第7話 芳岡志帆

祥哉くん、私はもう本当に残念。過去のことをいつまで気にしてんの。元々明るくてクラスの中心にいるような人だから、ちょっとでも元気がなかったらみんなにバレてしまう。そんな机に突っ伏したまんまの祥哉くんに価値なんてないし、見てらんない。

 付き合ってまだ三ヶ月くらいしか経ってないのに、まさかこんな事になってこんな気持ちになるとは思いもしなかった。付き合わなけりゃよかったとさえ今では思う。


 「部活終わるまで待ってほしいな。」

 って彼は言うもんだから私は四時間で授業が終わる日でも、友達と話したり、図書館で昼寝したりして頑張って時間を潰してた。部活やってない立場からすると超長いし途轍もなく暇だし、早く帰りたいと思うこともあった。でもそういう時に限って「今日も可愛い」とか言うから私は「祥哉くん上手いなぁ」って思いながら手を繋いで下校してた。

 そうして待つようになってから一ヶ月後くらいに祥哉くんは

 「俺の部活やってるところを見ててほしい。」

 と言った。あの時の自信満々で、ちょっと俺様チックな祥哉くんだったから私は「それもいいか」って受け入れることができて、コンクリートの花壇の縁とかで陸上なんてよく分からないながらも走る姿を見ながら待ってた。彼は長距離走の選手だから、なんであんなことを好き好んでやるんだろうとも思ったけど、まあやっぱりカッコよかった。

 そう言うわけで今日も花壇の縁で一人待っているけど、あんなに覇気のない人を待ってるこの時間無駄だとって思ってしまった。よく考えたらコンクリート硬すぎてお尻痛くなってくるし、暑くて汗流れてくるし。前みたいに生き生きとした祥哉くんに戻るか、もしくは「申し訳ないから待たなくていいよ」って言うか、どっちか選んでもらわないと。待ってることだって当たり前じゃない。待ち時間の対価が恐ろしく見合ってない。

 「あ、歩き出した。」

 私はそう呟く。グランドを飽きもせず走り続ける集団から祥哉くんは置いてきぼりを食らっている。チンタラ歩く祥哉くんを他の部員たちはちょっと気にしてはいるけれど、差がどんどんと開いていく。周回遅れになるのも時間の問題だろう。そんな姿を彼女が見ていたとて嬉しいとは、どう考えても思えない。

 「もう、抜かれてんじゃん。」

 あっという間に周回遅れになった。なのにほぼ早歩きみたいなスピードでしか走らない。私は猛暑の中何を見せられているのだろう。なんで彼氏の嫌なところを一人で見てなきゃいけないんだろう。

 祥哉くん本当にメンタルぼろぼろ、弱すぎる。笠岡を殴ったことはこの陸上部には何にも関係ないことだ。でもそれなのに体力までボロボロになっちゃって、あんな弱いとは思いもしなかった。もし私が振ったらどうなるんだろうと考えてみる。すごく女々しそうだと勝手に思う。

 「あと三十秒以内にちゃんと走り出さなきゃ私もう帰るから」と心に決めてリュックを背負いながら彼の姿を目で追う。もう2周差つけられちゃいそう、見てるこっちも恥ずかしくなってくる。あと二十秒。あと十秒。

 あと五秒、、のところで祥哉くんはスピードアップした。「結局走り出すのか」と私は思う。ギリギリセーフだ。仕方ない、ここで待っておく。嬉しいような嬉しくないような気分だ。なんせ帰る気満々だったから。

 私は一度背負ったリュックを下ろして後ろに置いておく。その時、相変わらずカーテンが完全に閉められた第二理科室が目に入った。いつどんな時でもこの教室のカーテンは閉められたまんまだ。隠されると気になるというのが人の性質であるから私も無性に興味が湧く。

 その時蒸し暑い空気の中で救世主のような涼しい風が正面から吹いてきた。それは私の髪を靡かせた後、理科室のカーテンをひらりと捲る。同時に理科室の中で二人の人間が向き合っていることに気がついた。一瞬ながら確かに飛び込んできた目の前の映像は私の興味を一気に惹いてしまう。それが極めて一瞬しか見えなかったけれど、その二人の距離感は恋人みたいに近くって。カーテンできっちり隠してたのってきっとそれなりの意味があって、隠さなきゃ成立しないワンシーンなんだと思う。

 「誰なんだろう??」

 私はカーテン奥の空間を凝視し続けた。窓が開けっぱなので風がまた吹いて幸いなことに数センチだけ隙間がある。もう祥哉くんのことはそっちのけだ。

 理科室で向かい合ってるのは安部先生と女子生徒の誰かだった。私は目が悪いからその女子生徒の顔がはっきりと映らない。すごく残念だ。でも貴重な場面を目撃しているような気がする。二人は多分キスする、生徒と教師がキスをする。二人の近すぎる距離感は直感的に私にそんなことを感じさせた。こんな漫画みたいな恋愛してる人、実際にいるんだと驚く。既婚者だと知りながら恋愛する強欲な女みたいで、漫画や映画でもなく実際にやってしまえば全く綺麗でもない。

 それよりも安部先生は終わってる。生徒に手を出すような人間が私の彼氏に説教していた。他人を殴るよりも何倍も罪深いことしておきながら、自分のことを棚に上げて教師面してた。笑っちゃうくらい擁護できない。だったら尚更、祥哉くんは落ち込む必要なんてなかったのにと思う。

 そして私はポケットからスマホを取り出した。証拠をしっかりとおさめておこうと思った。これはきっと大ニュースになる、みんな大騒ぎだ。私の彼氏くんも「ああこんな終わってる人に説教されたんだ」って、落ち込むこともやめてまた前みたいな自信を取り戻してくれるかもしれない。なんだかんだあの時の祥哉くんは大好きだったから。

 例の二人は近づくことをやめて一定の距離を保ったまま会話をしている。本当に女の方誰なんだろう、絶妙な場所にいて顔がぼやける。

 理科室のカーテンの隙間目掛けてカメラを向けた。自分が盗撮をしていると実感して画角が軽く揺れる。窓のギリギリ近くまで行ってスマホのカメラ部分を窓ガラスに押し付ける。何枚か撮ろう、多分キスするからできればその瞬間を。そして撮ったらバレないようにこの場から離れよう。

 シャッター音が何度か聞こえる。その度に心臓がドキドキして仕方ない。私はリュックを背負ってまごうことなくその場から逃げた。ちゃんと撮れたかな、バレてはいないかなと色々な心配事が重なって、心が忙しかった。

 私は校舎と体育館の渡り廊下の方まで小走りで逃げて、写真フォルダを確認した。二人はハグしてる。でも安部先生の後ろ姿しか映ってない。女子生徒は先生の背中で完全に隠れてしまってる。なんとも運が悪い、もうちょいタイミングがずれていたらこの女の顔だって映ったはずなのに。これじゃ写真の価値が半減だ。まるで安部先生が生徒のことを身を挺して守ったみたい。余計なことして、つまんないの。もっと堂々とキスでもしてればよかったのに、どうせなら。

 でもこの立派な証拠は祥哉くんに見せてあげよう。先生って君が思うほど大人じゃないよってわかるはず。写真に写る安部先生に関しては欲望のままに生きる幼稚な人だから。

 結局、祥哉くんはみんなよりも2周半遅れてゴールしたみたいだ。木陰のベンチで顔にタオルを乗せて空の方を向いてる。まるで静止画かってくらい動いてない。私はなんとなく彼のことも写真で撮っておく。カメラ越しに眺めると余計に弱々しく思えてしまった。私はため息をつきながらシャッターを切った。

 「あと一週間しても元の祥哉くんに戻らなかったら私もう別れるから。」

 スマホをギュッて握りながらそうやって数分前と同じような決心をしてる。やっぱり今のままだと私まで染まりそうなくらい彼自身からの負のオーラがすごい。でもそうは言ってもさっきみたいにギリギリセーフの結末を心のどっかで願ってる、そしてなんだかんだ祥哉くんのことは好きだと実感する。

 

 まだ明るいけど六時半になって陸上部の活動は終わった。私はずっと祥哉くんだけを見ていたような顔して、こっちにトボトボ歩いてくる彼に手を振った。

 「おつかれさま~。」

 「うん、ありがとう、待ってくれてて。」

 もっと感謝してほしいと思いつつも、私は彼女らしく「一緒に帰りたかったもん」と目を見つめながら言ってみる。でも彼は私が欲しいような笑顔を見せない、すっごく味の薄いスープみたいでなんか物足りない。

 「大会も近いからさ、気合入れないと。」

 「こんな真夏に長距離走の大会って、ほんとに熱中症で倒れないでね。」

 「まあ倒れないように頑張るから、志帆も見にきてほしいな。」

 「いいよ、最初からそのつもりだったもん。」

 本当は大会が近いなんてことも今知ったことだ。大会が近いのに今こんな調子な訳か、本人が一番わかってるだろうけど相当やばいと危機感を募らせる。

 自転車に乗った他の陸上部の人たちが私たちを次々に追い越し、チラチラこっちを見てる人もいれば、全く興味なしの人もいた。

 「次の大会は完走できれば、それでいいや。」

 「完走、、うん。まあそだね。」

 確かに今の状態ならば、今日のように歩かなければ万々歳かとも思う。でも完走できればってシニアの選手みたいにハードル低いこと言って、彼女の私は観客席でどういう風に見てればいいのか分からない。

 「でもなんでこんなことになっちゃったの?」

 「こんなことって?」

 「ずっと元気ないし、体力もなくなっちゃってるじゃん。」

 笠岡の一件からこうなったのは知ってるけど、なんでここまで落ち込むのって私は疑問に思っている。

 「恥ずかしいの。」

 祥哉くんは目にかかった前髪を触りながらそう言う。

 「何が?」

 「志帆も俺がクラスの中心にいたから付き合ってくれたんだよね。」

 「いや別にそんなこともないよ。」

 そりゃクラスの人気者と付き合うに越したことはないけれど、別にそれだけが付き合った理由なわけない。

 「女子もみんな俺のことを軽蔑してるし。」

 「いや軽蔑って、、そんなことさ、、」

 私に対して「殴られてない?大丈夫?」とか真剣な顔して近寄ってくる人とか、裏で祥哉くんのことを「DV君」って蔑称で呼ぶ気色の悪い人らも確かにいるけど、絶対に「みんな」ではない。

 「恥ずかしいよね、クラスの輪から俺だけバーンて飛び去って。」

 「違うよ、祥哉君が前みたく元気にならないからみんなが気を遣って、話かけないだけなんだよ。」

 クラスの立場がどうとか、そんなこと別にどうだっていいじゃないか。少なくとも学級委員の私には愛されているのだから。

 「うん、それも分かってるけどね。」

 「全然分かってないよ。」

 私の指先が彼の手の甲に触れて、土で薄汚れた祥哉くんの手を握る。なんだろうか、こう電車の吊り革みたいな単なる無機質な塊のようだった。

 「ねえね。」

 「なに?」

 「びっくりするもの見せてあげようか?」

 「びっくり?」

 「そう、スクープ写真。」

 私はポケットからスマホを取り出して写真フォルダを開く。祥哉くんは今クラスの中心から吹っ飛ばされてるかもしれないけど、この写真をばら撒けば安部先生は社会から吹っ飛ばされる。

 「これ見て。」

 例の写真を祥哉くんに見せつけた。

 「誰なの?これ。」

 「安部先生が生徒とハグしてる。」

 「いつ?」

 「今日、偶然見ちゃった。」

 祥哉くんは「一旦携帯貸して。」と言うとその写真をズームしたり、凝視した。

 「こんなことする先生に怒られたんなら、何にも気にすることなくない?」

 「そういうことか。」

 「うん。」

 彼は私に携帯を返して僅かに明るくなった顔して歩き出す。なんとなく私の言いたかったことが伝わったのかなと思った。

 「ハグしてる相手は誰なの?」

 「それ私も気になったんだけど、顔まで見れなかったのさ。」

 「ふーん。」

 「惜しいことしたよね。」

 こんな呑気なこと言ってるけど、もしもハグの相手が私の友達だったりしたらまるで話は変わってくる。こうやって人にバラしたことが後々、途轍もない後悔を生むかもしれない。ただ教師と恋愛するような友達を私は知らないし、そんな人とは友達でいたくない。

 「動画だったら、相手の顔も見えてたかもね。」

 「あー、確かに。なんで私写真にしたんだろか。」

 「役立たず、」

 「は?」 

 私は急にぶつけられた言葉に驚く。なんなの、役立たずって。

 「でも嬉しい。」

 「なんなのそれ。」

 ただの笑顔と「嬉しい」って言葉くらいじゃ一つ前の言葉は打ち消せない。

 「ねえ、役立たずってなんなの?相手の顔くらいちゃんと写しとけってこと?」

 「うん、それだったらもっと嬉しかったなって。」

 彼はそう言って私の手を握る、さっきとは違って暖かい彼氏の手だった。私は物凄く複雑な気分になる。祥哉くんが私と別れたくてこんなに上から目線なことを言ってるのか、それとも絶対に別れないという自信があるから言ってるのか。いずれにしろ与えてもらって当たり前というスタンスがどうも気に食わなかった。部活終わるのをずっと待つのも、先生のスクープ写真を見せてあげるのも、全部当たり前って、そんなわけないでしょバカ。

 でも祥哉くんの方から手を握ってくれたのはすごく嬉しかったし、そんな彼がもっと喜ぶようなことをしたいとも思う。「部活やめたい」って連呼しながら結局夏の引退まで続ける運動部の人らみたいな気持ちだった。本当にどの気持ちが正解なのか分からない。

 私たちは手を繋ぎながら校門を出て、大通りの方面へと歩き出す。狭い歩道で私が車道側を歩いてる。でっかいトラックが通って「あぶな」って呟きながら避けても私を歩道側に誘導してはしてくれない。なんだかな、祥哉くんってあんなに人からどう思われるか気にしてるのに、私には気遣いが足りないって度々思う。手を繋いでるから、かろうじで心は離れてかないけど。

 そんなことを考えてた時私は突如「やばい」と思った。それはなぜかって言ったら、私たちの数十メートル先の交差点でギターを背負った人らが信号待ちしていたから。後ろ姿だけでもう誰かわかる。笠岡がいた。

 隣にいるのはあの盗聴女のお友達の相野さん。山田さんよかったね、あなたが盗聴するほど気にかけてるお友達は多分好きな人と付き合ってるよ。二人はそんな距離感、ちょうど私たちと同じくらいの近さで笑いあってる。殴った人が今こんな風になってて、殴られた人が幾らか幸せそうな表情を浮かべてる、不思議なものだ。あんな顔してる笠岡なんて見たことなかった。

 祥哉くんもきっとあの人らの存在に気がついてる。彼が良いのならこのまま歩き続けるけど、多分良くないはずだ。こんなところで笠岡になんて会いたくなんてないでしょう。でも、あの大通りの赤信号はうんざりするほどに長い、だから二人のギターケースは一向にその場から動いていかない。どうするの祥哉くん。もう笠岡のことなんて気にしなくて済むようになったの?と思いながら、見つめた。

 「あれ付き合ってるんかな?」

 やっぱり祥哉くんは立ち止まってそんなことを言う。

 「そうじゃない?あれは完全に。」

 「そうだよね。」

 祥哉くんはあの二人の先の空を眺めるような表情をする。今の感情がちっとも読めない。そもそも私は彼が笠岡を殴った理由すら知らないし。

 「写真撮っとかなくて良いの?」

 「え?なんで?」

 「これもスクープでしょ?十分。」

 なんか下衆い週刊誌記者みたいな言われ方して恥ずかしくなった。さっきの安部先生の写真はただ祥哉くんに見せてあげたいなって思っただけだったのに、それでは他人のプライベートを覗くのが趣味みたいだ。

 「別に撮らないよ。」

 「そうなんだね。」

 「安部先生は悪いことしてるから撮るんだよ。」

 「なるほどね。」

 「悪いことしてる人は晒しちゃうよ。」

 彼はふっと私を見て笑う。その時やっと信号は青になって二人は夕陽が沈む方に歩いて行った。

 「悪いことかぁ。」

 「うん。」

 祥哉くんが歩き出すと同時に私は些細な緊張感を感じてしまう。祥哉くんのことも私は晒すって言ってるようだと思った。全くそんなつもりじゃなかったし彼も多分そんなに気にしていないとは思うけど、祥哉くんはメンタル弱いし、気にしいだから勝手に彼の様子を伺ってしまった。

 「あんなの撮るよりもね、ほらこっち向いて。」

 「ん?」

 私は内カメを開いて私と祥哉くんを画角に収める。彼は崩れた前髪を画面を鏡代わりに直してた。うん、やっぱり顔がかなりかっこいい。

 「はいチーズ。」

 祥哉くんは顎のとこで両手ピースして小顔効果が抜群だ。私より女子っぽいポーズしないでよって思う。さっきあんなに無機質な手をしてた人だとは思えない。安部先生の写真見せるよりも最初からツーショット撮ってればそれでよかったんだ。

 「見せて見せて。」

 「ほら、祥哉くん結構ビジュ良いよ。」

 「まあいつも通りだね、これが。」

 彼はそう言いながらも嬉しそうにニヤついている。まるで小学生みたいだった。

 そして私たちも同じように赤信号に引っかかって数分間立ち止まる。

 「志帆。」

 「ん?なに?」

 私は次の言葉をなんとなく予想しながら、彼を見て首を傾げる。

 「大好き。」

 「ありがと。」

 崩れそうな彼の体をぎゅっと抱きしめて、壊れそうな彼の心をただ見守るように。こういう時間のために私たちは付き合ったんだなって思う。あえて脆い祥哉くんとあえて見捨てられない私だから一緒になってる。

 赤信号が刹那に感じるように、それほどに私は幸せだった。


 次の日学校に行くと祥哉くんはいつもみたいに机に突っ伏して寝たふりをしていなかった。その姿を見ただけでも猛暑の中登校した価値があったとさえ思う。彼は私の感情の三分の一くらいを司っている。だからこのままの調子でいてくれないと私も心配になっちゃう。その点では学級委員って案外向いてる役割かもしれない。

 今月の学級委員の目標は「全員が快適な環境を率先して作る」こと。こんなグチャグチャなクラスじゃただの綺麗事にしか聞こえないけど、匿名の意見箱を教室に設置して、定期的に意見を確認したりもしている。

 朝っぱらからこのクラスはやっぱり静かじゃない。私はクラスメイトの様子を軽く見渡してみる。

 昨日のあの二人は机に一枚の楽譜を広げて、目と目を合わせあってなんか語ってる。昨日の続きみたいな空気感で周りの雑音なんて気にしてないようだ。教室と別に二人だけの空間にいるって錯覚してそう。あんな没入感、逆に羨ましい。

 一方、子離れできてない親みたいに親友の恋愛を気にしてた山田さんは明らかに面白くなさそうな顔をしている。携帯を眺めながらチラチラと二人の方に目をやって、何かを諦めたような表情を浮かべてまた携帯を眺めてる。親友の恋愛を応援してるんじゃなかったはずなのに。私に見つかった時、耳まで真っ赤に染めて「あの二人には付き合ってほしい」って言ってた。本当に付き合っちゃうとは思ってなかったのか、応援したとて感謝されないし、なんの見返りもないって悟ってるようだ。まあその気持ちもわからなくもない。

 「はい、みんなおはようございまーす。」

 ホームルームの時間になって、私たちの担任が汗を拭きながら教室に入ってきた。徐々にクラスは静まり、みんな各々の席へと着席する。

 「今日も暑いんで、水分補給しっかりしてね。てかなんか言う事あったな。」

 先生は天井を見上げて、汗が喉元を伝う。先生が一番見てて暑苦しい。

 「あ、そうだ思い出した。昨夜の九時ごろ、他学年の生徒がコンビニで屯している集団に襲われてカツアゲされたみたいです。」

 「ええー。」

 「そう、なんかちゃんと危険な集団みたいで。警察のパトロールも強化してもらってますが、皆さん本当に気をつけてください。」

 この辺りに本物のヤンキー的なのが生息していることにまずびっくりする。平和な街だってみんながどっかで安心しきっているから変な人種が生まれてしまうのかと思う。呑気は怖い。もしも二人で帰ってる時にカツアゲにあったらちゃんと祥哉くんが私のことを守ってくれることを期待する。

 そんなホームルームが今日もスピーディーに終わったので、私は教室の後ろに設置されてる意見箱の中身をチェックすることにした。立方体の箱を軽くゆすると数枚分の紙がカサカサと音をたてる。中を確認すると今日は三枚の意見が寄せられていた。

 まず一枚目

 「後ろに立てかけられているギターとか、部活の道具とかが邪魔になることがあるので、置き場所をしっかりと管理してほしい」

 なんとも人任せな意見だ。ギターの持ち主なんてあの人らしかいないんだから直接言えばいいのに。なんで一回私を経由させる必要があるんだろう。

 そして二枚目

 「個人的に昼休みに歯磨きをしたいんですけど、歯ブラシを持参してもいいですか?」

 高校生なんだから、こんなしょうもないこと書いてる暇があったらさっさと歯ブラシくらい持ってくればいい。私に聞くなよ、こんなこと。

 二枚のしょうもない意見をポケットにグシャっとして入れ込む。私はスカートのポケットをゴミ箱だと勘違いしてしまう癖がある。

 最後の三枚目

 「僕はあなたが好きです。」

 さっきのとは百八十度テイストの違う一枚に驚いて声を出しそうになった。この言葉が嘘か本当かすらも分からないのに苦しいほどドキドキする。このクラスの誰かに突然告られた。嬉しいといえば嬉しいけれどなんせ匿名だから。これを書いた人はラブレターのつもりで投函したんだろうか。でもこんなの、この世で一番臆病な告白の仕方だと私は思う。それか、もしくは私自身が高嶺の花すぎて、名前を隠さないと好きって言葉すらも言えなかったってことかと妄想する。

 「だっせえの。」

 内心嬉しくっても強がってこんなことを言ってみる。好きって言葉は改めて強烈なものだと感じた。ノーマル無加工から加工を抜群に効かせた時みたいに、一気に自分自身がマシな人間に思える。もしかしたら誰かの悪戯かもしれないけれど。

 ポケットにしまったらそのうち無くしちゃいそうだから、私はお財布の札を入れるところに挟んでおいた。ありがとう誰かさん、私に好きって言ってくれて。

 

 私は今日も汗をかいて、足をぶらんぶらんさせながら硬い花壇に座って彼を待つ。陸上部のマネージャーはもうちょいマシな環境で部員たちを見てんのに、いい待機場所が私には用意されてない。彼女がこんな場所で待ちくたびれてるのは自分のことながら可哀想だ。

 祥哉くんはだいぶ本来の力を取り戻したみたいだ。今日は周回遅れなんかになりそうもない。笑うほどの余裕もありながら、ちゃんと集団の中に混じって汗を流してる。彼は昨日とはまるで別人みたく校庭を飽きもせず走る。

 祥哉くんは今日だってクラスの女子から敬遠されがちな事実は昨日と変わらない。なのにこんなにもメンタルが回復したんなら、それは間違いなく私のおかげだ。昨日の帰り道にした、恋人としての何気ない幸福な時間が彼の心に潤いを与えたんだと思う。私は今日も走る祥哉くんを写真で撮る。別に無理して走らなくたっていい、急がなくたっていいの。ただ彼らしく、走ってくれたらそれでいい。

 そして話は変わって、今日の第二理科室のカーテンは全開になっている。清々しいほどおおっぴろげの理科室は何かを言い訳してるみたいだった。今更純潔を訴えたって無駄だ、私は最低限の証拠を押さえているんだから。ずっとカーテンを閉めていたからか、窓には水垢みたいな汚れが全体に付着している。安部先生は無駄に黒板をクリーナーで何往復も拭いたり、部屋の空気が汚れてるって真夏でも長時間換気するくらい綺麗好きだったはずなのに。やっぱり詰めが甘いってことなんだと思った。

 「あっつ、、」

 と私は一人で口に出す。他の季節から見た夏って美化されすぎだ。恋だのなんだの言っているけど、脳内の八割は「暑い」ってことだけで埋まっている。祥哉くんに私の背後から首元にキンキンに冷えたジュースをピトッて当てるあのドキドキするやつをやってもらいたい。私はそんな妄想にふけながら目を閉じた。運動部の人たちの掛け声とセミの鳴き声がちょうど同じくらいの音量で私の耳に届く。全部がうるさい、夏は。

 「芳野さん。」

 「え?」

 その時、誰かが静かに私の名前を呼んだ。慌てて目を開けると私の顔を見てたのは、盗聴の山田さんだった。

 「何してるの?ここで。」

 「え?あ、えっとね。彼氏待ってる。」

 「暑くないの?」

 「暑いよ?でも部活見ながら待っててって言うもんだからね。」

 山田さんは「大変だねえ」と言いながら校庭の方を見渡してた。私が祥哉くんと付き合ってること知ってるのかな?いや知らないよね。

 「ちょっと隣座ってもいい?」

 「う、うん。別にいいけど。」

 二人だけの時間を過ごすほど仲が良い認識はないけれど拒む理由もないから、隣に山田さんは座る。

 「彼氏さんどれ?」

 「え、あーあの江田祥哉って、今あそこ走ってる人。」

 「あ、そっか江田くんか。」

 昨日みたいな祥哉くんじゃなくて本当によかったと思う。あんなのだったら私はきっと祥哉くんのこと知らんぷりしてたはずだ。

 「かっこいいね、江田くん。」

 「うん、私もそう思う。」

 まああなたの親友の彼氏をぶん殴っちゃったけど。

 「座ってるだけでこんな汗かくのに、江田くんよくあんな走ってられるよね。」

 「いや逆に座ってるだけの方が暑いよ。走ってりゃ風感じるじゃん。」

 「毎日ここで待ってるの?」

 「そうだね、最近はここで。」

 「昨日も?」

 「うん。」

 山田さんは変なタイミングで沈黙し出した。なんか会話のしずらい人だ。

 「待っててって言う割に、部活中は私のこと一切見ないしさ。」

 「うん、うん。」

 「もうちょっとね、感謝してほしいよねぇ、」

 ようやくランニングを終えた祥哉くんを見ながらそう言う。

 「それ、江田くんに直接言ったことある?」

 「もっと感謝してって?」

 「そう。」

 「私は言えない、祥哉くんの前ではもじもじしちゃう。」

 「ふーん。」

 「ふーん」て、、向こうから聞いてきたんだからわざわざ答えたのに。山田さんって多分相野さん以外に友達いないな、なんとなくそんな気がする。

 「あ、そうだ。私、教室の意見箱に意見入れたんだけど見た?」

 「今朝確認したよ。なんてやつ?」

 告白のやつは除外するとして、荷物と歯ブラシのどっちかか。

 「後ろの荷物が邪魔ってやつ。」

 「あ、あれね。置き場所は相談しとくよ、先生と。」

 ああ、あの人任せはあなただったかと思いながら適当に返事をしておく。

 「ギターがね、死ぬほど邪魔。」

 「え?でもあのギター相野さんのやつでしょうよ。」

 「うん。でも今はもう邪魔。」

 やっぱり相野さんが笠岡と付き合ったこと嫉妬してるのか、なら尚更自分で邪魔って言えばいいのに。勝手に嫉妬して、勝手に心が狭くなって。ギターなんてさほど場所も取ってないでしょ。

 「親友じゃないの?相野さんと。」

 「親友ではないよ、最初から。」

 でもあなたには相野さんしか友達がいないんだ。そして盗聴するほど相野さんの恋愛を応援していた。私がそれを目撃した時に時に「親友だもんね。」って言ったら山田さんは「そうだね。」って言っていた気がする。

 「側から見たら親友みたいだけどね。」

 「結局、笠岡くんと付き合っちゃったから向こうも私のこと気にかけてもないよ。」

 「ああ、やっぱり付き合ってたんだ。」

 やっぱり私の予想は間違ってなかった。好きな人と付き合い出すと決まって人は距離感の調整が下手くそになる。あの日の後ろ姿を見てれば誰だってわかるはずだった。

 「あんなでっかいの毎日背負ってアホみたい。」

 「でもさ、放送室であの二人が演奏してた時、山田さんめっちゃ気にかけてたじゃん。二人には付き合ってほしいからって。」

 あまりにこの人の強がりが顕著でうざったく思ったから、あえて意地悪なことを言ってみる。

 「あんなの全部嘘よ~。」

 この人はダサい。素直に悔しいって言えばいいのに。なんで大して仲も良くない私に対して虚勢を張るんだろう。

 「あ、江田くんこっち来るみたいよ。」

 「え、あ本当だ。」

 祥哉くんはアキレス腱を伸ばしながら私に手を振る。私も胸の辺りで控えめに振り返した。隣に座ったまんまのこの人がちゃんと空気を読むのか心配になる。このままだと彼女は途轍もない邪魔者に成り下がる。

 「じゃあ私行くね。」

 「あ、うん。バイバイ。」

 ようやく山田さんが腰を上げたので私は安心する。流石にそこまで鈍感な女ではなかった。彼女はリュックを背負ってスカートに付いた砂の汚れを軽く払った。

 「ねえね芳野さん。」

 でも立ち上がった山田さんは、私を見下ろす構図で何かを伝えようとしていた。

 「どした?」

 「昨日芳野さんが撮った写真、別に拡散してもいいからね。」

 「え?昨日撮ったって、、えっ!?」

 「また明日ね。」

 山田さんはそのまま校門の方へと軽い足取りで歩いていく。昨日撮った写真ってあの安部先生のハグ写真のことだ。嘘だ、あのハグの相手が山田さんだった。というかどうして撮ったことバレているのか。見られてたってこと?それに拡散してもいいってどういうこと?怖い、、怖い。なにどういうことなの本当に、、、心臓バクバク荒ぶって苦しい。やばいやばい。

 私はすぐに写真フォルダにある昨日の写真を見てみる。安部先生が重なって上履きしか見えていないけれど、これが山田さんだったなんて。そして自分のした行動も軽々と見透かされていて、一気に私自身の事が幼稚な存在に思えた。物凄く恥ずかしい。

 これを私が拡散して、みんなに広まった後に山田さんは武勇伝としてそれを語りたいってことか、それとも言葉通り拡散したら私になんらかの罰が降り注ぐってことか。どっちにしろこの写真を持ったまんまだったら、いい結末に転がる気がしない。一大スクープ写真だと思ってたけど、まるでトランプのババみたいだ。できる事ならば他の誰かに託してしまいたい。

 「志帆ー、」

 気がつくと祥哉くんは私のすぐ近くまで歩いてきてた。

 「祥哉くんお疲れ。」

 私は精一杯平常を装って、彼女らしく彼氏を向かい入れる。

 「嬉しい、今日も待ってくれて。」

 祥哉くんはそう言いながら綺麗なハンカチで私の首元の汗を拭ってくれた。サラサラして高級感のあるハンカチはとても心地いい。

 「祥哉くん、なんか元気そうでよかった。」

 「志帆のおかげでだいぶ気持ちが楽になってね。別にクラスの人らにどう思われたって志帆がいればそれでいいやって。」

 「嬉しい。」

 そう、そういう考え方でいいの。たとえ長距離走でビリだったとしても、私が見てくれてるからいいやって、そうやって笑ってくれたらいい。そうじゃなきゃ祥哉くん、またすぐに心が崩れていっちゃう。

 遠くの方から「祥哉イチャつくな~」って他の部員たちが笑いながら言う声が聞こえてきて彼は「また後でね」って小走りで向こうに戻ってしまう。彼の後ろ姿が眩しい夕日を丁度隠してた。あの写真のこと、祥哉くんにだけは話したんだなって思う。どうにか私の代わりにあの写真を丁寧に扱って、私の罪悪感を薄めてほしい。山田さんは私のことを恨んでいるのかもしれないから。そうふと思ってしまった。

 いやだめだ、、祥哉くんは自分のケアで手一杯なんだから、彼にはこれ以上余計なことを持ちかけるべきじゃない。私が自分でなんとかしないと、、、

 

 翌週の日曜日、最高気温三七度の猛暑日に祥哉くんが出場する陸上競技大会は開催された。私は早起きして一時間ちょっと電車に揺られながら、祥哉くんに応援メッセージを送った。最初は「完走できればいい」とハードルを下げに下げまくっていた彼も「最下位じゃなきゃいい」から「真ん中くらいならいい」へと、そして最終的には「表彰台に登れればいい」と笑ってしまうほどに目標が上昇していった。まあでもこんなにも感情がわかりやすいのは心配性な私にとって都合の良いことだ。

 観客席に着いて帽子を深めに被ってもなお、ジリジリと日光の暑さを感じながら私はこれから始まる祥哉くんの競技を待ち侘びてる。周りは親御さんとか、三、四人のグループとかばっかりで一人の私は割と心地悪い。どうしてこう、いつも祥哉くんを待ってる時間は苦痛なものなんだろう。

 私は誰か知っている人がいないか軽く周りを見渡してみる。そうして数十秒キョロキョロと願うように見てたら、知ってる顔と目があった。そこまで仲は良くないけれど目があってしまっては無視するわけにもいかない。まあ一人よりは断然マシだ。

 「隣行ってもいい?」

 「うん、もちろん。芳岡さんも来てたんだね。」

 「暑いねホント。」

 「うん、めっちゃ暑い。」

 私はクラスメイトの山内さんの隣の席に座った。この人の印象、強いて言えば授業で名前を呼ばれる時にたまに「やまのうち」なのに間違って「やまうち」って呼ばれることがあって、でも山内さんは一度も訂正することなく返事をする。それが勝手に無頓着な人だなって思う。

 「山内さんは誰かを応援しに来たの?」

 「いや別にそんなことなくて、趣味なの。」

 「趣味?」

 「同級生の大会とか見にいくのが趣味なの。スポーツに限らずね。」

 「あ、ああそうなんだ。」

 ちょっと変わった人だと思った。

 「芳岡さんは?誰か応援しに来たの?」

 「あ、うん。江田くんを。」

 山内さんはハッとした顔で私のことを見る。

 「そうだ!付き合ってたもんね。」

 「うん、一応彼女として。」

 「江田くんね、、頑張ってほしいよね、、」

 山内さんの言い方は、祥哉くんに単純に良い成績を残してもらいたいって感じじゃなくて、笠岡を殴ってクラス内で落ちぶれていたという彼のバックグラウンドを加味したような言い方だった。

 「山内さんはさ、江田くんのことどう思ってる?」

 だから私はあえてそう聞いてみた。

 「どうって言うのは?」

 「前に色々あったじゃん。そんで江田くんのこと悪く言う人もいたからさ。」

 「私は別に、なんとも思わなかった。本当にどうでも、、いやどうでもって言うと言い方があれだけど、悪い人だと思ったことないよ。」

 山内さんは言い訳をするようにそう言った。まあ確かに、自分の苗字を何度間違われても訂正しないんだから、そもそも他人に大した関心も無いのかもしれない。

 そうこうしているうちに男子二千メートルが始まろうとし、祥哉くんが出てきた。私が控えめに手を振ると山内さんは「もっと振ってあげな。」と言って私の手を勝手に揺らす。祥哉くんは私たちのことを見つけた後、恥ずかしそうに手を振りかえしてくれた。

 今日が始まるまで、たとえ祥哉くんが最下位だったとしても、本人が満足したならそれでいいと思えていた。でも、隣にクラスメイトがいるとなると考え方は変わってきてしまう。最下位じゃ流石に恥ずかしい。これは完全に私のエゴだけど、やっぱり仕方ないことだ。

 「祥哉くん期待しちゃうね、前も陸上の大会で表彰されてたし。」

 「うん、でもなんか本調子じゃ無いとかなんとか言ってた気がする。」

 私は勝手にハードルを下げてしまった。ごめん、祥哉くんはこれから頑張るのに私がこんな弱気になっちゃって。

 「ああ、そうなんだ。でも大丈夫しょ。」

 大丈夫、だとは思うんだけどね、きっと。

 スタートの合図が響いて、十数人の選手が一斉に走り出す。その中で蛍光色の靴で走る祥哉くんを見逃さないように目で追った。さっきまで私に手を振ってくれた彼は走り出すと一気に別人みたいに様変わりする。

 「二千メートルでしょ?よくあんなペースでずっと走れるよね。」

 山内さんは凍ったアクエリアスのペットボトルを首筋に当てながらそう言う。

 「本当に、、楽しさが分からないよね。」

 私は楕円形のコースを飽きもせずに走り続ける選手たちを見て不思議に思った。

 三分が経過した時点で祥哉くんは中間くらいの順位でステイしている。数週間前まで二千メートルを完走すら出来てなかったんだから、全然良いはずだ。って一人きりなら思えてた。でも隣で座るクラスメイトが「あれ?こんなもん?」って感じの顔をしてるんだもん。私だって思いたくはないよ?祥哉くんの頑張りを見て感動したいけれど、これじゃあ物足りんなく思ってしまう。

 「抜け、抜け、」

 時間が経ってゴールが近づくほどそう呟く声が大きくなっていく。そしてそれに応じるように祥哉くんもスピードアップする。そうそう、その調子、私今ものすごい誇らしいよ。

 「おおー、江田くんごぼう抜きじゃん。やば。」

 これでもかってくらいのラストパートを見せる。観客もその姿に軽く沸いてしまうほどだった。今祥哉くんはどんな気持ちで走っているのか分からないけれど、心の中心付近に私がいるなら嬉しい。

 「いけいけ!」

 私は中腰になってレースの行方を夢中になって追った。

 「まくれまくれ!」

 本当に私の声が彼に届いて力になっているような気がした。こんなに素敵な気分になれるなら長距離走も良いもんじゃんって盛大に掌返しをかます。

 「抜かせぇ!!」

 山内さんが祥哉くんじゃなくて私の方を見るくらい、そして私自身も驚いて恥ずかしくなるほどに私の声は響いてしまった。だから声を出したのは私じゃありませんよ感を出しながらそそくさと着席する。

 「あ、江田くん!二位だ!二位!」

 「二位?ん?お、おおすごい。」

 祥哉くんは惜しくも二位だった。彼は疲れの中に達成感が上手く混ざったような顔をしている。

 「芳岡さんさ、競馬観戦してる人みたいで笑っちゃったよ。抜かせって。」

 「ああ、ついつい気持ちがあがっちゃった。」

 確かに言われてみれば、私は今競馬場にいるみたいな気分だ。私の青春を背負った祥哉くんが誰よりも早くゴールするように応援している。そしてそれは確実に私の自己満足の興行だ。私が走ったわけじゃない、私が二位になったわけでも無いのに、達成感がすごい。

 祥哉くんはまた私たちの方を見て手を振ってくれる。今度は両手で振りかえしてあげた。二位だよ、すごいよ。さっきは物足りないって思っちゃってごめんなさい。かっこよかった、惚れ直した。

 「良いねえ、江田くんが彼氏って。」

 山内さんはそうやって羨ましがってくれた。

 「えー、ありがとう。」

 祥哉くん、完全復活。

 大会が終わった後、私はすぐにでも祥哉くんに会って感想を伝えたかったんだけど、彼は大会中に小学校時代の友達と偶然再会してその人と夜ご飯を食べに行っちゃったので、溢れそうなこの気持ちを伝えられなかった。なので結局大会が終わって最寄駅までも山内さんと一緒に帰った。今日ずっと一緒に居て、私の中で山内さんに対する「悪い人じゃない」と言う確固たる印象が付け加えられた。私は食わず嫌いをしすぎだと、ちょびっと後悔するほどに山内さんは私の話を温かく聞いてくれた。

 前に彼は言ってた、「志帆も俺がクラスの中心にいたから付き合ってくれたんだよね」って。その時私はそんなクラス内の立ち位置如きで付き合うわけないと彼の言葉を否定したけれど、今では彼の言う通りだったかもしれないと思う。でもそれは決して悪い意味じゃなくて、彼は中心が似合うってだけのこと。クラスの隅っこよりも中心、そして二位よりも一位の方が断然彼らしい。みんなの中心に立って、人一倍注目を浴びても誰も文句を言えない、そんな彼の人間性が好きで付き合ったんだ。

 次の日、私の心は幾らか清々しかった。祥哉くんの大会の結果に感化されて、毎朝のちっぽけな憂鬱なんかも感じなくて済んだ。学級委員のくせにクラスメイトに人見知りしないようにしようって今更、夏になって決心する。

 私は学校に着いてまず意見箱を確認した。けど今日は箱を揺すっても何も音がしない。昨日を超える意見なんてもう二度と投函されないんだろうな。でもきっと私は毎日、うっすらと期待してしまうだろう。

 財布に挟んでおいた例の意見、いやラブレターを見てみる。シャーペンの細々とした線で書かれた言葉をどのように扱って解釈したら良いのか分からない。あのスクープ写真もそうだ、扱いずらいそれらの物体は私の心から離れてはくれない。だから何とかしなきゃって漠然とそう思った。

 今日は三時間目に水泳の授業が控えている。窓の外の空を眺めると真っ白な雲が隅々まで広がっていた。こんなもん、絶対に寒いに決まっている。猛暑日に挟まれた束の間の休息日のように涼しい今日に限って、私たちは冷たい水の中へと飛び込まされるんだ。これほどまでに気分が下がることはそうそう無いだろう。

 だから私は最初から今日の水泳を見学するつもりで登校してきた。まだ今シーズンの欠席は一回だけだし、それっぽい理由をつけておけば先生も男性だし、むやみやたらに疑うこともない。周りの女子はみんなそう。あと何回休めるかなって自分の中で考えて、ここぞって時に見学券を利用する。まあ正真正銘プールに入っちゃダメな日もけど。その点、水着を忘れた時くらいしか見学をしない男子たちは偉いとも思うし、プールサイドで唇を青く染めながらちっちゃく体育座りしてる時とか可愛くも見えちゃう。

プールサイド脇の見学者用のベンチには案の定、女子が五、六人既に座っていて「今日は休むしかないっしょ。」とか言いながら楽しそうにしている。よく見ると奥の方に男子も座ってる、多分楠木くんだ。毎回見学しているから今日もきっとそう。

 いややっぱり違う。今日楠木くんはそもそも学校を休んでるんだった。そこに座ってたのは、笠岡だった。

 私はそこしか空いてなかったから女子の見学者の端っこ、笠岡の隣に座った。この人が見学してるのは珍しい、多分今日が初めてだ。クラスのみんながバディやら何やらやってる最中も、この人のことが気になって仕方ない。ああ、隣に座るんじゃなかった。この人は私が祥哉くんと付き合ってることを知ってるかは分からないけれど、少なくとも私は物凄く気まずい。

 それから時間が経つにつれて、分厚い雲の隙間から徐々に太陽の光が届くようになり、水面はキラキラと輝くようになった。こんなに気まずくなるんなら大人しく入っておけば良かったと今更になって後悔する。仕方ないから祥哉くんの泳ぐ姿でも目で追っておくかと思ってたら、私の足元に冷たい水が勢いよく流れ込んできた。

 「びっくりしたっ。」

 と私は呟く。どうやら体育教師がプールサイドに打ち水したのがこっちまで流れてきたみたいだ。少し焦った。

 その時笠岡が私のことを見ながら微笑んだ。あ、この人彼女以外に対しても笑うんだって思った。だから私も微かに口角をあげ返す。でもなんて話しかけたら良いのか全く分からない。悪い人なのか、良い人なのか、被害者なのか、加害者なのか、私は謝るべきなのか、それとも謝られるべきなのか、何一つ分からない。私はまごまごしながら、笠岡を視界から見えなくした。このままだったら笠岡のことも私はずっと分からないまんまなんだろうと思いながらも、そんな扱いずらい存在をまた後回しにした。

 汗ばむ程に上昇する気温を肌で感じて、私は水泳を休んだ選択が完全に間違っていたことを確信した。笠岡もきっと同じ、プール入っときゃ良かったみたいな顔をしている。気まずいのはお互い様だ。

 「ねえ。」

 その時、笠岡が泳ぐクラスメイトの方を見たまんま私に話しかけてきた気がした。

 「私?」

 私のことを見てはいなかったから、一度確認しておく。

 「うん。」

 「どうしたの?」

 やっぱり私だったんだと分かって、緊張して身構えた。こうして話すのはおそらく今が初めてだ。

 「人のライブって行ったことある?音楽のライブ。」

 「いや、無いな。」

 私はバンドやらアイドルやらに無関心だから、行こうとすら思ったことない。

 「ないのか、そっか。」

 「うん。」

 「じゃあなんでもない。」

 そう言うと笠岡は足を組んで、もう用無しだみたいな表情をする。

 「行ったことあったらどうしてたの?」

 「まああったら、誘いたいものがあった。」

 「ふーん、私をか。」

 「そう。」

 これ、笠岡は私が祥哉くんと付き合っていることを知らないんだと思う。知っていたらこうして誘おうとすら考えないはずだ。てか笠岡って彼女いるでしょ。なんで私?私をどこに誘い出そうとしてたんだろう?やっぱ分からない。この人の考えていることはさっぱり分からない。

 「そうだね、私音楽無知すぎるから別の人誘ったほうがいいよ。」

 「確かに。芳岡さんはなんか音楽聞かなくても生きてけそうだもんね。」

 笠岡は半笑いでそう言ってきた。

 「何それどういう意味?」

 「ううん、別になんでもない。」

 私も笠岡殴りたいって思った。こうして匿名みたく本当の自分を隠して人を不安な気持ちにさせる人は大っ嫌い。音楽聞かない私は浅はかだ、みたいな事言ってうざい。世の中に名曲を沢山生み出したわけでもないのに偉そうな事言ってんなよと思う。ちゃんと会話して、ああこの人っていい人だったんだって気づくことはある、前の山内さんみたいに。でもその逆だってある、笠岡なんかと話さなきゃよかったって思うほどに私は腹が立った。

 「彼女を誘えばいいじゃん。音楽必要ない私じゃなくて。」

 「ん?」

 笠岡はなぜかとぼけたような顔をする。機嫌よく朝、ギターケースを背負って登校してくる彼女がいるんだから私なんかに干渉してないで二人で適当に楽しんでりゃいい。

 「いいよ別に何でもない。」

 この人と話してるとストレスが溜まるもんで、私は面倒臭くなって会話を切り上げた。そしてこの気怠い気持ちを忘れるためにプールサイドで体の水分を拭き取る祥哉くんをひたすら眺めてた。

 

 今日は部活が休みだった祥哉くんと、まだ太陽が高い位置にある時間に下校した。今日プールサイドのベンチで笠岡と会話して祥哉くんとおんなじ感情を抱いたことを伝えようかと思った。でもそんなことよりも昨日の大会の感想を伝えるほうが先だと気づいた。祥哉くん完全復活おめでとう!なのにいきなり笠岡の話題を持ちかけるなんてデリカシーの無い話だ。笠岡のことは私の中で留めておこう。あの人に対する印象が得体の知れない人間から単なる嫌いな人間へと、マシな方向へ変化したのだからそれでいい。

 「昨日の祥哉くん今までで一番カッコよかった。」

 「一番?本当に?」

 「うん。ダントツ。」

 「それならよかった。」

 私は確かに、心からそうやって口にすることができた。それがすごく嬉しくもあった。

 「ねえね。」

 「なに?」

 祥哉くんが私に呼びかけると同時に、彼の指先が私のに触れた。

 「そういえば今日、プールの時に笠岡と話してなかった?」

 「え、うん。まあ。」

 結局、祥哉くんの中に笠岡が無くなったわけじゃ無いんだと少しガッカリした。薄まってはいるけれど完全に濾過されたわけじゃない。

 「何の話してたの?」

 「いやなんか、笠岡くんが私を遊びに誘ってたのかな?よくわかんないけど。」

 「なんで笠岡が志帆を。」

 「まあいいよ。笠岡くんの話はしなくたって。」

 「うん、ごめん。」

 「ううん。私も笠岡くんのこと嫌いだから。」

 祥哉くんは私が好き。私は祥哉くんが好き。そして私も祥哉くんも笠岡が嫌い。

 「だから笠岡くんの話は禁止ね。二人でいるときは。」

 「志帆がそうしたいなら、分かった。もう話さない。」

 笠岡という存在が私たちの些細な幸福感をぶち壊してしまう予感がして、だからそんな約束を交わした。

 制服の祥哉くんと帰れるのは私のなかで少しの楽しみだった。パリッとしたワイシャツが私の肌に触れるたびに微風が吹いたような心地よさを感じることができる。眩しいほどの白はすごく夏らしく思えた。最近は部活ばっかりだったからこうして制服姿の祥哉くんが隣にいるのは随分と久しぶりな気がする。

 「祥哉くん、今度またどっかに遊びに行こうよ。」

 「いいね。行きたい。」

 「どこに行く?」

 「俺はどこでもいいよ。志帆が決めたところなら。」

 「そっか、うん、分かった。考えとくね。」

 また私が二人でどこにいくのか決めるのか。汗をかきながら花壇で待つのは私。早起きして大会を見にいくのも私。デートの場所を決めるのも私。彼のことを心配して、疲れるのも私。全部私のほうだ。でもそれは今に始まったことじゃなくて、前からそうだったはず。私はそれを納得して付き合ったんだと思う。だけど、祥哉くんが大会で二位になって、完全復活してもそれはちっとも変わらないんだというのが複雑で難解な思いだ。

 もし私が遅れた時に彼が汗をかきながら待っててくれたら、もし狭い歩道でずっと車道側を歩いてくれたら、もし不良グループのカツアゲを阻止してくれたら。そんな祥哉くんの姿を見れたら私は純度百パーセントの好きって気持ちをずっと抱えていられるのに。

 でも彼はきっとこの内の一つも見せてくれない。私の帰りが遅くなったら彼はきっと一人で帰っちゃうし、車道側とか気にせずに歩いちゃうし、誰かがカツアゲされてたら見てみぬふりをしちゃうでしょう。そんな物足りなさを感じているのに、私は彼という存在があまりにも好きでずっとくっついていたいと思う。だから余計に複雑で困っちゃう。

 「雨?」

 彼は空を見上げてそう言った。確かにものの数十分で青空は分厚い雲で覆われて妙に冷たい風が吹くようになっていた。私も一緒に見上げると頬の辺りに大きな雨粒を感じた。ひどく鈍感な私でもこのままじゃびしょ濡れになるってことが分かった。

 「祥哉くん、ほら入って。」

 「え、ありがとう。」

 私はリュックの脇にしまっておいた折り畳み傘を取り出した。今朝学校に行く前お母さんがギリギリで突っ込んでくれたんだった。

 「助かったぁ、、こんなに降るとは。」

 「ちっちゃいけど持ってきてよかった。」

 あっという間に豪雨となり蝉の鳴き声はどっかに消えてアスファルトに大粒の雨が滴る音ばかり聞こえてくる。そして傘地を伝って滝みたく露先から滴り落ちる。

 「濡れてない?大丈夫?」

 「うん、何とか。」

 「じゃあよかった。」

 彼の頭を覆うために傘を持つ私の左腕はピンと張っている。これを維持するのが中々しんどい。彼は多分ちっとも濡れていない。でも車道側を歩く私の右肩はもう既にワイシャツが透けるほどびしょ濡れだ。祥哉くん、このことを気づいていないの?私はすっごい濡れてる。私の傘なのに。濡れるのも結局私。こんなの不恰好で、ちっとも理想的な恋人達の後ろ姿じゃない。相変わらず前ばかり見てる祥哉くんの横顔を見てそう思った。

 その時私たちの後方から傘も刺さない小学生が一斉に走り出していた、何がそんなに楽しいのかわからないけど甲高い笑い声を飛ばしながら。

 私も走りたかった。傘なんてどっかやって子供みたく走りたかった。こうやって私だけが濡れるんだったら最初から傘なんて持ってこなければよかった。そして二人で走りながら濡れた方が何倍も気持ちよかったはずだ。

 「ねえね。」

 私は祥哉くんの横顔に話しかける。

 「どうした?」

 「私のこと本当に好き?」

 私もこんなこと聞きたくなかった。でも靴下の中に雨水が染み込むのとちょうど同じくらいの湿った気持ちが私の中にあったから聞いてしまった。

 「大好きだよ。そんなの。」

 じゃあそれなら、もっと私のことを気遣って。私のために時間を無駄にしてよ。そうやって言いたかった。でも口に出してしまったら祥哉くんを信用しきれない気持ちが紛れもないものになって具体化してしまいそうだったから言えなかった。

 「なら嬉しいけどさ。」

 ああ、嬉しくない。彼のパリパリなワイシャツが首筋に当たる。彼は多分、物凄く呑気なんだ。悪気なんて一つもないんだと思う。私の左肩は攣りそう、右肩はびしょびしょ。なのに彼のそばに居れて胸はドキドキしている。小さすぎて相合傘に適さないこの折り畳み傘なんて風に飛ばされたらいいのに。

 こんな気持ちを私はどのように扱ったらいいんだろうか。帰宅して濡れた肌をタオルで拭き取りながら、スマホに何十枚も保存している祥哉くんの写真をスクロールしていった。彼のスマホに私の写真は何枚くらいあるんだろうか。たまにそれを見て愛おしく思ってくれたりしているんだろうか。今の私は祥哉くんに「好き」って言われるより「ありがとう」って言われる方が心に沁み入ると思っている。

 その時、例のハグ写真も目に入ってきて、ババ抜きのゲーム中でババを引いてしまっていることを思い出した。最近祥哉くんの復活に気を取られてすっかり忘れていた。こっちを先に何とかしないとダメなんだった。山田さん、もしかしたら私に怒ってるのかもしれないから。

 

 次の日は朝から一日中曇り空で、私も同じような気持ちを抱きながら、放課後に山田さんの時間をもらった。まるで告白する時みたく山田さんの制服の裾をピッて軽く引っ張って「少し話したいことがある」を言うとすんなりと了承してくれた。

 今日は気温も低いし、どうせ祥哉くんの部活を待つことになるからいつもの花壇のところへ山田さんを連れて行く。私の盗撮現場だ。理科室のカーテンは今日も全開で室内には誰もいない。

 「じゃあちょっと座って。」

 「うん。」

 私がそう促すと山田さんはリュックを前に抱えて座った。私は少しだけ距離を空けて隣に座ったけども、緊張から唇は軽く震えて上手に話せる予感がちっともしない。ああどうしよう。せめて私のことを怒ってないでほしい。

 「話はね、、」

 「うん。」

 「この前の、えっと、、私があのさ、、」

 言葉は私の口から足元へとポトポトとただ落ちていく。私は不器用。下手くそ。超ビビり。

 「私が先生とハグしたことでしょ?」

 山田さんは私の何十倍もすんなりとそう言う。何をそんなに躊躇っているんだと言わんばかりだ。

 「うん、、でそれを私が携帯で撮っちゃったやつ。」

 「どうしたの?それが。」

 この人は今、どんな心境でこんなにも強く言葉を発しているんだろう。教師と抱き合って、それをクラスメイトに盗撮されたのに。私と山田さんの話し方が逆だったとしても全く違和感なんてない。

 「ごめん、それでね。」

 「うん。」

 「その写真を今すぐ消す。山田さんの前で。」

 私にできる罪滅ぼしはこれしかない。これで許してくれなかったらもうどうにもできない。

 「別に消さなくたっていいよ。」

 山田さんはリュックを抱えたまんま足をぶらんとさせてそう言った。

 「え、いや良くないよ。消すよ。」

 「拡散してよかったのに。」

 「そんなん、するわけないじゃん。」

 みんなにバラしたら大ニュースになると思いはしたけど、流石に実行する気はさらさらなかった。祥哉くんにだけは見せてそれで終わらせるつもりだった。

 「拡散しないなら、どうして撮ったの?」

 「いや、あまりにびっくりしたからつい衝動的に。」

 「そんな独り占めしてたら勿体無いじゃん。」

 まるで他人事のように、山田さんは笑っている。そして私の肩に手を置こうとしたけど、私はそれを避けてしまった。心がちっとも読めないクラスメイトの手が体に触れることに拒絶反応を示したからだ。

 「いや消すよ。これ以上この写真を持ったまんまは嫌だ。」

 「消さないでいいよ。」

 「どうして。」

 「もし芳岡さんが罪悪感とかを感じてるなら、ちょっとお願いしたいことがある。」

 「何?」

 花壇のコンクリートはいつもに増して冷たく、不快だ。そして山田さんはクラスメイトなのに私の共感性が一ミリも作用せず、ただ怖いだけ。

 「その写真を紗夜にだけそのまま送ってほしい。」

 「相野さん?」

 「そう。」

 なぜそんな事をしなくてはいけないのか、それは分からないけれどこれで何もなかったことになるのなら従うしかない。

 「うん。分かった。」

 「ありがとう。」

 山田さんはこれから起こることを想像するように笑った。私も苦し紛れに口角を上げた。取り敢えずババが他の人の手札に渡ることになりそうなのが良かった。

 「相野さんには絶対送るから、ちょっとだけ聞いてもいい?」

 「ん?何を?」

 少しだけ肩の力が抜けた私は山田さんの行動の意図を聞こうと思った。

 「まず、私のこと怒ってる?」

 「ううん、全く怒ってない。」

 「そっか。」

 これが山田さんの正直な感情なのかは分からないけれど、私の呼吸やら鼓動やらは随分とおとなしくなった。

 「私が写真を撮ったって、山田さんは何で分かったの?」

 「安部先生があの時急に私に覆いかぶさったから、どうしたんですか?って聞いたら誰かが写真撮ってるって。多分私が撮られるのを隠したんだと思う。」

 そして毎日理科室前の花壇に座っている私が盗撮犯だと思ったわけか。

 「じゃああれはハグじゃなかったんだ。」

 「うん、まあね。でもその後するつもりだったから実質ハグみたいなもん。」

 「どっちにしろ、本当にごめんなさい。」

 「全然いいのに、それは。」

 山田さんは多分すごく優しい。仮にそうではなくても自分の感情をありのままに露呈させない人だ。でもそれが嫌なんだ。笠岡と同じでコアには指一つ触れることすらできないような厳重な心の壁が存在している。

 「ごめん、でも最後にもう一つ聞いていい?」

 「うん、なに?」

 「どうして相野さんに写真を送る必要があるの?」

 私がそう聞くと、山田さんは抱えたリュックからヘアゴム的な何かを取り出して右手首につけた。

 「何それ?」

 「ペアバングル。ブレスレット的なやつ。」

 「ああね。」

 そして山田さんはペアバングルをつけた右手で私の携帯を触り、例の写真を拡大した。

 「このペアバングル、紗夜に貰ったの。んでこの写真の時もつけてるでしょ。」

 「ああ、本当だ。」

 安部先生の体からはみ出た山田さんの右手首にはペアバングルが光っていた。

 「紗夜はこの写真を見たら私だってわかるはずなの。それを分かった上で晒すのかなって。」

 「晒さないでしょ、そんなの。山田さんだって分かってたら。」

 「でも、この写真を晒して安部先生に処分がいく事になったら、紗夜の彼氏は喜ぶんだってさ。」

 相野さんの彼氏って、、笠岡か。安部先生が居なくなったら何で笠岡が喜ぶんだろう。二人には大した接点もなさそうだし。

 「親友を選んで写真を晒さないか、恋人を選んで晒すか。どっちなのかなって思うの。でも多分私のことをギリギリ選んでくれると思う、紗夜だったら。」

 「そんなの分かんないけどさ。」

 なんてリスキーなことをしようとしているんだ。もし晒されたら山田さんにだって何らかの悪影響があるだろうし、笑みが溢れているけど私には何が面白いのか全く分からない。

 「どうしてそんなことするの?」

 「ギャンブルみたいで面白いじゃん。」

 ああ、この人怖い。自分の身を削って高校生活を賭けたギャンブルをしようと企んでいる。

 「面白くないよ、、」

 私はそう呟く。山田さんが単なる生粋のギャンブラーで賭け事としてこの行為を楽しんでいるのか、それとも親友への嫉妬とか苛立ちが煮詰まった結果、こんな不可思議な行為を行うに至ったのか。私にはその後者のように思えてしまう。マイナスな感情をどこに持って行けばいいのか、そんな遣所を探す道中で山田さんは血迷ってしまったんだ。きっとそうだ。

 私は何とかハグ写真を処理するという目標を達成することができた。でも物凄く後味が悪い。厄介なギャンブルに巻き込まれる事になったし、そもそも相野さんの連絡先なんて知らないからどのようにして写真を送ればいいのかも分からない。そしてこのギャンブルの後、安部先生とか山田さんに何かしらの悪影響があったとして、私はそれに対して新たな罪悪感を抱いてしまうかもしれない。そしたら山田さんは私に「そんな罪悪感抱く必要ない」っておそらく言ってくれるんだろう。でも山田さんに存在する心の壁のせいで私はその言葉を安心材料として利用することができないんだと思う。

 そうやって色々とぐるぐる考え込んでいたら、今日の夜も眠れなくなってしまうそうだ。だからもう、考えるのをやめにする。これが最後の謝罪だ。

 「山田さん、本当にごめんなさい。」

 真っ暗な自分の部屋で自分の声が頭の中で反響して、しばらく鳴り止んではくれなかった。

 

 私が決めたデートの行き先は室内遊園地だった。それも単なる室内遊園地じゃなくて夜通し、朝までやってる所。夜中にはヤンキーが屯するなんて悪評もちらほら立っているけれど、高校生の私たちが遊べるのはせいぜい夜の十一時ぐらいまでだからそこまで心配もいらないだろう。私が場所を決めて、私が電車の乗り換え案内表をスクショして送って、私が集合時間を決めて、私の返信で祥哉くんとのラインは終了する。彼の返信は「うん。」とか「いいよ。」とか淡白に満たない無味のようなもので、当然心は満たされない。でもそんなことでいちいち憂えていたら本当に好きという感情が薄れて、消えて無くなってしまいそうだったので気にしない事にした。「でもそれって、もはや祥哉くんの見た目が好きなだけで付き合ってるんだよね?」と私の中で余計な声が聞こえてくる。いや違う、私が世話焼きなだけ。祥哉くんだって内心では私の事が大好きなんだと必死で思い込んだ。

 私たちが電車を乗り継いでそこに到着したのは夕方の六時頃で、既に駐車場は満車状態に近く、室内から若々しい声も漏れ出していた。蛍光塗料が塗りたくられて光る外装を見ていると祥哉くんは段々と早歩きになっていった。やっぱりこういう場所が好きなんだ。

 六時十分頃、室内遊園地の入り口付近には六面のバスケットコートがあり、そのうち一面だけが空いている事に祥哉くんは気が付く。そして目を輝かせながら「バスケやろうよ。」と私を誘う。でも私は「私スポーツの中で一番バスケ苦手だからなぁ。」とやんわり嫌だ感を出す。そしたら彼は「じゃあ俺の三ポイントシュート見てて」と言った。私は渋々了承し、二人でコートに入る。私は少しだけ嫌な予感を抱きつつ、彼の入らない三ポイントシュートをみる。まさかね、、これがずっと続くわけじゃ、、いやそのまさかだった。祥哉くんのシュート練習を私はゴールのポールに持たれながらただひたすらに見ていた。

 六時四十分頃、室内に入り、屋内地図を見たのち、まず大量のクレーンゲームが並ぶ眩しいエリアに祥哉くんは目を奪われる。子供が水族館の魚を鑑賞するように一つ一つクレーンゲームの景品を見ながら奥へと進んでいく。私はただ彼の背中について行った。そしてその背中に思わずぶつかりそうになるくらい彼は急に立ち止まり「コレ!」とガラスの先を指差した。「コレ欲しいー、やろう。」と言い、彼が心躍らせていたのはアニメのフィギュアだった。箱の先端に引っ掛けるための穴が取り付けられている。私は「これあんまり知らないなぁ」と興奮する彼の隣で言っては見たものの聞いておらず既に五百円玉を投入口に入れていた。仮にプレゼントされても嬉しくない巨大なフィギュアとの格闘を始める祥哉くん、なぜだか二回目でそれをゲットしてた。

 七時頃、祥哉くんは二台のパンチングマシンを見たけど華麗にスルーをする。

 七時十分頃、彼が「ダーツしたい」と言ったので私が受付を済ませて私が係員からダーツの矢とかルール説明の紙とか諸々を受け取って二人でダーツライブの所に行く。自宅にはお父さんが購入した本格的なダーツセットがあったので私は子供の頃から星の数ほど投げ込んできた。だから私は一ゲーム目から無双する。祥哉くんははっきり言って下手っぴだった。変なリズムでダーツを放り、山なりの高弾道でそのままダーツボードの上部にギリギリ突き刺さる。彼なりに修正しようとしても笑っちゃうほど同じような場所に突き刺さり続けた。一方私の矢が中心に突き刺されば刺さるほど彼の興味はダーツライブから離れてゆく。彼は別に私との実力差を恥じているわけではないと思う。ただ単純に集中力がないんだ。私はいつ彼が「別のことしよう」って言い出すか気になって仕方なかった。そんなことを頭の隅で気にしながらも、私の矢はダーツボードの中心に刺さり続けた。でも祥哉くんの矢は数回、ボードの枠外の単なる壁に当たって地面に落下した。彼は不器用。すごく不器用。すっごくすっごく不器用だ。

 八時頃、私の中で祥哉くんのことを好きでいられなくなる予感がし始めた。今日のデートでの行動が気に入らなかったからとか、そんな自分勝手な理由ではなくもっと包括的なものだ。まず一番に思い浮かぶのは、私自身に対する嘘を突き通す事に疲れてしまったということ。そもそも私は人に世話焼きなタイプではなかったと思う。むしろ人のために時間を尽くすくらいなら、自分の為の時間にしたほうが数段利益が生まれると思うタイプだ。でもそれを認めてしまうと祥哉くんと私は極めて相性の悪い関係になってしまう。祥哉くんは人に支えられないと生きていけない。というより強引に寄りかかってくる。私が世話焼きだと思い込めば彼の寄りかかる体重なんて大したものではないと錯覚することもできた。でも実際には重くて嫌だったはずだ。

 笠岡とのいざこざがあって祥哉くんは一度気を病んだ。それはまるで病人のようだった。だから私は毎日看病して、自分が彼から気の病をうつされるリスクを背負いながら寄り添ったつもりだ。その時はそれでもよかった。でも祥哉くんは完治してもなお、いまだに病人のようなつもりで生きている。デートの場所を決めてもらって当たり前、ダーツの矢とかも持ってきてもらって当たり前。結局彼はありがとうなんて言わずに時折私の身体を好き勝手触るだけ。だから私はもうしんどくなった。私は最初から他人に大して興味なんてない、だって祥哉くんがクラスメイトを殴ったと聞いた時も別にそこまでの感情も湧かなかったんだから。

 八時十分、結局ダーツの時間も予定より巻きで終了して、私たちは自販機で同じ缶ジュースを買ってベンチに座る。七時よりも八時、そして夜が更けるにつれて活気を増すであろうこの空間はとても新鮮なものだった。彼は汗ばみながら私の二倍くらいのスピードでジュースを飲み干す。だから私も少し頑張ってできるだけ早く飲み干そうとする。今となってはそれも嫌で、余計に炭酸でお腹が苦しくなる。

 「楽しいねえ、ほんと。」

 祥哉くんはしつこい位のネオン管の光をあちこち見ながら、確認するような口調で私に言う。

 「うん、楽しいね。」

 これは嘘が濃いめの発言。つまらないとは言わないけれど、煌々とした空間に私のマイナスな気持ちが混ざり合って、結果居心地があんまり良くない。でもそれを正直に言うことはできない。

 「ちょっとトイレ行ってくるね。あ、ついでに。」

 祥哉くんは立ち上がってベンチの肘掛けに置いてた自分の空き缶と、私のもゴミ箱に捨てに行ってくれようとした。

 「あ、私まだ、、」

 私はまだ飲み切ってなくて、少しだけ中身が入っているはず。でも彼はそれに気づかずに持って行ってしまった。私のためを思ってそうしてくれたはずだ。しかし彼の鈍感さとか不器用さが妨げとなって、今みたいに上手くいかないことが多々ある。だから私は祥哉くんに直してほしい所を伝えることができない。だってわざとじゃないから。ただ不器用で鈍感なだけだから。むしろ私は一人で泣きそうな気分になってしまう。

 私が祥哉くんに言いたいことを言えない他の理由として、彼が人を殴った事実があるから私が無意識に彼を怖がっているんじゃないかと思うこともあった。でもそれは違うと信じている。だってもしそうだったら、笠岡を殴ったあの日から既に、いずれ私たちの関係は破綻してしまう運命が決まっていたという事になってしまうから。

 八時三十分頃、くるぶしが出るくらいのスニーカーソックスを履いていた私は右の踵に靴擦れを引き起こした。歩けば歩くほど増す痛みに運の悪さを痛感した。祥哉くんにもそれを伝えると、その時は「大丈夫?」って心配してくれたけどゴーカートに興味を引かれると乗り場まで歩くスピードを落としてくれることもなくなり、痛さから顔を顰める私のことも無意識に見えなくなっていった。そして乗り場に着いた時あまりの痛さに我慢ができず

 「ちょっと歩くスピードを抑えてよ。」

 と言った。すると彼は

 「あ、そうだったごめん、、」

 と思い出すように私の右足を見ながら謝った。

 「もう少しだけ、私のことを見て。気にしてよ。」

 そんな気持ちを彼に伝えたのは、間違いなく初めてだった。まさか靴擦れの痛みなんかが正直な気持ちを頑固な口から引っ張り出してくれるなんて思いもしなかった。けれど、ついに言ってしまった感も否めない。

 「ごめん、俺志帆のこと全然見えてないよね。」

 「うん、まあちょっとだけ。」

 「ねえ本当にごめん。」

 「いやそんな別に良いよ、ゴーカート乗るんでしょ?」

 祥哉くんの顔は俯いたまま、私を見ていない。まさかこんなにも落ち込んでしまうとは思わなかった。やっぱり祥哉くんのメンタルは弱かった。

 「こんなんだから、笠岡も。」

 「笠岡くんの話しないって約束したじゃん。」

 とうとう祥哉くんは笠岡というワードを口にした。もう話さないって言ったのに。第一、私のことを見てほしいってだけで笠岡なんて今は一ミリも関係ない。彼が気の病をぶり返してしまうのは何よりも避けなくてはいけない。

 「もうやっぱりどうでもいいよ。あ、二人です。」

 私は会話を終わらせて受付の人に人数を伝えた。彼に正直なことを言ったらこんな風にメンタルのかけらがポロっと崩れ落ち、その後いとも簡単に崩落してしまう。そしたらまた私が修繕しなくてはいけなくなる。

 もう、私はダメだと思った。正直なことを言っても言わなくても、どちらにせよ祥哉くんのことを大好きではいられない。つまり私には彼の隣に居続けられる自信がない。

 ゴーカートはアクセルを踏むと豪快なエンジンの音が鳴り、勢いよく発車する。途中までは係員が補助として支えてくれるけど、コースの半分を過ぎると私だけの力で運転する事になる。私の三メートルくらい前を祥哉くんは走行していた。このまま私たちが別れたとして、今日が彼との最後の日になったら、走行中のゴーカートから見える彼の後ろ姿が目に焼き付いて何日後か、何ヶ月後か、何年後かの夢の中で思い出す気がした。だから私は祥哉くんを追い抜かさなかった。結局、コースを3周して祥哉くんの勝利になって彼は軽く笑った。やっぱり追い抜かさなくてよかったと思った。

 窮屈な運転席で急カーブを何度も曲がった私たちの体は思ったよりも疲労を感じて、一度外の空気を吸いに行った。さっきまでほとんど利用されていたバスケットコートはもう誰も使っていなくて、ただシンとしている。祥哉くんは金網の扉を開けてバスケットコートに入る。でもボールを使うこともなく、ゴールのちょうど真下に寝転がった。私も彼に続いてコートに入って彼の横に寝転がる。思えばこうして彼と一緒に寝たこともなかった。地面はひんやりとして絶妙に心地いい。彼は深呼吸をしながら真っ暗な空を眺める。

 「星だね。」

 彼は空の後に私のことを見て言った。

 「確かに、わあすごい。」

 言われてみれば空は単なる真っ暗ではなく幾つもの光の粒が端っこから端っこまで点在している。室内遊園地自体は派手だけど、周りは田舎で街灯が少ないから夏でもこんなに星が見えるんだ。

 「もっと暗いところに行ってみようよ。」

 「うん。」

 彼はコートを出て駐車場の方に歩き出す。特定の事に気を取られると私の靴擦れのことなんてどっかしらに吹っ飛んでしまう。でも仕方ない、それが祥哉くんだ。私が好きだった祥哉くんなんだ。

 駐車場の奥まで行くと街灯もなく、隣にいる祥哉くんの顔すら見えない闇が出来上がっていた。わたしたちは立ち止まってせーので空を見上げる。星はさっきよりも眩しく、美しく、見覚えのある夏の大三角も探すことができた。彼は笑う、子供みたいに笑っている。私は少しだけ泣いた。少なくとも彼には誤魔化すことができるくらいに。こんなにも綺麗なものを最後に二人で見れたことが幸運なのか、そうじゃないのかよく分からない。この後彼に伝えるであろう言葉が言いやすくなったのか、それとももっと言いずらくなってしまったのかも分からない。

 祥哉くんの好きだったところ。カッコいいところ、運動ができるところ、誰にでも自慢できる彼氏だったところ、私を好きでいてくれたところ

 祥哉くんの嫌だったところ。不器用なところ、鈍感なところ、メンタル弱いところ。

 人との関係性は思ったよりも唐突に終わってしまうことが多い。親友とか、恋人とかそんなものの関係は新聞を括るPPテープくらいの強度しかないとわかった。だからあの時ダサいって思った山田さんの気持ちも少しわかった気がする。

 祥哉くんありがとう。すっごい好きだった。すっごいカッコよかった。すっごい一緒に居たかった。私が少し泣くだけで済んだのは、財布に挟んでいたあのペラペラなラブレターを思い出したから。彼じゃなくても、誰かがまた私のことを好きでいてくれている。そう思うだけでだけで随分と気持ちが楽だったし、前に進める気がした。ようやくあの言葉を上手に扱えた気がする。

 私はもう、祥哉くんさえいてくれれば良いと随分大袈裟な愛情を抱いていた時間が確かにあった。でも、祥哉くん以外の全てを捨てても良いと思うのは、あまりにもリスキーであると今では思う。

 「ここに来て、本当に良かった。」

 私はそう息を吐くように呟く。この星の数の如く、まだ触れ合ったことのない人がいるのだから、すんなりと笑えた。



  「山田さん、ライン追加しました。芳岡です。あの写真のことだけど、プリントアウトして相野さんの机に入れておきました。これで大丈夫だよね。」

 「うん。それでも大丈夫。ありがとう。」

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