第17話
金回りは良く、金遣いに頓着がなく、酒に弱く女にも弱く、賭けには向かない――馬鹿者。
界隈では有名な男らしい。一月二月の間をとって現れる自分を、隣州の豪家の三男坊(放蕩)と名乗っているそうだ。
商売といって家を抜け出しては近県をめぐって遊んでいるのだと、ありそうな語りをほどほどにする。
滑らかに話しているようで、確かなことは一つもこぼさない。
そもそも遊興区では偽りが闊歩するものだから、適当を語ったところで誰かが怪しむ謂れもないのだが、素性隠しを楽しみながらご丁寧に拵えた偽名を打毀と言い、名を言うたびに「そんな奴はいねぇ」と返されるのが愉快、と言う。
民に混じりその生活を知る、とも言うがどう見ても知り過ぎだ。誰も騙されるものではない、遊びたいのだ。
そのような行状はともあれ。つまりは、遼灯の知る限り、千璃は昂鷲が初めて手を伸ばし続けたものである、ということなのだ。
千璃でなくてはならない。でなくては意味がない。
執着、というのだろうか、これは。
恋着と言ってやってもいい。
持ち上げたわけではなく、侮りを込めて。軽蔑したわけではない、意外な行動に出られて戸惑っているのだ。
「調子狂うよ、ホント」
遼灯は頭を抱えた。昂鷲は真意を表に出さない。いつもふざけている。たいてい茶化して交ぜっ返している。
飄々とも言われる性質だ。そんな人物の感情は見極めにくく、想像で動きしてとんでもないはずれを引くこともある。
今は、そんな敗北を幾度となく味わってきた経験が告げるのだ。今回は、はずしてはいないだろうと。矛盾に気付きながらも強い確信を抱く。それこそ矛盾と回りながら。
「私は予定が狂います」
久蒔が切るような鋭さで言う。
「そこはなんとかご勘弁を。園主殿のお力を持ってすれば、それほどのことじゃないだろう?」
「千璃奪還に成功の暁には、事後処理をもってお祝いに代えさせていただきましょう」
久蒔の笑いは闇に満ちる杏の香りを侵食して拡がった。遼灯は顔を歪ませて笑う。失敗を祈られているように思えたのだ。真実そうなのかもしれない。
さていかにしてこの不利な形勢を返したものか。膝の上に顎を載せ、自分の手をじっと見る。そこにある手段は――よろしいとは思えない。
「遼灯殿は」
「うん?」
久蒔の言葉に遼灯は大きく首を傾げた。意味がわからなかったのだ。
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