第03話_Cパート_語りの火星、沈黙のドーム


 火星時間 21時前。


 エクソディーン北部、ハーミットクラブの搭載ユニット内部。


 ミロは片膝を地に置きながら、通信中継端末の前に小型カメラをセットしていた。


「よし、画面はこれで優勝。レヴ、最初のくだりからもう一度いける?」


 この映像は地球側の教育プログラムおよび火星資源DAO向けの広報として、編集バッファ付きのライブ配信で送られていた。


 主な目的は、「火星は投資に値する」、そして「その価値を語れる惑星である」と示すことだった。


「ここは火星の中線ドーム、エクソディーン。その北部に停泊中の『ハーミットクラブ』は、移動式の工事車両です」


「これ、ただの車に見えるけど、実は居住、医療、データ記録、通信等の出張サービスの側面も持ってて……まあ『災害テント』にもなる」


 ミロが言うと、雑音のような声でカレイとマヌが同時に答える。


「自分たちで修理できる!」

「誰かがいなくても何とか動かせる!」


「そう、分業じゃなくて、互助性のために作られてる。

 ここでは、何が壊れるかより、『壊れても続けられる』方が大事なんだ」


「その上で、このハーミットクラブ自体も、火星DAOでは投資商品になってる。

 次世代モデルへの出資、あるいは通信ノードのパッケージ化。

 ここは、『借りる』を超えて『作る』ほうが常識な星。そしてDAOは地球からの持ち込み投資みたいな感じになってる」


「それで、火星の勢力はどれくらいあるんですか?」


 レヴが尋ねる、ミロが頼もしげにうなずく。


「大枠で言えば、五つの大勢力。


 一つ目は『ヘリオス』。

 打上げ、通信、伝送等、地球と繋げる火星の動脈。米国のユニコーン発祥。


 二つ目が『CER』。

 中華系。資源採掘、労働力の最大活用を目指す、強権的で工業基盤が意識されてる。

 無人化への意欲も高いけど、人もロボも『手段』として同列に使われる感覚だね。


 三つ目が『LISA』。

 教育、研究、制度。そして火星周囲の通信衛星系を管理している。

 政策よりも実労に近い、『最大のネットワーク』の所有者。火星開拓初期の雄だけど今はその座を追われつつあるかな。

 欧米の政府系宇宙研究連合ってかんじ。


 四つ目『スワルジャ』は南アジア系。

 工業、通信、分権ネットワークに重きを置き、『自分たちの手で新しい国を作る』ことを目指す思想系勢力。

 まあ地球側ではこの中で一番勢いがあるかな。火星でもその余勢を駆ってるところがあるかも。


 そして五つ目『ALV』。

 医療、工業、思想…国際色豊かというか脱ナショナリズム的だね。その中の一つ  『ノエマ』は、僕も今関わっている。

 火星はそういう『実験すること自体を目的にしたフロンティア』にもなりうるってことだね」


「ミロさんたち、ここエクソディーンの中はともかくもっと火星のはずれで『何か異常が起きてる』として、何かしなきゃっていうことは誰が判断するんですか?」


「お、それちょうど同じ質問、地球側からも来てたよ。

 答えは……『みんなが少しずつ知ってる』それを足し合わせて、『みんなで少しずつ協力し合う』。


 全体を把握してる人間はいないけど、分散した知と語りの網がある。そしてそれを僕らみたいなエッジに待機してるスペシャリストが実現する、

 その力を結集する制度と、そのための実力がその時々に形作られることが最大のインフラなんだよ。」


「じゃあ全体方針みたいなのは?」


「言葉の積み重ねだね。語る人間たちのベクトルが重ね合わせられてきて、形を示す。

 形を作る技術の上に言葉を足し合わせた社会を乗せるなら、エンジンは言語と言っていい」


 レヴは、わずかに身を乗り出してうなずいた。


 一方の地球ではもう少し冷めた空気が流れていた。

 あまりにも抽象的で大規模の社会の中ではとても機能するように思えない。

 ミロが語る火星社会は、まるで「常識」や「合意」の行き先が「共通の利益」のもとに示されているかのようで

 利害対立の顕在化した都市文明のなかではとても現実的とは思えなかった。


 カメラが止まり、空気が変わる。

 ミロは別端末を立ち上げた。表情がわずかに引き締まる。

 

「……まただな。オクタ15のDTNノード、転送は正常なのに直接通信だけ棄却があるな。

 全体のログは正常だ。むしろ妙にまぎれが少ない……ような」


「オクタ15って、あの——」


「エクソディーンから東南に一番近い拠点。位置はスワルジャのマリネリス西端とエクソディーンの中間くらい。

 距離的には近い。異常があれば知らせる方法は何通りもある距離だけど」


「人が……いるんですよね?」


「もちろんだ。異常なし、の報告もきっちり来てる。」


 レヴが息を止めた気配を、ミロは見逃さない。


「DAO向けには、“技術的ノイズ”として処理する。売り込みは止めない。ここで不安を流すだけ損だ。

 でも、本当の意味での投資は、リスクの中にある。その判断を下せる人間だけが、火星を自分の一部にできる」


 火星の夜は静かで、車体に打ちつける微細な塵の音だけが、カサリと鳴っていた。


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