第13話


 たった一枚の壁を挟んだだけにもかかわらず、城壁の内側では陰惨な光景が広がっていた。


 割れ目クラックを通り抜けた二人の目の前に広がっていたのは、切られ、焼かれ、砕かれ、そして放置されたままにされている魔物の、その死骸の山だった。


 獣臭さに混じり、決して生物から放ってはならない様な、コールタールにも似たすえた匂いが死骸から流れ出る血や臓物から漂っていた。さすがに二人とも耐え切れずに口を覆った。


 「……進むぞ、長居しない方が良い」


 そうバートラムが指示した。むせ返る異臭が沁みたのか、充血した目をしたカタリーナが同意の肯きを返す。


 二人が侵入したのは庭園にも似た広場だったようで、ところどころ重機で掘り返されたかのような痕が残り、白く染め上げられていたはずの広場や花壇は魔物の血でべっとりと濡れてしまっていた。


 本能的にそんなものを踏みたいとも思わず、避けながら城内へ入れる場所を探していると、カタリーナが一点を指し示した。閂(かんぬき)も錠前も掛けられていないドアが、キィキィと音を鳴らして揺れているのが目に入った。


 罠やあの糸が仕掛けられていないかを慎重に確認し、室内へと滑り込んだ。室内も外と変わらず血まみれの肉塊が至る所に転がっている。


 「……っ。何なんですか、ここは」


 そう距離を走ったわけでもないが、カタリーナの息は乱れていた。


 「魔王の城に挑んだ勇者たちがそうすんなりラスボスに会えるわけがないだろ。道中で接敵した魔物と戦った痕だよ。まさか魔王と同じ堕天した側になっても、後片付けすらしてないとはな……」


 どうやら同族を大事にするという考え方は無いらしい。もしくは捨て去ってしまったのかもしれないが……。


 「それに、見てみろ」


 バートラムがそう言って指を差した。カタリーナがその先に視線を持っていけば、魔物たちの死骸に混じって、人型だったであろう生物の死体も確認できた。切り裂かれた肉片には折れた剣がしっかりと握られ、焼け焦げた肉片には焦げた魔導書がへばり付き、押しつぶされた肉片には弓の弦が絡みついていた。


 「ここで戦ったんだよ。まさにここで勇者“達”と魔王がな」


 ゲームやアニメの様な、勇者と魔王、善と悪と言う幻想的な戦闘など存在しない。あるのは結局泥臭く、血生臭く、そして残虐なただの殺し合いでしかない。


 「……はぁーっ。 もう指輪物語の映画、純粋な目で見れなくなります」


 「いい傾向だ。この仕事をやる上では」


 さぁ帰るための仕事をしようと、タブレットを確認する。どうやら反応が大きくなっているのは上階のようだった。


 二階、三階と階層を移動していく。下とはうって変わって上層階では戦闘がおこらなかったらしく、内装は美しいまま残されていた。白大理石に似た材質の床材が、燭台にともされた蠟燭の明かりを艶めかしく反射していた。


 足音は廊下の中央に敷かれていた鹿毛の絨毯が吸収してくれている様だった。足元からのその柔らかさが伝わって来るが、所々が綻び、埃が絡まっている様子を見ると、此処が本来の主から奪われてしばらくの月日が経ったことが見て取れた。


 タブレットの反応がどんどん大きくなり、ひとつの堅く閉ざされた扉の前でピークを迎えた。


 「ここだな」


 ざっと見たところ、扉に罠などの怪しい所は見て取れない。取っ手を僅かに引っ張ると、硬い感触が帰ってきた。バートラムは差していたナイフを取り出し、扉の隙間、取っ手に連動した鍵の部分を目指してそれを突き立てた。複雑な機構でもなかったのだろう、僅かに木が剝がれる音に続いて、金属のこすれる音が響いた。どうやら開錠に成功したようだった。


 鍵が開いたからと言って一気に開け放つなどは無く、ほんの僅かだけ開くと、今度は扉の裏側に仕掛けが無いかを確認する。そこで異常が無いことを確認してはじめて扉を開き中に足を踏み入れた。


 室内は暗闇だった。高い所に採光用の窓があるようだが、日はとっぷりと落ちていた上に、この部屋には廊下と違って淡く灯る蝋燭は置かれていなかった。


 バートラムは小銃のマウントレールに取り付けていたライトを点ける。後ろのカタリーナもそれに続いた。扉の大きさに反して、室内はどうやらそれなりの広さがあったようだ。昔は倉庫としてでも使われていたのかもしれない。


 目的の物は、部屋を入ってすぐに見つかった。端の方に寄せて電子機器がぞんざいに置かれていた。所々が血にまみれていたところを見ると、観測班員から奪われていたものに違いなかった。


 タブレットは基部の所がめくり取られ、そこから伸びたコードが何かしらの鉱石に張り付けられていた。やはりこの世界にある物質で改造を施されていた。


 「よし、カタリーナ手榴弾を」


 あの窪地でディミトリウスがおこなったように、信管に細工を施し遠隔で起爆できるようにする。バートラムはそう言ってカタリーナに手を差し出したが、いつまで経ってもその手に焼夷手榴弾が差し出されない。不審に思って彼女の方を見ると、部屋の奥、その一点を見てカタリーナは困惑の顔に歪んでいた。バートラムもとっさにそちらの方に顔を向けた。

 

 いつの間にか、月光が窓から差し込んでいた。それまで暗闇だった部屋の奥が照らされ、そこに置かれたものがはっきりと見えていた。まるで祭壇の様に飾り付けられた棺がそこにはあった。


 そしてその中に、勇者がまるで眠るように横たわっていた。

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