第4話

 

 出撃ポイントとなっている東屋には、すでに先客がいた。先の任務でも同道していたチームメンバーだ。軽薄そうな男と、厳つい寡黙そうな男。まるで対照的な二人ともバートラムたちと同じように転生させられてきた物たちだ。それぞれ、ディミトリウス、そしてプロスペローと呼ばれていた。


 「遅かったな」


 厳つい男、プロスペローがそう言うと同時に、手に持っていたバッグを到着したばかりの二人に手渡す。ずっしりと重い中身を空けてみれば、中には白を基調とした迷彩の入った戦闘服に、無線機などの装具一式、そして使い慣れた自動小銃が入っていた。


 「現地の気温は氷点下だそうだ。予備の靴下も中に入っている」


 何事のも気が利く男だ。ありがとう、とバートラムも応じる。


 ぱっと着替え、銃器のメンテナンスを行いながらカタリーナはあることに気が付く。


 「あの、弾は?」


 バッグの中に銃器は入っていても、弾薬、そしてそれを込めるための弾倉らしきものは一切入っていなかった。


 「ああ、それならすぐに届くよ」


 そう返したのはディミトリウスだ。火のついていない煙草をいじりながら、ある方向を指さす。


 遠くから一つの人影がこちらに近づいてきていた。歴史の教科書でしか見たこともないようなギリシア風の肌着キトンの上に、工場で見られるような作業ジャケットを羽織るという珍奇な格好をした老人だった。その両手には大きなケースが握られていた。


 「待たせたの」


 身の丈程にもある2つのケースを、ドカッと東屋の中央に据えられているテーブルに乗せ、老人はカタリーナの方へとやって右手を差し出した。


 「はじめましてだのお嬢さん。君たちの装備開発や調達を担当しておる。君らと同じ転生者と言えばいいかね」


 にこやかに笑う老人の手をカタリーナは握り返す。老いた見かけによらず、握られた手は力強いものでカタリーナは意外に思った。


 「じーさん、勝手に貰っていくぜ」


 ディミトリウスがケースのロックを開き、中に入っている物の物色をすでに始めていた。老人が持って来ていたケースの中には、ぎっしりとカラーテープで色分けされている弾倉が詰まっていた。


 「まぁ急くな。お前さんたちが向かう世界は文明レベル的に金属薬莢が使えんからの、今回はケースレス式の分を用意させてもらったわ。ゲルマニアの連中が面白い銃を開発しておったから真似させてもろうた」


 灰色のテープが巻かれた弾倉を一本取り出し、そう説明を始めた。


 「弾頭は圧縮したカルシウムを使っとるから、勝手に自然に戻る。いくらばら撒いてもかまわんぞ」


 各々、腰やチェストリグに備えているマガジンポーチに灰色テープの弾倉を詰めていく。老人はさらに赤いテープの巻かれた弾倉を手に取る。


 「ほい、炸裂弾。いつも通り弾頭は聖人の遺骨を聖油で固めたものじゃ。今回はターゲットが東洋系らしいからの、帝釈天の祝福も混ぜておる。堕天していたとしても、これなら片づけることが出来るじゃろ、無駄使いするなよ」


 そういって手渡してくる弾倉をバートラムは受け取り、腰のポーチに仕舞い込む。他の三人にも一つずつ手渡していく。先ほどの弾倉と違い、これが勇者殺しのための切り札のようだった。


「最後に、いつものじゃ」


 ケースの中、弾倉の下に仕舞い込まれていた小さな箱を老人は取り出して、開く。中には手榴弾が仕舞い込まれていた。シンプルな見た目の銀色の円筒形。表面には何のロゴも、説明も書かれていない。


 「弾頭はわざわざ加工金属を使わないようにしているのに、手榴弾はそのまま持っていくんですか?」


 カタリーナは怪訝そうな顔を老人に向けた


 「ああ、それは……」


 説明をしていなかったのか、とでも言わんばかりに老人はバートラムに視線を向ける。


 「その手榴弾は自決用だ」


 バートラムはケースの中から幾つかの手榴弾を手に取り、大事そうに胸のポーチに収める。老人が補足で熱素フロギストンやらテルミット反応やらと説明しているが、それに被る様にバートラムが説明をかぶせる。


 「万が一、あっちの世界で戦死するようなことがあったら俺たちの装備やら何やら残すわけにはいかないからな、この焼夷手榴弾で灰すら残さず消え去るのがルールだ」


 そう言うと、バートラムが手榴弾の一つをカタリーナに手渡した。手に取ったそれに、異様な冷たさと重さを彼女が感じたのは気のせいだろうか。


 眉根を寄せたカタリーナに、保険みたいなものだ、使うことなんて早々にあってたまるかとディミトリウスがフォローを入れたが、眉間の皴は一層深くなるだけだった。


 装備をすべて受け取ったのを確認すると、空になったケースを抱えて老人は東屋から立ち去って行った。最後に、頑張んなさい、と言葉を残して。


 カタリーナは灰色テープの弾倉を小銃に叩き込み、コッキングレバーを操作して初段を装填する。


 「そういえば、名前聞き忘れてしまいましたね、さっきのお爺さん」


 転移用の”門”を開放しようと準備しているバートラムの代わりに、ディミトリウスにそう尋ねる。


 「開発部のじーちゃん、確か何だっけ、アルキメデスとかって名前の有名な学者さんだったけ?」


 だったよな、と軽薄そうな声で隣に立つプロスペローに確認するように尋ね、尋ねられた方もそれに無言で頷く。


 あんぐりと口を開けたカタリーナを、ディミトリウスが不思議そうな顔で眺めていた。


 そんな会話をバートラムが打ち切る。


 「“門”の申請が終わった。突入準備」


 その掛け声とともに、皆一斉に小銃に掛けていた安全装置を解除する。その金属音に呼応するかのように、彼らの眼前に無機質な扉が現れた。

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