第4話 「実験のペア決め、俺だけ特別ルールなんだけど?」

 その日の四限目は化学だった。

 俺は黒板をぼんやりと見つめながら、憂鬱な気分を蓄えていた。

 実験の授業は、大抵ペアやグループを組むことになる。

 そして毎回、俺の取り合いが始まるのだ。最初の頃は出席番号の近いもの同士で組むことになっていたが、途中から「ずるい!」という声が上がり始めた。

 どうやら、俺とペアになる女子がずるいということらしい。結果、出席番号によるペア決めは廃止され、今では……。


「今日は硫酸銅の結晶を作る実験をします」


 西宮先生がそう言った瞬間、教室の空気が変わった。


 全員の視線が、一斉に俺に向けられる。


 そして女子たちが一斉に立ち上がった。


「先生、くじ引きです!」

「早くくじ引きの準備を!」

「今回こそは私が!」


 俺とペアになりたい人が手を挙げて、くじ引きを要求する

 ほんと、この世界はどうかしていると思う。俺とペアになりたい女子がくじに参加し、見事あたりを引けば俺とペアになれる制度が確立されているのだから。

 ちなみに俺以外のペアは適当に決めろという投げやりっぷりだ。


 そんな中、一人だけ席に座ったままの女子がいた。


 右隣の席に座っている幼馴染の白柳若菜しろやなぎわかなだ。出席番号は俺の一つ前。元々は出席番号順で俺とペアを組んでいた。


 長い黒髪を後ろでまとめた、理知的な顔立ち。この学校で唯一、俺を特別扱いしない女子といってもいい。


「若菜は参加しないのか?」


 俺が小声で話しかけると、若菜は振り返った。


「参加してほしいの?」


「できれば」


「ふーん。十分モテてるのに、まだ物足りないんだ?」


「そうじゃない。てかこれはモテてるっていいのか?」


「いいんじゃない? 少なくともわたし以外の女子はみんな、レンとペアが組みたくてくじを引きに行ってるんだから」


 今ひとつ釈然としない。前の世界なら絶対なあり得ない状況だし。


「で、クラスの女子全員がレンとペアになりたがる状況を作りたい以外に、何か理由があるの?」


「いや言い方悪いな……。単に、若菜がペアだと気楽なんだよ」


「ふーん」


「だから若菜も参加してきてもらえると嬉しいんだけど」


 俺の本音に、若菜は少し考えるような表情を見せた。


「わかった。参加してきてあげる」


 若菜が立ち上がると、教室がざわめいた。


「白柳さんも参加するの?」

「めずらしー」

「うう、白柳も参加するなら約3.45%も当たる確率下がるじゃん……」


 女子たちの声が聞こえる中、若菜は平然と前に向かった。


 西宮先生が割り箸で作った即席のくじを配り始める。


 今日は若菜も含めて、女子全員が参加だ。

 一人ずつくじを引いていく。


 はずれ。

 はずれ。

 はずれ。


 次々と外れくじが続く。


 そして若菜の番がやってきた。


 若菜は無表情でくじを引く。


「当たった」


 教室に静寂が落ちた。

 女子たちから小さなため息が漏れる。


 若菜は何の感情も見せず、俺の隣に戻ってきた。


「若菜、くじ運いいな」


「みんながくじ運悪いだけ」


 相変わらずそっけない若菜だったが、俺としては正直ほっとしていた。


 他の女子とペアになったら、また気を遣わなければならない。でも若菜となら、普通に実験に集中できる。


「じゃあ、始めるか」


「ん」


 相変わらず、俺はこの教室で特別な存在らしい。

 でも、若菜の隣にいると、それを少しだけ忘れられた。

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