第22話 もどかしさ、狂う

呻き声を上げて緋色が目を開ける。

自分が生きていたことに安堵の溜息をつきながら傷口を確認する。深く傷ついた腹部は痛々しく、ズキズキと脈打っていた。

顔をしかめる緋色に気づいた伊吹は這うようにして移動し緋色に声をかける。


「…大丈夫か?あんま動くなよ。また血が溢れたら困るからな。」


止血していた上着を巻き直していた伊吹は申し訳無さそうに緋色の目を見つめる。


「…ごめん。」


消え入るようなその声は切実だった。伊吹が謝っている理由がわからず黙り込む緋色に再び口を開く。


「ごめん。あいつを…クロを見つけられなかった。それと…お前が怪我したのは俺の責任でもある。一人は危険だと知っておきながら俺はお前を一人にさせたんだ。だから…」


「…伊吹の目に映る私はそんなに幼く見えるんですか?私はあなたより大人ですよ。まるで子供に向けるような眼差しですね。とても不快です。」


「はぁ?子供も大人も関係ねぇよ。俺はお前が怪我したことが許せねぇんだよ。」


伊吹の怒りに呆れたように首を振り、少し体を上げ、すぐ横に寝ている蒼乃に目を向ける。

汗ばんだ額、青ざめた顔。不規則な呼吸をする蒼乃はいつもと違って想像できないほど憔悴しているように見えた。


「そういえば蒼乃さんも…はぁ…」


痛むからだを引きずりながら蒼乃の額に浮かんだ汗をそっと拭う。そんな緋色を伊吹は慌てて止め、再び横になるよう説得する。緋色はブツブツ言いながらも伊吹の言う通りに横たわり、無心で天井を見つめ、冷えた言葉を漏らす。


「きちんと話していませんでしたね。あいつのこと。」


「……クロのことか?そういえばお前、言ってたよな?あいつは状況を楽しんでるって…」


「はい。そう言いました。しかもあの存在…思い出しただけで鳥肌が…。ここに来て初めてですよ。私があんなに動揺したのは。それに怪物を自由に操れる…関わらない方が無難でしょうね。」


珍しく少し怯えた様子の緋色。そしてあの緋色に恐怖心を与えるほど存在。いつも冷静に行動していた彼が言うのだから間違いないのだろう。


「でも…どうするんだよ。あいつ絶対また現れるぞ。次は何されるかわかんねぇよ…例えるのは最悪だけどもしかしたら…叶多みたいになるかもしれない。そうなる前にどうにかしないとダメだろ…」


「そうですね。ですが私たちに出来ることはなんでしょうか?言った通り、彼はきっと状況を楽しんでいる。追えば追うほど逃げていくと思いますよ。」


「…つまり放置してろってことか?あんな危険なやつを…お前にも怪我させたんだぞ?俺にはそんなこと出来ねぇな。またお前みたいに誰かが危ない目に合うなら俺はあいつを探し続けるよ。」


自分勝手な言動に緋色は伊吹を睨みつけ、自分の傷口を見せつけるようにゆっくり撫でる。


「私がいい例だ。こうなりたくなければとにかく少し大人しくしていた方がいい。」


緋色の言葉に戸惑っている間、いつの間にか二人の目の前に来ていた蓮が同意するように力強く頷く。


「緋色の言う通りだな。探したら面白がって姿をくらますだろう。こういうときは一旦引いた方がいいと思うぞ。これは伊吹だけの問題じゃないんだ。頼むから言うことを聞いてくれ。」


渋々頷く伊吹はまだ不満気だ。しかし解決策がないのも確かなため、勝手な行動はできないのだ。

焦っても仕方がない、きっと方法は見つかる。

そう思いながらも窓の外から目が離せないのは知らずのうちに"彼"の存在を探しているからだろう。

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