第3話 「買い物に出かけただけで、注目集めてるんだけど?」
昨日の雨が嘘のように晴れた日曜日の午前。
「兄さん、私、ちょっと買い物行ってきますね」
リビングでゴロゴロしていると、瑠花が声をかけてきた。
「買い物?」
「はい。お米がなくなっちゃって、あと調味料もいくつか」
「じゃあ俺も行くよ」
「でも、兄さんはゆっくりしてて大丈夫ですよ」
「いや、瑠花一人で重い荷物持たせるわけにはいかないし」
「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」
瑠花は嬉しそうに頬をゆるめた。
十分後、玄関で待っていると、薄いピンクのカーディガンに白いスカート姿の瑠花が現れた。
「なんか、気合い入ってるな」
「え、そんなことないですよ。いつも通りです」
瑠花は少し頬を染めて、靴を履き始めた。
「行きましょうか」
「おう」
家を出て商店街に向かう。歩いていると、すれ違う女性たちがチラチラとこちらを見てくる。
「あ、男の子だ」
「高校生かな?」
小声でのひそひそ話が聞こえてくる。自然とため息が漏れる。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「まあ、いつものことだし慣れたよ」
瑠花が心配そうに俺を見上げた。
慣れた、と口では言えるが、正直慣れるわけがない。元々、大して目立つ部類の人間じゃなかったし。
スーパーに着くと、入り口で何人かの女性客が振り返った。俺たちはカートを押して、野菜売り場へ向かった。
「あとは、トマトとバジルも欲しいですね。マリネ作ろうと思ってて」
瑠花が買い物リストを確認している。その時、近くで買い物をしていた女子大生らしいグループの声が聞こえてきた。
「ねえ、あの男の子、格好いいよね」
「声かけてみようかな?」
「でも隣に彼女いるじゃん」
「あ、確かにー」
瑠花の手が止まった。顔が少し赤くなって、照れくさそうに俯いている。
「私たち、傍からみるとカップルに見えるんですかね」
「まあ、顔は似てないからな」
「そうですね……」
瑠花は少し複雑そうな表情を浮かべた。
「あ、こんな勘違いされるの嫌だよな。瑠花は妹だってあいつらに言ってくるよ」
「え? いや、大丈夫ですそんな! それに、別に嫌というわけじゃなくて……」
瑠花は慌てたように首を振る。
「瑠花がいいならいいけど」
俺がそう言うと、瑠花は少し安心したような顔をした。
必要な食材を一通り籠に入れ終わると、俺たちはレジに向かった。若い女性店員が少し緊張気味に対応してくれた。……俺って、そんなに珍しいか?
「えっと、お会計、4,480円になります」
支払いを済ませ、俺たちはスーパーを後にする。
帰り道、さっきのスーパーで振り返ってきた女性客の顔が頭に残っていた。
「ごめんな、瑠花」
「なにがですか?」
「俺と一緒にいると注目されるから」
「全然気にしてないです」
「そうか?」
そんな話をしながら歩いていると、向こうから人影が近づいてきた。俺に気づくと、彼女は目を丸くして立ち止まった。
「早乙女くん?」
見覚えのある顔だった。中学時代の同級生の田中だ。
「田中?」
「うわあ、本当に生きてるんだ……よかった!」
「あ、ああ、まあな」
田中は心底安堵したような表情を浮かべた。そして瑠花を見る。
「えっと、その子は?」
「妹」
「へえ早乙女くん、妹さんいたんだ」
田中は瑠花に軽く手を振った。瑠花も小さく会釈する。
「てか連絡先交換してないよね? 交換しよ」
「あ、ごめん、今スマホもってないんだ」
「あーそっか。じゃ、ちょっと待って今、IDメモするから……」
田中はバッグからメモ帳を取り出す。
ペンを走らせようとする田中を制するように、俺は訂正した。
「そうじゃなくて、スマホ自体持ってないんだ」
「そう、なんだ? 珍しいね」
「まあこんな世界になってわざわざスマホで連絡取るような相手もいないからさ」
「そっか……」
田中は少し表情を曇らせた。
「あ、ごめん。暗い話したいわけじゃなかった」
「ううん。じゃあ、また今度ゆっくり話そうね、ばいばい」
田中は手を振って去っていった。
瑠花が俺を見上げる。
「お友達ですか?」
「いや中学の時の同級生」
「美人な人でしたね」
「そうな。一応委員会は同じだったんだけど、ほとんど喋った記憶ない」
「え? そうなんですか?」
「そうだよ。この世界にならなきゃ向こうから声かけてくることはなかっただろうな」
俺はそう言いながら、少し苦笑いを浮かべた。
「ちょっと複雑ですね」
「そうだな」
家に着くまで、俺たちは黙って歩いた。
でも、なんとなく今日はいつもと違う気がする。
瑠花が時々俺の方をちらっと見ては、慌てて視線を逸らしているのが分かった。
その目線の意味を、俺はまだうまく言葉にできなかった。
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