第23話 消せない恐怖
「とりあえず食えよ。この肉はでけぇぞ。お前にやるよ」
「……お前の頭の中が羨ましいな。」
皮肉交じりに吐き出された言葉も蓮は気にせず、伊吹の前に肉の塊を突きつける。きっと元気付けようとしてくれているのだろう。あからさまにデカすぎる肉に思わず笑みがこぼれる。
「こんなに食えねぇって。大型動物でもあるまいし。」
そう言いながらも疲れていた体には美味しさが深く染みる。しかし脳裏にこびりついている"あの光景"が邪魔をし、結局二口で手を止め、残りは緋色に押しやった。ぼんやりと虚無を見つめていたが蒼乃の呻き声に視線が集中する。まだ虚ろな彼の目には何も映っていない。
「……起きたか、蒼乃。」
反応を示さずぼーっとすること数分、蒼乃はゆっくりと起き上がる。一人一人の顔を順に見つめ、最終的に緋色の傷に到達する。
「その怪我……どうしたの。」
「……大したことありませんよ。私より蒼乃さんの方が心配です。」
「…大したことあるだろうが。血が止まったのも奇跡なくらいだぞ。」
"余計なこと言うな"と無言の圧を受け取り伊吹は素早く視線を逸らす。複雑な表情をしていた蒼乃はゆっくり緋色に寄りかかり、傷を確認するかのように覗き込む。深く傷ついた腹部を切なげに見つけた後、ぎゅっと抱きしめる。
「……ごめん。君なら大丈夫だと思い込んでた。止めるべきだったんだ。」
「…蒼乃さんは何も悪くないです。こうなることなど誰も予想できないんですから。それより体調はどうですか?痛いところとか…気持ちが悪いなど…」
「ないよ。大丈夫。ただ少し気分が悪いな。」
頭を抱えながら緋色から離れ、再び横になる。
そして伊吹と雨音を見ながら躊躇うように口を動かす。
「君たちは倒れたとき…"何か"見た?」
少し震えた声、伏せられた目。"何か"とは何を示しているのだろうか。不思議そうに首を傾げる雨音と伊吹。しばらくしてハッとしたように雨音が口を開いた。
「…もしかして変な夢のことかな…」
雨音を見つめながら何度も頷く。
「……そう。それ。具体的には覚えてないけど何か嫌な夢というか…反射的に拒絶してしまうというか…伊吹は見た?」
「あ〜。言われてみればなんか見た気がするな。でも俺も具体的に覚えてねぇ。」
「……倒れた者はみんな夢を見てる…か。はぁ…僕たちは何から処理すればいいんだろう。何が何だかわかんなくなってきちゃったよ。問題が多すぎるんだ。一つ一つ冷静に分析して解決していかないと狂ってしまうよ。」
ため息をつきながらゆらりと立ち上がり、おぼつかない足取りで壁にもたれる。
「……って言っても解決策は何もない。何かが起きるまで待つしか方法がないね。悔しいけど。いつも通りに過ごそう。」
「…あ〜…クソだな、本当に。」
伊吹の悪態は静かな空気に溶け込む。
「いつも通りに過ごせるわけねぇだろ…」
そんな考えを振り払うように大袈裟に咳払いをする。
そんな光景をじっくりと観察しながら死角に身を隠す少年、クロは無関心そうに言い捨てながら背を向けて立ち去っていく。
─ 残念ながら本当の恐怖はまだ始まっていないよ。"これ"に耐えることができたなら……いや、きっと無理だろうね…。現に一人、消えちゃったんだから─
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