最終話
真っ白な視界が目に入った。自然光とも、蛍光灯などとも違う、乳白色の光に包まれていた。
寝起きの様にはっきりとしない頭を抱えながら、バートラムは横たわっていたその身を起こした。その体は何物にも包まれず、生まれたままの姿をしていたが、暖かな空気が流れているそこでは寒さなどは感じることはない。
視点の定まらぬ目が、やがて時間の経過と共に焦点を合わせていく。やはりそこは何処までも白い光の続く広大な空間だった。
「何だ此処は……」
自分は先ほどまで、凍てつく魔王城に居たはずだ。そしてそこで仲間を逃がすために魔王ごと火に包まれた……そのはずだった。体を見回してみれば火傷一つないどころか、あの鋭利な影に切り刻まれていたはずの顔や腕も綺麗なものに戻っていた。
そんな彼の疑問に答えるように、声が響いた。
『目を覚ましたのですね』
聞こえてきた声は慈愛にあふれ、柔らかさを含んだ音色をしていた。それはまるで、鼓膜を直接振るわせるのではなく、脳の言語をつかさどる部分に直接語り掛けてくるような、あまりにも
「今の声、まさか……」
背筋に冷たく、吐き気を催す程の嫌悪感が流れた。周囲を見渡して声の主を探すが、その姿はどこにもなく、ただ続くように言葉だけが頭の中に流れ込んでくる。
『バートラム。貴方は勇敢な心で、親愛なる仲間達を逃がすことに成功しました。身を顧みぬその献身は神の尖兵としてとても誇りに思いますよ』
カタリーナは無事にディミトリウスと共にあの世界を脱出し天界に帰還した。その情報を聞いてホッとしたが、同時に新たな疑問がわく。それならばあの場で焼け死んだはずの自分が居る、聞き覚えのある声が響くこの空間は何なのだ。
『ここはいったい何処だろうか。そういった顔ですね』
微笑と共に語られていると感じる言葉に、無意識に太腿のホルスターに収めていたはずの拳銃を探した。勿論、今そこにそんな物は存在せず、ただ五指が空中を搔いているだけだった。
『あなたは確かにあそこで死んだ』
そうだ、そうだとも。死によって、役割を終え、使命を終え、仕事を果たした。それならばその魂は冥府へと送られる。そのはずだった。
『神はあなたの働きを大変評価しています、バートラム。そこで私たちは貴方の魂を救い上げ、新たな役割を与えることに決めたのです』
さも善意しかないと言わんばかりの声音がバートラムの脳を揺らす。頭痛が止まない。それ以上先の言葉を聞きたくないと、脳が言わんばかりに。
『健やかなる魂を持つ貴方は神より恩寵を与えられ、今まさに危機に瀕している世界へと向かう運命を用意しました』
優しすぎるほどの声音と共に、後始末の為だと言い聞かせながら葬ってきた住人たちの断末魔が鳴り響く。
『そこは凍てつく雪国に魔王が巣食う悲しき世界です。自ら兄弟を殺し、悲しみに狂う魔王をあなたの手で浄化し、葬るのです』
喉が鳴り、呼吸が止まった。焼き払った村々で嗅いだ、死体や家畜の匂いが鼻の奥でこびりついた様に薫った。
『魔の手に落ちんとする世界に再び神の威光と信仰を取り戻さねばなりません』
瞼を閉じているはずも無いのに、白一色の視界が徐々に暗くなる。手を掛けた勇者たちの絶望に濡れた顔が、浮かんだ。
『バートラム、いいえ、ここでは真名で呼ばねばなりませんね、そう勇者ルシアスよ』
そして、その世界へとまた一人……。
『さぁ勇者よ、神の祝福を授かり、世界を救うのです』
《了》
勇者殺しに神の祝福を 長谷浩市 @hasekouichi
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