第05話_Cパート_青き早朝の訪問者


 火星時間、早朝4時27分。

 ハーミットクラブ搭載ユニット…医務室にて、通信隔離モード。ミロの最も確実な支配下にある空間にて。


 ミロは副制御卓の照明を最低限に落とし、個人端末の緑光を呼び出した。


 通話先の認証フレームが表示されると、ゆっくりと深呼吸し、背凭れに体重を預けた。


「……お目覚めでしたら、素敵な火星の朝をご一緒しませんか?」


 十数秒の遅延を置いて、画面に現れたのは電子タバコを咥えたルセイン・カーター。

 ノエマ拠点の現場所長。銀灰色の髪と、疲れ切った目元に、火星の“現実”がにじんでいる。


「ミロ。お前が“こんな時間”にかけて来たということは、また問題が起きたか。速やかに報告したまえ。」


「起きた、とは言い切れません。ただ、“何も起きていない”というにはことがあまりにも完璧すぎて──」


 ミロは端末に指を走らせ、数値ログを立ち上げる。


「火星DTN、ノード15。拠点名オクタント15の応答は、定例報告から、エネルギー収支、中継通信も衛星モニタリング画像も完全に正常。平時の伝送ノイズ以外には再送もなく順調。

 異常は“ない”んです。けれど、どうにも非定型通信に限定した応答トラブルや、定型的なエラーの発生が不自然に非定常通信に集中しています。」


「つまり、通信偽装もしくは現地で定型文の返信を強制されている可能性があるというのか」


「あるいは、何も触れられない状態かもしれません。

──そして、それをLISA側が黙っていることが、更に不自然です」


ルセインの口元が、かすかに歪む。


「見に行くつもりか」


「“補給と施設点検を兼ねた運搬任務”という建前で出します。クルーザーのハーミットクラブと人員は整備・手配済みです」


「いつもの双子と……お前、か」


「ええ。そして一人、追加で連れて行きます。ちょうど、偽装にも、人質にも、学習素材にも…現地に向かった言い訳にも使えそうな──有望な子がいますので」


「……ふん。LISAにも通じる顔だ、と」


 LISA出身でエクソディーン重要人物の係累が、偶然にも、現地との通信を希望し、狙ったように調査のきっかけを作った。

 "出来すぎている"というのがミロの感触だが、意図的に配置する駒としてはあまりに不規則な行動、幼すぎる反応だ。指し手がいるとも思えなかった。


「そして、こちら側にとっても“手放しにはできない”存在です。勝手に動かれて通信に関係ないところでパンドラの箱を開けられてはたまらないです。

 しかし、火星における複数ノード間の政治的緩衝材として手元に置けるなら、なかなか使い勝手がいい」


 ルセインはタバコを口元から外した。


「補給任務として許可する。だが、現地で“何も起きていない”以上、引き際を間違えるな。

 増資と補給の計画がある。お前が現地で何かを焚きつけてきたと見られるのは、ノエマにも火種になる。」


 ミロはわずかに頷く。


「理解しています。……それと、停泊中に何かあって"痛くない腹"を探られるのを回避するにあたり、

 情報収集で彼をうまく使いたいと考えています。"ノエマが探っている"という印象は薄まるでしょう」


「……違いない」


 通話が切れ、画面が消える。直後、クルーザー後方区画から足音が近づいた。


 振り返り、ノックの音にドアを開くとレヴが居た。まだ目にわずかな眠気を残しながらも、背筋は伸びている。


「……僕も、行かせてください」


 ミロは一瞬だけ表情を消したが、すぐに口元をゆるめた。


「もちろんさ、レヴ。歓迎するよ。ちょうど、君のことを探しに行くところだったんだ」


 青みがかった火星の朝の光が、砂塵の向こうで静かに立ち上がっていた。

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