第6話 あの丘の桜の木の下で…
春。
また、桜の季節が巡ってきた。
四月。新しい制服を着た生徒たちが街を歩き、駅の改札には親子連れの姿が溢れている。
空は柔らかく晴れていて、風はあの日のように穏やかだった。
榊原悠真は、あの丘へと続く坂道を、今年も一人歩いていた。
一年。
それは、彼にとってとても長く、そしてとても短い時間だった。
彼女のいない春。
でも、それでも、約束を守るように足を運んだ。
そして、丘に立つと、そこには変わらない景色があった。
――桜の木。
満開の花が、空を覆うように咲き誇っていた。
白にも近い淡い薄紅。
無数の花びらが、風に舞っては空に踊る。
悠真は幹に背中を預け腰を下ろした。
ポケットから、去年の春に読んだ手紙を取り出し、優しく広げる。
「また来たよ。ちゃんと咲いてるね、今年も」
風が吹いて、彼の頬を撫でた。
その風の中に、かすかに誰かの声を聞いたような気がした。
――“来てくれて、ありがとう”
ふと、足音が聞こえた。
振り返ると、ひとりの少女が立っていた。
少し年下のようで、胸元には病院の通院カードがついている。
「……すみません。この桜、去年も咲いてましたか?」
悠真は一瞬、答えに詰まった。
彼女の顔が、認識できない。
けれど、声の調子、立ち方、目の動き――彼の中で何かが“重なった”。
「……咲いてたよ。君が来られなかった誰かの分まで、ちゃんと」
少女は、そっと微笑んだ。
「……そうですか。ありがとう」
それだけ言って、彼女は桜を見上げていた。
その横顔が、ほんの少しだけ、誰かに似ている気がした。
けれどそれは、きっと偶然。
いや、偶然でもよかった。
悠真は桜の木を見上げ、空に手を伸ばした。
「――また、来年も会おう」
誰かに言うように。
もしかしたら、自分自身に言い聞かせるように。
そして、その言葉のあと――
ひとひらの桜が、悠真の掌にふわりと落ちた。
悠真はその花びらをじっと見つめ、優しく笑った。そして、ゆっくりと口を開いた。
「なぁ、紗月……伝えたいことがあるんだ」
「何?」
ゆっくりと息を吸い、彼女の目を見つめる。
「僕と、……」
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