第12話
再び、雪を踏みしめながら進む。しかしこの世界に来たばかりの、あの獣道ほどの苦労はない。ディミトリウスの容態を勘案し、街道沿いを進むことを選択したためだ。
やはり、と言うべきなのだろうか、あれから受信モードにしたタブレットは魔王の城がある方向に最も強い反応を示していた。近づくにつれてその反応も大きくなっていく。
魔王の城も、元々はどこかの領主の城だったものを乗っ取り改装したものだと事前の情報には記されていた。そのためか麓にある城下町は石造りで整えられた荘厳なものだったようだ。
ようだ、とはつまり今では既に朽ち果て、それらは城郭の最外郭としての防御施設機能すらないほどに崩れ去っていた。しかし砂利と石畳で舗装された街道だけは在りし日を思い出させる形で残っていた。気候の影響もあるのだろう、育ち盛る植物が石畳を飲み込むなどはしていなかった。
「歩哨どころか、魔物一匹居ませんね……」
小銃を構え、辺りを警戒しながら進んでいたカタリーナがそう呟いた。魔王の城、この世界のラストダンジョンにしては、余りにも静かだった。
突然、カタリーナの先を進むバートラムが立ち止まり右手の拳を上げる。止まれのハンドサインだった。
「これのせいかもな」
そう言うとバートラムは顎をしゃくった。その先にカタリーナが視線を移せば、透明な、目を凝らさない限り石畳に積もっている雪と同化してしまいそうな糸が張られていた。あの窪地で、観測班員の死体から伸びてきたモノと同じに見えた。
「ワイヤートラップよろしく、辺りに張り巡らせているな。引っかかったら即警報が届いて、あの元勇者様が飛び出してくるって寸法だろう」
目を凝らしてみれば、いたるところに糸を見つけることが出来た。朽ち果てた廃墟の出入り口や、街道から枝分かれする支道、おそらく道すがら落ちている農具などの生活用品にも仕掛けられえているはずだ。しかし、それらは余りにも……。
「仕掛け方が素人だ。どこかで適当な知識をかじって仕掛けたように感じるな。
それでも、この世界の住人に対しては有効なんだろうな、とバートラムは付け加えた。
「先導する。俺の足跡をトレースして進むようにするんだ。カタリーナ、引っ掛かるなよ」
こういった状況に陥った経験があるのであろう、バートラムはそう言うと進みだした。雪の上に浮かんだ彼の足跡を追う様にカタリーナも歩を進める。
幅の広い大通り、そこを不規則なリズムでサクサクと歩き続ければ、やがて山合から尖塔、そして城壁が視界に入って来る。ロマネスク様式にも見える硬質な美しさと、イタリア式築城術らしき無骨さが混じったような、まるでちぐはぐな時代と地域を混ぜ合わせたような印象を感じる。バートラムやカタリーナの居た世界とは違う進化を遂げた築城術、そしてデザインだった。
「何と言うか、威圧感が……」
カタリーナが小山ほどもある、のっぺりとした城壁を見上げながら言う。
「城、と言うよりは要塞と呼びたくなるな。政庁や宮殿なんかじゃなく、戦うための城」
おそらくこの世界にしかいない魔物や、この世界特有の魔法や技術に対抗して作られていたものだろう。時間があればゆっくりと見て回りたいもんだなとバートラムはぼやいた。しかし今、そんな時間はなかった。
城に近づくころにはすっかり日は落ちかけ、山際にかかった太陽が、空を気味悪く紫色に染め上げていた。
「完全に暗くなる前に行くぞ、日が落ちたらあの糸も見えにくくなる」
城の正門は硬く閉ざされていたが、最初からそこから侵入する気など無かった。勇者でもあるまい、敵の待ち構えているかもしれない所に正々堂々と踏み込むなど愚の骨頂だ。
正門を迂回し、しばらく城壁の周りを進んでみると一か所、人間一人が通り抜けられそうな
二人はうなずきあって、その隙間に一人ずつ身を捻じ込んでいった。
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