第3話 君といたいから苦虫だって

臆病で弱っている時、人はあまりに他人を傷つける。

理左が死んで僕はどれだけの人に優しく慰められて、どれだけの人を傷つけただろう。

仮に逆なら理左はどうなっていただろうか。


今年の夏は風呂場くらい暑かった。

けれど提供してくれているホテルの中で生活が完結するので、ほぼ外に出ずその暑さを正面からくらうことはなかった。

僕の春Sの解析で学者から金を貰って暮らしていた。


「理左、会いたい。会いたいよ。」


解析は朝に始まり昼には終わる。

帰宅してはすぐベッドに倒れ込み、陸に打ち上げられた魚みたいに、声の出せない喘ぎを枕に沈めながら身を捩って泣きじゃくる日々を送っていた。


秋に入り、春S学者から「カウンセラーに精神科医を向かわせるから話せ」と言われた。

毎度2万円をこちらが貰う代わりその精神科医と週3回話すことになった。

年は50後半だろう。

かなり退屈な話ばかりだった。

「○○に対して君はどう思う?なぜ?僕は昔…」

いつも1時間もかからず終わる。

それが終われば精神科医は2万円をサッと置いて、のろのろと帰っていく。

正直僕はもうどうでもよかった。

最後に“記憶”を調べる仕事をしたのはもう去年のことだが、あの時にした僕の予想は合ってたのだ。


感情は夏の気体みたいに揺れて膨張した。


いつの間にか起きれば肌寒い日が始まっていた。

猛暑の洗礼を浴びず秋を迎えたのは初めてだった。

例年より夏は長かったが、僕にとってはあっという間だった。


彼女を恨みさえしたあの夜は、冬に入れば凍え死んでくれるだろうか。

彼女に呪われた僕の体の熱は、冬が攫って行ってくれないだろうか。

彼女は向こうで何をしているのだろう。

暖かくして暮らしているといいな。

僕はここで何をしているのだろう。

寒くも暖かくも無い、優しくて軽い毛布に一年中包まるだけか。

心に溜めた有象無象の苦虫が、某昔話の大きい葛龍の中みたいに蠢いている。


いや、そこは確かに暖かいんだな。

蠢けば蠢くほど暖かくなるんだよな。

動けなくて心の中だけ蠢けば停滞して淀むだけで、仄暗く気色の悪いこの心の中の中には、「仄」

を担う熱があるのだろうな。


追おう。彼女を、追う。

行って、でも帰って来れないかもしれないし、連れ帰るなんてもっと出来ないかもしれない。

今の話はまっぴらな綺麗事なんだろう。

その「仄」すら僕の希望なんだろう。

蠢く何かの活力はいやでも僕から発生しているものだ。

ならば、追わないと仕方ないよ。

僕ごと凍えて死んでしまう前に。


















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