第5話

 

 事前情報通り、扉を抜けた先は、川端康成の一小節を思い起こさせるほどの銀世界だった。べたつきの無い、さらさらとした雪の感触が、靴底から伝わってきた。


 標高の高い、雪の隙間から刺々しい地肌をむき出している山々に囲まれた渓谷。観測班のシグナルが最後に確認された地点、そして勇者と魔王が最後の戦いを繰り広げたであろう魔王城が、この渓谷の中にあるはずだ。


 バートラムを先頭に“扉”を抜け、お互いの死角をカバーするように、銃を構えたまま周辺の警戒を行う。殿を努めているプロスペローがドアを閉めると、空間が揺らぐようにして”扉”はその姿を消した。


 「バートラムより、本部。“エピファニー”に侵入成功した」


 無線のスイッチを入れ、そう話しかけた。何時もであれば通信担当からの返事や、タブレットにメッセージが届くはずだが、いつまでも耳は空電ノイズが、タブレットもメッセージ更新ボタンを何度押しても、一切反応はない。返事どころかタブレットに表示されている通信レベルは、圏外と表示されていた。


 「おい、みんな通信は可能か?」


 機器の故障かと疑い、他のメンバーにそう尋ねるが、皆答えは同じ、通信不良だった。


 「アレのせいかもしれん」


 そう言うとプロスペローが山肌を指さした。白化粧された山肌の一部から、黒々とした岩々が幾つも突き出しているのが見えた。


 「磁鉄鉱か。電波が安定していないのもそのせいかもしれんし……」


 「もしかしたら、観測班の通信が途切れたのも」


 「可能性はあるな」


 少しだけ、バートラムの声に明るさが滲んだ。観測班が、生きている可能性がある。


 「ともかく、我々の脱出についてもルート変更を行わないといけないな、プロスペロー」


 すぐにプロスペローがバートラムの近くに寄り、取り出したタブレットのスイッチを入れた。ナビゲーションアプリを起動させようとしたが、本部からの支援情報すら受信できなかったと思い出し、舌打ちを一つしつつ、代わりに胸のポケットから、紙に書かれている簡易な地図を広げた。


 「今、我々がいるところがここ」


 バートラムが胸ポケットからマーカーを取り出し、地図に印をつける。街道沿いの森の中、今彼らがいる現在地だ。


 「街道まで一度降りて、道なりに進むのが最短ルートになるが、現地住民から発見される可能性が高い」


 魔王が支配していた地域だ。すでに住民のほとんどは他所へ移り住んでいるか、魔王軍に使役されている怪物へ変貌しているだろうが、用心は重ねておいて損はない。


 「そこでだ」


 地図上で濃い色で示されている街道とは別の、薄い色で示されていた細い線をマーカーでなぞっていく。


 「獣道を使う。この時期であれば現地住民は森に入ることは、そうそうないだろう。そして何よりこの道は」


 「観測班が使っていた。何か手掛かりが残っているかもしれない」


 プロスペローがそう応じた。バートラムが無言でうなずく。


 「そして最後に脱出路についてだが、近くの廃村まで出れば、山向こうまで通っていけるはずだ」


 地図にマーカーで道を書き入れる。そこはかつて鉱山町として繁栄し、今では魔王軍によって廃墟となっているはずの村だった。そこには掘り出した鉱石を都市へ運ぶための山道が残っているはずだ。そこを辿っていけばこの山々からも離れることが出来るだろう。


 「誰か意見はあるか?」


 地図に目を落としていたバートラムが顔を上げ、皆を見回した。カタリーナとプロスペローは沈黙を保ち、ディミトリウスは軽く頭を振った。


「よし、やることは決まった。プロスペロー、前衛を頼む。ディミトリウスが最後尾だ。俺とカタリーナはいざという時、どちらのフォローにも入れるように」


 地図を仕舞い込み、バートラムは各々に指示を出す。4人は湿気を多分に含んだ雪を踏みしめながら森の中へと歩を進めていった。

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