手を上げ躊躇いなく胸元を引っ張り、中を覗き込む彼の行為に驚きながらも否定はしない。しばらく覗いていた蒼乃は手を離し、伸びてしまった服を整えながら満足そうに頷いた。


「やっぱりあった。鎖骨の横に。」


「あるって何が……」


「バツ印。ほら、自分の鎖骨見てみて。僕は肩に、緋色は目元に、そして蓮は手首にバツ印があるんだよ。」


蒼乃の言葉に自分の鎖骨を見下ろす。見にくいが確かにバツ印のようなマークが指先に触れる。全然気づかずに今まで過ごしていた伊吹は身に覚えのないバツ印を親指で消そうとする。摩擦で赤くなるだけの肌。消える気配などない。同じように緋色も目元に軽く触れながら視線は蒼乃の肩を見下ろし、肩に浮かび上がるバツ印を見てそっと触れる。真剣に話し合う蒼乃達に伊吹は首を傾げながら無関心そうにあくびをする。


「はぁ…このバツ印があるからなんなんだ?みんな仲良くバツ印付けてて偶然だなってこと?雨音と琥珀は?付いてるか?」


お互いの体を隅々まで確認し合う二人。雨音は足首、琥珀は首の後ろに心当たりのないバツ印発見する。伊吹は一人一人を確認するように見回っては窓に近づき、反射した自分の鎖骨をもう一度凝視する。バツ印にしてはなにか歪なような…痛みもなければ痒みもなく、むしろ皮膚に馴染んでいる。

どうして今まで気づかなかったのか。そしてこの奇妙なマークに気がついたのはおそらく…。振り向くと同時にニヤニヤとした顔がすぐ目の前にある。


「そう。気づいたのは僕なんだ。緋色の顔を見ていたら目元にホクロがあるなぁって。でもよくよく見るとバツ印じゃん!って思ってさ。人間観察が趣味でよかったと思えた瞬間だったね。そしてなんとなく羨ましくなって僕もないかな〜?あるかな〜?って面白半分で探してたら本当に肩にあったわけ。これには少し驚いたな。自分の体なのに僕も全然気づかなかったよ。」


「俺もだ。手首なんてあまり見ないからまさか俺にもあるとは…。いや、俺だけじゃなくみんなにこのマークがある。一体これはなんなんだ?偶然か?それとも…」


蓮の言葉を遮るように蒼乃は口を開く。

その口調には少しの興奮が混ざっているようだ。


「偶然にしたら偶然すぎると思わない?というか偶然なわけがないんだよ。やっぱり僕たちには何かあるんだ。新しい発見と同時にまたまた謎が増えたけど。まぁ人生ってこんなもんだよねって割り切らないとやっていけないよ。」


伊吹は蒼乃の話を聞きながら焼かれたまま放置されていた肉を噛みちぎり、顎をさすりながら舌打ちをする。


「まじでストレス溜まるわ。何もかも解決しない。解決するかもわからない。俺たちは一体何をしているんだろうな。」


「そうやってイライラするからストレス溜まるんだって。イライラしても解決しないでしょ。どうせ解決しないならイライラするより楽しい話でもしようよ。」


「お前はこの状況を楽しんでいるのか危機を感じているのかどっちなんだよ…。頭もいいし真っ当な意見言うくせに楽観的すぎてお前が一番の謎だわ。」


呆れたように窓に視線を移す伊吹の表情が一気に凍りつく。遠くで頬杖をつきながらしゃがみ込む影。

月明かりの下で輝く二つの目は不気味に揺れている。まるでこちらを観察しているような姿に伊吹は身も毛もよだつ。間違いない。この感覚は"あいつ"だ。逃がさない。いや、逃がせない。

訪れたチャンスに伊吹はどうするべきか考える。

蒼乃達に伝えたらあいつはきっと勘づき、再び姿を消してしまうのではないか。そう思いながらも伊吹は "逃がしてたまるか" という思いが強く出てしまい、気づけばゆっくりとそいつに向かって足を進めていた。近づけば近づくほど現れる強い悪寒。耐えようと荒い息を吐きながらも、足は止まることなく歩んでいく。驚くことに逃げぬ影。むしろ楽しんでいるように見えるその姿を覆うように足を止める。


「やぁ。伊吹。」


余裕のある微笑みを浮かべ、手をひらひらと振るクロを見下ろしながら悪寒など忘れてしまうほどの緊張と怒りに伊吹の焦点は激しく揺れる。



「…見つけた。久しぶりだな?…クソ野郎。」



悪態をつくその声は今までで一番低く、威圧的に響いていた。

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