第2話 髪の毛と神の力と畑の運命

その日、畑に差す陽はいつもより神々しかった。

というのも、坂の上からやって来る男が、やたらと光属性を背負っていたからである。


「よぉーし、今日は切るぞ! 首……じゃなくて、髪の毛を!」


開口一番から物騒な言葉を放つのは、元・勇者のレインだった。

白と金の上着に身を包み、肩には例の木箱。だが今回はパンではなく、ハサミが入っているらしい。


「おい待て、なんだその前振りは。おかげで畑の鳥が一斉に逃げたぞ」


畑の中央でクワを振るっていたアルマは、手を止めて警戒体勢。

思わず一歩引く。 


「ほらこれ。今日の主役!」


レインが箱をぱかっと開けて取り出したのは、光をまとうシルバーのハサミだった。

刃の内側には微細な術式が刻まれており、角度によって“祝福”の紋章が浮かび上がる。


「聖なる光で毛先までツヤっツヤ! クワより力入れて作ったんだからな」


「お前、聖なる道具を使う用途が軒並み間違ってる自覚はあるのか」


「いやいや、髪切るのは神聖な行為だろ。あと見ろこれ、散髪特化エンチャント。軽い、切れる、漏れなく神々しい」


レインが自慢げにハサミを振ると、天から一筋の光が差したような演出が入った。

当然、演出ではなく魔術の副作用である。


「……野菜に当たったら育ちすぎるやつだな、それ」


アルマがうんざりした声でそう言ったとき、すでにレインは“散髪結界”の展開準備に入っていた。


「展開、散髪結界(セイント・バリアカット)!」


レインの謎めいた号令と共に、畑の一角に神聖な光のドームが張り巡らされた。

風はそよぎ、光はやわらかく降り注ぎ、空気は洗練された清浄そのもの――

もはやそこは、王族の戴冠式か、神殿での儀式である。


「いやいやいや、散髪にここまでいるか!?」


アルマが神妙な空間の中心で声を上げるが、もう遅かった。

なぜか村の坂の下から、ぞろぞろと見物人が集まってくる。


「魔王様の断髪式ってマジ!?」「神事じゃん!」

「光、拝もう光! わしの膝に効くかも!」

「今日の干し柿、味が濃い気がするわね?」


干し柿片手に押し寄せるおばあちゃんたちを見て、アルマは眉をひそめ、レインに視線を向けた。


「……まさか、来る途中で宣伝したな?」


「ちょっとだけ。“聖なるツヤ出し断髪ショー”って言ってみたら、思ったよりノリよくて」


「なにが“ちょっと”だ!! 完全に祭じゃん!!」


レインはハサミを構え、どこか楽しげに笑う。


「儀式には観客が必要だろ。安心しろ、ちゃんと結界張ってるから、光属性の過剰拡散は防いである。…たぶん」


「たぶん!?」


刃が走り、アルマの長い髪がするりと落ちる。

が――その毛先が、ふわりと光を帯びて、空中に浮かび上がった。


「……え?」


「天に召された!」「毛が生きてる!?」「これ拝んだらご利益あるやつじゃん!!」


ざわつく見物人たちの中で、アルマは顔をひくつかせる。


「レイン、これ……」


「ちょっとだけ命宿ってるかも。切れ味にこだわったからな」


「ツヤの暴走だろ!!」


なぜか切った髪が漂って、畑の野菜に着地しはじめる。

キュウリがひときわ眩しく光り出したのを見て、アルマは思わず頭を抱えた。


「髪切ったら、野菜の成長が進化するとか聞いたことない……!」


「新技術かも。“毛髪農法”」


「やめろ……」


次第に、ナスには艶が、トマトには後光が差し、ジャガイモにまでやたらと威厳が出始める。

畑を囲む村人たちも、何かを感じたらしく、手を合わせたり、《風光魔道具》で記録を始めたりした。


「これ拝んだらご利益あるやつじゃん!」「孫の受験に効くかも!」「うちの嫁の腰にも!」


「もうやだこの村……」


アルマがげっそりとうなだれる中、レインは満足げにハサミをパチンと鳴らす。


「はい、カット終了。どうだ? 横スッキリ、首元しゅっと。前髪は風になびく絶妙な角度。似合ってるぞ」


指で少し髪を梳かれ、アルマは一瞬びくっとしたが、仕上がりを確認して黙り込む。

……悪くない。なんなら、軽くなって視界も広がった。

ただ、村の野菜が神々しく輝き出したのが唯一の問題だ。


「……これ、もう出荷できないだろ……。保存効かないし、なんか怖いし……」


「村限定の“ご神野菜”として売り出せば?」


「信仰ビジネスやめろ」


遠巻きに、村の子どもたちがひそひそ話している。


「魔王様の髪の毛って、魔除けになるかな?」「欲しい! 切れたやつ少し分けて!」

「オークションとかしたらどうなるのかなあ!」


「誰がそんな聖遺物みたいに扱えと……!」


思わず立ち上がったアルマの足元で、ジャガイモが発光する。

聖なるイモ。新ジャンルである。

レインはそんな混乱をよそに、ハサミを箱に戻してにこにこ笑っていた。


「じゃ、次は髪洗う用の“祝福シャンプー”作ってくるわ。香りは“朝露の微光”って感じで」


「絶対に来るな。もう、静かに野菜と暮らしたいんだよ俺は……」


「じゃあ祝福リンスもセットで――」


「聞けよ!!」


干し柿片手に村のおばあちゃんが拝み始め、子どもたちが「魔王の毛くださいー!」と駆け寄ってくる中、元魔王アルマは畑の中心で、そっと天を仰いだ。


空は青く、陽は柔らかく――そして瞳の端に、うっすらと涙が滲んでいた。


……今日も平和で、頭が痛い。

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