第3話

 

 「観測班の通信が途絶、ですか?」


 白い奇妙な建物、つまるところ彼らの宿舎を後にしたバートラムとカタリーナの二人は揃って歩いていく。目的地はいくつかの島を越えた先にある、”異世界”転移用のゲートがある出撃ポイントだ。


 虹の橋を渡りながら、タブレットに送られてきた情報に目を通す。


 「そうだ。対象の異世界は、呼称コールサイン”エピファニー”。時代は我々の西暦で言うところの15世紀程度文明、魔法アリ」


 よく見る剣と魔法の世界だ。ページをスクロールし、さらに詳細が書かれた報告書に目を通す。


 「勇者が魔王を倒したと信号を受信後、本部が確認のために観測班を派遣したところ、その全員のバイタルデータが消失、以後“エピファニー”からの一切の観測データが途絶した」


 「全滅?事故でしょうか、それとも勇者が天使達に反乱を……」


 「まだ何とも言えない。バイタルデータが消失しただけであって、死亡だとは確認されていない」


 バートラムの言葉には、自分自身に言い聞かせるような、そんな響きが混じっていた。


 ぐっと何かをかみしめている様なバートラムの表情を見て、カタリーナも押し黙ってしまう。


 「……すまない。任務は観測班の救助、または……回収。そして異常が発生している異世界”エピファニー”に対する偵察任務だ」


 「勇者が堕天しているかどうか、ですか」


 神から天使たちに授けられ、守護している幾つもの世界、箱庭。いわゆる“異世界”に対して、ただ唯一そこに対して悪意を持って干渉してくる連中が存在している。堕天使。自らの意志を持って創造主たる神に反逆を起こし、悪魔と同一視さえされる者達。


 それらは平穏だったはずの箱庭に尖兵を送り込み、干渉を始める。俗にいう魔王と呼ばれるものがそれにあたる。魔王が送り込まれることによって、勇者が対抗手段として送り込まれる。しかし、堕天使たちの干渉はそれだけにとどまらない場合がある。


 「惑わされたか、かどわかされたか、堕天使たちが魔王を倒した後の勇者に干渉して、自陣営に引き込んだ可能性も捨てきれない」


 かつて奴隷解放を謳った、とある合衆国の大統領が、その人間の本質を知りたければ力を与えてみることだ、と言ったことがあるらしい。


 バートラムもその言葉には納得することが多い。天界へ来る前、まだ彼がただの一軍人であった時などには、分不相応な階級と権力を持った上官達がおかしくなっていく様を、幾度となく見たことがあった。


 果たして、魔王を討ち果たすほどの力を持った者の欲望を、堕天使たちは狙いすましたように突いてくる。


 バートラムがスクロールしていたタブレットの画面を、カタリーナに見せる。画面にはカタリーナと同じ、アジア系、それも東アジア系に見える青年の顔が写されていた。目の下に隈を作った、どこか情けなさそうな、しかしその中に、生来の優しさを感じさせる顔。


 そして、顔写真の下には彼が転生に至る簡単な経緯が書かれている。


 「学校からの帰路、事故にて死亡したところを転生される。一人っ子……いえ兄弟がいたようですが、先に亡くなっていて一人になった……。親御さんの気持ちを思うと、いたたまれませんね」


 「……そうだな」


 「転生時に剣のスキルを受け取り“エピファニー”へ送り込まれると……。もし彼が本当に堕天して、あちら側に付いたとしたならば、そうなったら私たちはどう対処を……」


 不安そうに口を開くカタリーナに対し、バートラムは一度眉根に大きく皴を寄せ、吐き捨てるようにつぶやいた。


 「対処は一つ、そう、一つだけだ……。もはや堕天した者を救い上げることなんかできっこない。そのための俺たち、その為に俺たちはこんな所くんだりまで無理やり呼び出されてんのさ」


 「……そんな」


 「ああ、殺すしかない」


 その言葉を聞いて、カタリーナはぐっと拳を握った。天使達の都合で、神の御許へ行く事も出来ずに、異世界に飛ばされていった者の末路がそんな結末では、何も救いがないじゃないか……。


 バートラムと同じように、カタリーナもまた眉根を寄せて歯を食いしばる。しばらく沈黙もまま歩き続け、そして出撃ポイントとなる、石造りの東屋が二人の目に見えてきた。

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