第2話:英雄、値引き弁当を買う

 「おつかれさまでーす! えっと、夜勤の山城さんですよね?」

 

 その日、タクミがレジ横でホットフードケースのガラスを拭いていた時、明るい声が店内に響いた。

 声の主は、茶色い髪を後ろで束ねた小柄な女性――飯島ユリ。

 大学生で、週3のバイト担当だという。

 

 タクミは、ややぎこちなくうなずいた。

 

 「はい、山城です。夜勤、2週目です」

 

 「うわっ、敬語、かたい! 山城さんって年いくつ?」

 

 「……えっと、30です」

 

 「えっ、マジ? 落ち着いてるなーと思ったけど……バイト歴、長いんですか?」

 

 「いえ。今が初めて、です」

 

 その一言に、ユリの手が止まる。

 ほんの一瞬だけ、空気がピリッとした。

 

 だがすぐに、彼女は笑った。

 

 「そっか、じゃあ今がスタートだね!」

 

 

 その笑顔が、少しだけタクミの胸に刺さった。


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 仕事が終わったあと、店の裏でタクミはパンをかじっていた。

 24時間勤務のこのコンビニに、休憩室はない。

 段ボールとゴミ袋の隙間が、彼の“食堂”だった。

 

 「おつかれさまです、山城さん。これ、よかったら」

 

 ユリが、温かい缶コーヒーと、チーズ蒸しパンを差し出した。

 

 「……君の分じゃないのか?」

 

 「いつも買ってから食べ忘れるんですよー。あと美味しいからもらってください」

 

 そう言って無理やり押しつけてくる。

 その軽さが、タクミにとっては何より重たかった。

 

 

 「……ありがとう」

 

 そう呟いた声が、なぜか自分の耳に虚しく響いた。


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 数日後の深夜、来店客の少ない時間帯。

 ユリがレジで暇そうにしている横で、タクミは賞味期限の棚卸しをしていた。

 

 「ねえ、山城さんって、昔何してた人なんですか?」

 

 タクミは少し考える。

 

 「昔……。戦ってたよ、毎日」

 

 「え、ケンカ?」

 

 「……似たようなものだ。命の取り合いだった」

 

 「サバゲー?」

 

 「……そうだな、サバゲーみたいなものだ」

 

 ユリは笑いながら、「元自衛官か何か?」と茶化す。

 タクミは黙って、消費期限を過ぎた弁当を袋に詰めた。

 

 

 「……俺は、誰かを守るために剣を取った。

  なのに最後は、守れなかった」

 

 その言葉に、ユリが手を止める。

 ふざけていた空気が、どこか静かになる。

 

 「今度は……誰かの手を掴めるといいな。間に合ううちに」

 

 その独白のような呟きは、誰にも届かなかった。


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 仕事終わり、コンビニの棚で弁当を見つめるタクミ。

 深夜の割引シールが貼られたそれを、少ない所持金で買う。

  

 会計を終えたとき、不意に背後から声がした。

 

 「やっぱ変わってるね、山城さん。

  なんであえて、それ買うの? 廃棄で出そうなのに」

 

 ユリがいた。

 

 「……商品には“生きる期限”がある。

  でも、廃棄になるまでに選ばれるなら、それは価値があるだろ」

 

 「へえ……まるで、人みたい」

 

 タクミは静かに笑った。

 

 「……それでも選ばれなきゃ、ゴミなんだよな」

 

 

 それは、自分自身に向けた言葉だった。


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 アパートに戻る。

 コンビニで温めた弁当を開封しながら、異世界の記憶が不意にフラッシュバックする。

 

 ──剣を掲げ、民に囲まれていた日々。

 ──膝をつき、「ありがとう」と言われた顔。

 ──空が割れて、仲間がひとりずつ崩れていった瞬間。

 

 それらの記憶が、幻のように消えていく。

 

 気づけば、結構な時間が過ぎていた。

 少し冷めた米を頬張る。味はない。

 

 「……まあ、うまくもねぇけど、食えりゃいい」

 

 壁のシミが、夜明けの静寂からこちらを見つめているようだった。

 

 そしてタクミは、また翌日の深夜勤務に備えて、

 布団のない畳にうつ伏せに沈んだ。

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