外は嵐。心の中は……?

黒星★チーコ

 

 産まれた時から田舎で三世代同居で、築60年以上のボロい家で生活していた俺にとって、令和の文明はありがたいなと、ふと思う時がある。


 そのうちのひとつが窓ガラス。

 俺の実家では台風が来るとガタガタと窓も雨戸も揺れて大きな音を建て、すきま風は勿論酷い時には雨漏りすらあった。


 でも今時の窓ガラスはちょっとやそっとの嵐じゃガタガタしないし、すきま風どころか二重窓で断熱に消音までしてくれる。


 だから今、その二重窓に守られた完璧な室温と完璧な静けさを楽しみながら、俺は安全なオフィスで外側の灰色の世界を楽しんでいた。

 雨が激しく吹き付け、ガラスの上で小さな水玉でいられるのは一瞬。あっという間にそれらがネックレスのように連なって斜めに小さな川を形成し流れていく。時には支流が作られ、また時には合流して水の幅が太くなる。同じ形は二度と作られない、一瞬の芸術品。


「はあぁぁ……」


 雨が作る芸術を無言で楽しんでいる最中。すぐそばで地獄の釜の蓋が開いたような声が俺の耳に届く。不意打ちにびくっとして横を見ると、いつの間にか窓を眺める同期がいた。


「……なんだ天谷あまがいかよ」

「何だはないでしょ。私がどこにいようと私の勝手じゃない」

「いや、そうだけどさ。なんだよカビが生えそうな声出して?」

「渡邉ってホントに感じ悪いわね。そうやって一言余計だから期末の評価もイマイチなのよ」

「一言余計なのはそっちだろ。評価側でもないのにイマイチって決めつけるなよ。だいたい先月のコンペ、俺に負けたの誰でしたっけ?」

「……!」


 天谷がギロリと俺を睨み上げる。その目の周りの化粧がいつもより濃いことに気がついた。そういえば髪もなんかくるくるしてるし、服もいつもより可愛いような……?


「あれ、天谷?」

「何よ!」

「もしかして今日デートだった?」

「えっ? ちっ、違うわよ!!」

「いや、なんか可愛い格好してるから」

「かわっ……!?」


 大きな目を更に大きくかっ開いて硬直するインコみたいな天谷の様子を見て。あれ、これマズったかな? と瞬時に危険を悟る。

 折角の服や髪が雨と風で煽られるのが心配だっただけなんだが、微妙にセクハラ発言になるか? よし、下心は無いというアピールをちょっと強めに出しておこう。


「外は嵐なのに。そんなんじゃびしょびしょで台無しになるだろ」

「……うるさいわね! 渡邉ってホントに余計なことしか言わないんだから!」


 頭から湯気が出るんじゃないかと思うほど、ぷりぷりと怒って俺の横から離れていく天谷。彼女の花柄の柔らかいスカートが揺れる様を見送りながら、ほっと息をつく。良かった……セクハラで訴えられなくて。


「おやまぁ、渡邉君はまた天谷ちゃんと喧嘩したんですか?」


 南雲先輩がニコニコしながら代わりに俺のそばに来た。


「いや、喧嘩っていうか……まあ、俺、一言余計らしいんで相性悪いんですよ」

「相性悪いですかねぇ? ただのツンデレだと思うんですけどね」

「え?」


 ツン……なんだって? ツンドラじゃないよな? あいつは永久凍土っていうより年中噴火してる活火山みたいなもんだし。

 南雲先輩は変わらずニコニコと笑う。


「でも喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないですか。同期なんだし、天谷ちゃんを励ましてあげてくださいよ」

「励ます、ですか?」

「どうも彼女、片想いしてる男の人がちっとも振り向いてくれないから、ヤケになってマッチングアプリでマッチした人と今夜会うつもりだったそうですよ」

「……え」

「そしたらこの大嵐でしょう? 今夜の予定は延期になったらしくて。天の神が、片想いの男を諦めるなって言ってるみたいですよね?」

「まあ……そうかもしれませんね。でもなんで俺が励まさないといけないんですか?」

「おや、ご不満ですか?」

「え?」


 先輩のニコニコが一層強くなった気がした。あと圧も。


「天谷ちゃんが、片想いの恋を諦めないのが渡邉君は気に入らないんですか?」

「え?……」


 うーん、そんなこと言われるまで考えもしなかった。でもまあ、確かに気にくわないと言えば薄ーくそうかもしれない。


 だってあの嵐みたいな活火山みたいなエネルギーの塊を体現し、表情がくるくる変わって面白い天谷に告白されて平気でいる男ってどんな朴念仁なんだろう。絶対変わり者だろ。例えば空を眺めて時間を延々潰せるみたいな……。


「ふふふっ、楽しくなって来ましたねぇ♪」


 何が楽しいのか、南雲先輩は不思議な足取りで自分のデスクに戻って行った。

 俺もデスクに戻る。もう窓ガラスの向こうの雨粒による芸術には心惹かれなかったから。





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