第27話


 泉へ向かう二人に、遼灯もついてきた。近づくに連れてだんだんと、他愛ないおしゃべりが消えていった。


 どちらからともなく黙り込んだ千璃たちを見、吹きつけた風に遼灯は顔を上げた。


 それまでとは異なる、玲瓏と冷えた風。それは巨大な一枚岩を滑り降りて来るものだった。


 奏園の最奥、さすがにここまで来たのは初めてだ。その巨岩に寄るほどに空気は清み、花香も凍るような風が吹く。


 遼灯は両手を頭の後ろで組み、気持ち良さそうに息を吸い込んだ。空師は清らかな空気が好きだ。

 汚れた空気は乗りにくいという。その感覚は空師以外にはわからない。


 舞子たちは澄んだ泉のほとりに座り、篭から花を掬っては水に浮かべた。ゆるゆると水波に花は流れる。


 二人はその作業を黙ったまま、丁寧に続けた。大きさ、形、色までも様々な花が、泉を埋め尽くすかのようにひろがる。


 花はほぼ一昼夜で水に溶けて消えてしまい、あったことが嘘のように跡形も残らない。はじめから幻のような花なのだから、至極当然のようにも思える。


 巨岩の間から浸み出した水は、こうして花に洗われることで聖水となり、民には有難い特別の水となる。

 神事や祭事に、あるいは病の治療に用いられ、国の端まで人々の心を潤していた。


 その神秘性と特別性ゆえに、一滴で長患いの腰痛が消えた老婆や、百中の水鏡占いなどという伝説が生まれている。

 心に作用するものだけに、あながち偽とは言い切れない。


 春も深まり、夏が近い。じんわりときらきらと、二つの季節が合い混じった光を浴び、舞子たちは花泉に深く一礼した。


 それが仕舞いの動作だったらしい。伸びた草の上に、二人は座り込んで笑い合った。御勤め終了、といったところだろう。


「きれいでしょ」


 遼灯を振り返り、琉衣が自信気に言う。遼灯は素直にうなずいて、


「きれいだな。でも、俺ってここまで来て良かった? すげー違反であとで園主に監禁されたりとかしないよな、まさか?」


「大丈夫よ。時々お客さんも連れてきてるから。まぁ、遼灯も座りなさいよ。あたしたちはここで少し休憩――でなく、清められていくの」


 琉衣は自分と千璃との間の地面を叩いて促し、説明を足した。


 これが花納めと呼ばれるものであること。舞子が交代で務めていること。面倒がる者もいるが、自分たちには楽しみな仕事であることなどをだ。例え真冬でも喜んで来る。


 この場の持つ気が好きなのだ。奏園の真髄である気がする。能弁な琉衣に笑顔でうなずきながら、千璃はどこか上の空だった。


 風に目を細め、岩を見上げて眩しそうな顔をする。だから遼灯は、千璃が訥々と話し始めたときにも驚かなかった。


 ごめんなさい、と千璃は始めた。


「夢をみたの」


 そう続ける。


「昂鷲さまの夢よ。夢ではなくて、本当のこと、なの。あたしは前に」――


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