第33話 心の底で眠る

「…そんな顔しないでよ。僕、怖いなぁ。」


立ち上がって伊吹と視線を合わせるクロの目は興奮と好奇心が入り交じった深い黒色の瞳が揺れている。やはり訪れる身体中を走るゾワゾワした感覚。伊吹はそんな感覚に気づかないふりをしてクロを見下ろし、再び逃げないように襟首を掴む。


「わぁ…何か言いたげな顔だね。」


「当たり前だろ。山ほど聞きてぇことがある。」


さらに力を入れながら襟首を掴む手からは絶対逃がさないという意志を感じる。何も言わずに目を見ていたクロは大人しく伊吹の言葉を待っていた。


「単刀直入に言う。お前だろ、叶多を殺したのは。」


「叶多?どうして僕が殺すの?僕は殺してないよ。」


しらばっくれているのか、本当に知らないのか、クロは首を傾げながらキョトンとしている。

しかし油断と無関心の狭間に一瞬浮かんだ笑みを伊吹は見逃さなかった。

伊吹は小柄なクロの体を軽々と持ち上げ、木に押し付ける。


「正直に言えよ、クソガキ。大人を舐めるのもいい加減にしろ。」


木からミシミシと音が鳴るほど力を込めてクロを押し付けているのにもかかわらず平然としている彼を見て伊吹は歯を食いしばる。幼い少年が耐えられるとは思えない力にも彼は耐えていた。

むしろ耐えていると言うより何も感じていないようにも見えるその姿にさすがの伊吹も少し焦る。

首を掴んでいる伊吹の腕をぎゅっと握りながらクロは嘲笑いが混じった声で淡々と言う。


「僕は殺してないよ…"僕は"…ね。」


強調するように言うクロに伊吹は眉を潜める。

なにか意味があるような言い草に思いっきり地面に叩きつけ、馬乗りになりながら乱暴に顔を掴む。


「どういう意味だ。さっさと言わないとこの顔潰すぞ。」


「そのままの意味だってば。あいつは自分の弱さでまた死んだんだ。自分の中の"なにか"に耐えられずにね。僕はそれを教えてあげただけだよ。」


「は?それを言えって言ってんだよ。叶多に何を言ったんだ?」


「…さあ?強いていえば君たちの中で眠っているあの事かな?はい、もう終わり。僕が言えるのはここまでだよ。自分のことは自分で思い出さないと。伊吹、これは君も例外じゃないよ。」


戸惑う伊吹から力が抜け、その隙にクロは素早く抜け出す。クロの言っている意味が理解できずに疑問符が激しく揺れる。


「……なんだこれ…」


なにかはわからないが、なにかがあるように伊吹の中で膨らんでいく。頭を押さえながら膨らむなにかの原因を考える伊吹に気づいたようにクロが冷笑しながら、ゆっくりと近づき耳元で囁く。


「仕方ないな。少しだけ手伝ってあげるよ。思い出すか思い出さないかは伊吹次第だけどまぁ、面白半分…ってことで。」


ニヤリと笑うクロを横目にズキンと頭が割れるように痛む。そんな痛みから逃れるように頭を振り乱す伊吹の表情は酷く青ざめていた。

この場から離れなければ…。直感が伊吹に語りかける。

だがそう思えば思うほど意識を保つのが難しくなる。

重い体、言うことの聞かない手足、心の底まで響くような頭痛。


「逃げろ……逃げろ逃げろ…」


言い聞かせるように呟くが時すでに遅し。

硬い地面に倒れ込む。動かなくなった伊吹の頭を軽く撫で、自分の乱れた服を整えながら背を向ける。



「…おやすみ、伊吹。いい夢を…じゃないね。悪い夢を─」

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