第03話_Dパート_司とクロネ

「まいったなぁ。沢渡さん、ほんとに無茶する」


 人力な自転車のブレーキがキーッと軋んだ音を立てる。油も切れてるし、タイヤも擦り減ってる。参道の石畳を少し外れた、かつて社務所から少し離れた倉庫の一つだった木造──今は、司が仮宿となっている部屋だ。


 公園を網の目に張る砂利道を明るいほうに進めば、夜の帳に浮かぶ厳かな神社の輪郭。参道にLEDで灯された灯籠が並んでいる。色だけはそれらしく橙に揺らめいているが、芯にあるのは偽物の光だ。無風の空気の中、それだけが明滅していた。


〈ピンチをチャンスに、不可能を可能に!司ならきっと出来るニャン!〉


 スマホの画面で跳ねる猫耳メイド。その耳だけ黒いのが妙に気になった。今日のメイド服や髪色は白猫を気取ってるけど、励ますには顔がいたずらっぽすぎる。


「……ニャンがつくときは大体無茶ぶりだよなお前」


〈そこに目をつけるとはさすが司!無理難題にも寄り添う万能猫型AI、クロネちゃんに清き一票を!〉


「うるせえ。選挙管理委員に報告しとくわ」


 やや建付けの怪しい木戸の鍵を開けて中に入る。裸電球の色はさすがに電球色ではあったが、心まで温めるタイプじゃない。


 靴を脱ぎながら、考えがもう頭の中で転がり始めていた。今日のあの宗教話──イスラムの生活とか信仰とか、そういうの聞きたがったあいつの暴走。


 目的は別にあるとはいえ半ば興味本位で優等生たちの渡英に割り込もうと手段は択ばなかったが、キャラづくりを間違えたか。英国生徒との短い交流の中でも、この流れで境内(極近接)暮らしを黙ってやり過ごせると思えない。


「短期留学でオレが採用されたのはさ、やっぱ神社で育ったのも効いてんじゃないかな。今も間借りしてる感じだし。ゲーム絡みでもニンジャとジンジャはガイジンからしょっちゅう聞かれてたから選抜の時も割と他の人より答えられた気がする。本番もそうなりそうだ」


〈普通は外から見るのが客観化では?〉

境"内"から客観性を嘯くようなつぶやきに、横槍か合いの手か怪しいクロネ。


「いや、鳥居の内から見て分かるほど、元々の神社的なものから皆が離れたんだよ。離れることが肝心で、内からでも外からでも構わないんだ」


 言いながら、お湯を沸かして、電子炊飯器の保温ボタンを切り、しゃもじを取り出す。炊きたてではない。が、奉納米のおさがりだ。そこらのスーパーの特売米とは由緒が違う。


「感じたというより2千年くらい見たりやったりしてきた事が僕からだって見て取れる。ゴールデンウィークに田植えして、お盆にみんな集まって、シルバーウィークには稲刈り。七五三に年賀状。家族そろって明けましておめでとう。


 本当は季節も人生もずっと細かく決められた物語があって、みんなそれに乗っかる。乗っかれば生きていける。そう信じて、祈って感謝する。お米に関わる歳時記が根本だったんだと思う」


〈そんな平和な日本がなんで侵略戦争なんて起こしたの?〉


 話をダイナミックに切り替えてきた。連想ゲームの幅が連想の枠を引きちぎるほど広すぎるのにも最近慣れてきた。

 あざとい猫メイドの顔洗いポーズには今一つ慣れないが。


「そういう地元の行事がさ、だんだんデカくなる。連作障害なく稲作出来るのは水のおかげ。だから水利権と治水は必須。そしてそのためには沢山人集めるだろ?


 大和政権だったかあたりの集団が大きくなれば儀式も立派になるのは納得だよ。そしたら形式も格式もつけなきゃいけない。そのリーダーは最初は単純な実力者や権力者だったはずが、たくさんの祭事に専念することになったのが天皇だったというふうにも見える。


 で、鎖国っぽく平和を謳歌してたらアヘン戦争で中国が列強に踏み躙られてたのが分かって、やべえ、まとまらなきゃ! オレたちは国際社会で食われる側にはならないぞ!って大きな動きが黒船で大きなうねりになって明治に突入……」


「国をまとめて外敵にぶつかるには、みんなが納得する共通の価値観が必要で、そりゃあ米、四季、天皇だと思うよな。近代史では国民国家になるのが強いって習ったけど、日本はうまく公約数見つけたよ。倒幕、戊辰戦争や西南戦争で初期に内戦にかたをつけたのも効いたのかもしれない」


〈その話で鈴音とアイシャを考えるとどうなるの?〉


「沢渡さんはそういうノスタルジーとか無い側なんじゃないか?興味で突っ走ってるだけというか。 アイシャって人はよく知らないが。でも、オレだった難民になって国に帰れないとき、家族で共有出来るものが何もないよりは年中行事くらい残ってるほうが頑張れそうな気はするよ」


〈ここまでの話を文章にまとめますか〉


「あ。偉そうに語っちまった。でもレポート書かなくて済むなら助かる。まとめといてくれ。ニャン無しで」


〈まかせるニャン〉


 クロネが画面の中でくるりと回り、しっぽをビッと立てた。

 端末の上で、小さく「保存しました」と光が瞬いた。

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