第14話


 棺の中に安置されていたのは、間違いなく勇者だった。この世界に入る前、ブリーフィングで見た資料そのままの顔をした青年が、今まさに間違いなく二人の目の前にいた。


 青白い月の光に照らされた勇者はまるで眠っているだけかのようにも見えたが、フラッシュライトでしっかりと照らしてみると、その顔は土気色に変色しており、おそらく転生時に神から与えられたであろう聖なる鎧には大きな傷跡が残され、その奥にある内臓までが大きく損傷しているのが見て取れた。


 勇者を照らすライトの光は微動だにすることもなく、耳が痛くなるほどの静寂だけがその場を支配していた。


 「なんで、なんでここに……」


 困惑の声を出すカタリーナがその静寂を終わらせた。当然だった。先ほどまで命を賭けた攻防をし、更には仲間の命と腕を奪った、あの憎しみに満ちた顔をした青年が、どこか安心して休んでいるかの如く目の前にいるのだから。


 「あいつら、双子同士を殺し合わせやがった……」


 何かを諦めたような具合で、バートラムは息を吐いた。続けて、まるで打ちのめされたかのような、悟ったかのような声で彼はつづけた。


「そもそもの情報が間違いだったんだ」


 最初に天界にある本部が観測したという、勇者が魔王を倒したという信号。生体信号を基にしたその情報を、本部の連中が勘違いしたのだ。まさか全く同じ生体信号を持つ個体が二つ、同じ世界に居るなどと考えもしなかったのだろう。


 「たしかに勇者には兄弟がいて、先に亡くなっていましたけど……それが、まさか双子だったと?」


 「そうでもなきゃ説明できん。兄なのか弟なのかは知らないが、先に死んだ方を悪魔が、そして後で死んだ方を天使がそれぞれ、この世界に送り込みやがったんだ」


 確率であれば天文学的なものだろうが、実際目の前でその事象は間違いなく発生してしまっていた。


 「そして、それぞれの役割を果たそうとした二人は、この城で邂逅した」


 結末は、目の前にある通りなのだろう。どの時点でお互いがその正体に気づいたのかは分からないが、少なくともエンディングとしては最悪なものだったろう。


 「つまりあの影は、堕天した勇者なんかじゃく……」


 「そうだ、魔王だ。この世界で勇者は殺され、そして魔王は討ち果たされていない」


 目の前に横たわる青年の死骸を前に、バートラムのその言葉がやけに響いた。


 あの影が堕天した勇者ではなく、魔王そのものならこれまでの出来事にも説明がついた。対勇者用の炸裂弾、あれは聖なる施しが成されているが、あくまで勇者を殺すためだけに調合されていたものだ。魔の者に効果はあっても殺しきれるものでは無い。


 焼夷手榴弾の炎に、あのまとわりつく影が焼かれボロボロになったのも、燃焼剤の中に混ぜられていた聖油の効果があった証左だ。


 「そんな、だとしたら私たちの装備でなんか太刀打ちできるわけが……」


 「ああ、できるわけない。魔王を殺せるのはただ一人、勇者だけだ。急ごう、カタリーナ手榴弾を」


 そういってバートラムは改めてカタリーナに向けて手を伸ばした。ポーチの中に残っていた予備の手榴弾をバートラムに渡す。焼夷手榴弾はこれで、お互い自決用の一発を残すのみとなった。


 「それにしても、あの魔王、何の狙いがあってタブレットなんか奪い去ったんでしょうか……。いえ、その前にどうやって観測班員たちを見つけだしたの?」


 バートラムが作業を行っている間、カタリーナは扉からそっと半身のみを出して廊下の先を警戒しながらバートラムに話し掛けた。後半は殆ど自問のような形になっていたが。


 「さぁな。偶然。確率。そんな言葉で片づけたくはないが、本当に偶々だったのかもな。双子の片割れを殺したことで、自分を送り込んだのとは別の、兄弟を送り込んでしまった我々の存在に気づいてしまい、そして偶然にも誤情報でノコノコやってきた観測班に鉢合わせをしてしまった」


 「そして、それに釣られて私たちがやってきたと……」


「今のヤツは怨念の塊みたいなもんだ、兄弟を殺す破目にまで陥らせた悪魔か天使かを恨んでるのは自明だ。もしかしたら、このタブレットの情報を使ってどちらかの陣営に復讐しようって魂胆かもな。よし、と」


 バートラムが焼夷手榴弾を仕掛け終わったようだ。あとはこの部屋から離れて起爆すれば良い。麓まで来た道を戻り、仲間を拾って帰るだけだ。



 二人とは別の足音が響いたのは、そんな時だった。

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