第9話


 四方八方に伸びた影は手当たり次第に触れたものを切り裂いていた。雪をかぶった樹木も、巨大な石も、そして地面にも大きな爪痕を刻んでいく。


 「なんで!? これで殺せるんじゃなかったの!?」


 そう、“この世界”に来る前にあの老人からはそう聞いていた。この弾丸こそが今まさに目の前で荒れ狂う元勇者に対する必殺の道具だと。


 カタリーナは慌てて銃を構えて、射撃を再開する。しかし今度は目標に到達する前に、振り回される影に阻まれ本体へは命中しなかった。ぶすぶすと黒煙を上げた影が剝がれるような様子はあっても、本体にダメージが入っているような素振りは一切なかった。


 カタリーナの手元で弾薬を発射した時の衝撃とは違う、小さな反動を感じた。最終弾を発射し、弾丸を送り込むための遊底ボルトが後退して止まった時の物だった。つまり、この弾倉にはもう弾丸が残っていないという事でもあった。勇者を殺せると聞いていた、たった一つしか支給されていない弾倉の弾丸が。


 「……」


 再び全身に影をまとったそれは、見つけたと言わんばかりにカタリーナに視線を合わせたように見えた。振り回していた影が不自然なほどにその動きを停止し、切っ先を彼女へと指向していた。


 「駄目だ、逃げるぞカタリーナ! 退避!」


 いつの間にかカタリーナの脇に滑り込んできていたバートラムがそう言って襟首を引っ張った。肩にはディミトリウスがぐったりとした様子で担がれていたが、プロスペローの姿は無かった。


 まさかと思い、プロスペローが倒れていた場所をカタリーナが見た瞬間、太陽を直接覗き込んだような閃光が辺りを包み、一拍遅れて経験したこともないような熱気を感じた。温かさなどとはまるで別物の、肌を直接焼くような暴力的なものだ。


 その全てはプロスペロー、そして彼が抱きかかえるようにして一緒に倒れていた観測班員の所から発されていた。


 さらに一拍おいて、積まれていた観測班員の死体、そして装備の山からも同じような閃光と灼熱が生み出された。処分のために仕掛けられていた焼夷手榴弾をバートラムが点火したためだった。


 プロスペローと観測班員も、プロスペロー自身が持っていた焼夷手榴弾をバートラムが点火した為だろうと推測できた。


 焼夷手榴弾で発生した化学反応によって、窪地一面には火花が飛び散り、白色をした炎に包まれた。全てを燃やすではなく、溶かす様にして装備も死体も、跡形もなく灰へと変えていく。


 勿論その範囲に居たあの影も同じように炎に包まれていた。飛び散って来る火花を避けようと影を振り回すが、超高温の火花に当たった部分の影は炭化し、ボロボロと崩れ落ちていくようなありさまだった。


 「何をしている。見惚れている暇はない、逃げるぞ」


 首根っこをつかまれたカタリーナは引きずられるように足を進めた。影もまた、まるで逃げるようにその姿を消した。

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