第21話 忙しない心の欠片
目的もないまま伊吹は暗闇歩き続け、姿を現すかどうかもわからないクロをひたすら探す。
濁った月が不気味に揺れている下で伊吹は足を止める。辺りには緋色の血らしきものが飛び散っている。
「ここにいんのか?さっさと姿現せよ。」
しかし応答はない。誰もいない空間に伊吹の怒りは虚しく消えていく。今は大人しい怪物たちもいつ動き出すかわからない。伊吹はお構い無しに隅々まで調べつくす。変わった様子は特に見当たらず、クロも姿を見せることなく風だけが流れている。
伊吹はその場に座り込み姿を見せるまで待とうとする。どれくらい時間が経ったのかもわからない。終わりの見えない行動に舌打ちし、月が徐々に濁りを消す頃伊吹はようやく小屋に戻ってきた。
「伊吹くん……!よかった……何してたの…!」
「はぁ…お前までやられたと思ってヒヤヒヤしただろ…」
伊吹の顔を見てホッとした様子の蓮と雨音。
歯がゆそうな表情を浮かべる伊吹に雨音は駆け寄り、腕を掴んで、くまなく調べ始める。
「なんだよ、怪我してねぇって。」
振り払われる手にも動揺せずに雨音は怒った顔をし、「あなたが全部の危険を背負う必要はない」と伊吹に説教する。伊吹は面倒くさそうに返事しながらも内心では心配してくれるありがたみに浸っている。伊吹は適当に相槌を打ちながら視線は自然と緋色に向かう。
「……緋色なら寝てるぞ。幸い血は止まったし致命傷はなかったから大丈夫だとは思うが…伊吹を一番心配してたのは緋色だから後で声かけてあげろ。」
「そうか…わかった。」
伊吹はそう言いながら部屋の隅に視線を向ける。うずくまり悲しそうに床を見つめている琥珀を見つけるとゆっくりと寄り添うように隣にしゃがむ。
叶多と特に仲が良かった琥珀。彼を失った心の痛みはきっと伊吹以上に辛いものだろう。叶多の亡骸を見た彼女はどう感じたのだろうか。いつもは何事にも無関心だった琥珀が涙を見せたあの瞬間は伊吹にとても心苦しく、そして鮮明に脳裏に残っている。
琥珀の重い心中を察することは彼には出来ない。慰めも果たして役に立つのだろうか。そんなことを思いながらも結局琥珀の方を向く。
「……辛いよな。悲しいよな。でも…そんなお前をあいつは望んでないと思うぞ…。あいつはいつもお前の見せる笑顔を見て嬉しそうに微笑んでた。俺はそれを知っている。だから…って、はぁ…そんなこと言う資格、俺にはないよな…」
ガシガシと頭をかきながら言葉を止める。
琥珀はまだ俯いたままだったが徐々に視線が伊吹に向かう。何も言わないが琥珀は小さな微笑みを浮かべる。その微笑みの意味はなんなのかわからない。伊吹に対する感謝だろうか、それともなにか別の意味があるのだろうか。伊吹はとりあえず微笑み返す。
「……あんた……良い奴だね……」
「…は?俺が?俺は別に何もしてないけど」
「……自分も辛いのにこうやってうちを慰めてくれることも……怪我した緋色くんを見て…我先に外に飛び出して行ったことも……良い人じゃないとできないことだよ」
「……だといいな。俺にはわかんねぇよ。気持ちが先走るからそれに従っているだけだ。」
伊吹はそういいながら立ち上がり琥珀に手を伸ばす。伊吹の手を取り導かれるように琥珀も立ち上がる。彼女はそんな伊吹に少しだけ元気が戻ってきた。伊吹は安堵しつつもまだ苦しそうな蒼乃と緋色を見て複雑な感情を露わにする。
いつ復活するかわからない現状にゆっくり視線を落とす。
「…伊吹。そういえばクロってやつはいたのか?」
蓮の問に伊吹は悔しそうに頭を振る。
「いや、見つからなかった…気配も何も感じなくて…。ごめん。」
「お前が謝る必要なんてないだろ。今は蒼乃も緋色もこんな調子だからな…まぁ良かったといえば良かったんじゃないか…?もしクロが見つかれば何が起こるかわからないからな。」
「…蒼乃と緋色が目を覚ませば…また話し合おう。」
蓮は同意したように伊吹の肩を叩く。
なんの進展もなかったことに落ち込むが今はただ、二人が無事に目を覚ますことを願うだけだ。
伊吹は疲れた体に目もくれず、ずっと二人を見守っていた。
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