第10話 シュウマイと約束の味
厨房には、だしの香りが立ちこめていた。
刻んだ椎茸、たけのこ、鶏ひき肉にほんの少しの生姜。
味付けは醤油とみりん、それに、母の手帳に残されていた「白だしを少々」。
「……中華じゃなくて、和風でいく。今日は、そういう気分なんだよ」
アキラはそうつぶやきながら、和風シュウマイを一つひとつ、丁寧に包んでいった。
まるで、何かを思い出すように。あるいは、何かを誰かに伝えるように。
ID058。
記録者の夢に、ひとつの食卓が出現していた。
そこにはもう一人、記録に存在しないはずの人物が座っていた。
「兄さん」と呼ばれたその人は、笑いながら湯気の立つ皿を差し出した。
「おまえ、好きだったろ。母さんのシュウマイ。――覚えてるか?」
青年は言葉を失ったまま、皿の中のシュウマイを見つめていた。
グリンピースが苦手な自分の為にわざわざ枝豆を剥いてのせている、あのシュウマイ。
ひとくち食べると、記憶の底から何かがあふれ出してくる。
小さな台所。
蒸籠から顔を出したシュウマイ。
それを取り分けながら、兄が言った――「約束だぞ。これを食べたら家族を思い出せ」
「約束って、案外ずっと残るもんなんだな」
アキラは蒸しあがったシュウマイを器に移し、柚子ポン酢をちょんと添えた。
その香りが、まるで冬の食卓のように、心を温める。
《ID058、深層記憶領域の再活性を確認。兄のイメージ再構成、安定》
AIミレイの声にアキラは静かに頷いた。
「夢の中に、現実じゃもういない人が出てくることがあるのか。。。
でも、それで前を向けるなら、それもいいんじゃないか」
夢の中。
青年は立ち上がって、兄に笑いかけた。
「今度は……俺が作るよ。次に会えたときにさ。ちゃんと覚えてるから。母さんの味も、あなたの笑顔も」
アキラは、その日の夜、新たに作ったシュウマイを皿に盛った。
ふと、その手がずいぶんと細く、しわが寄っていることに気が付く。
「……忘れないように。俺も、あんた達との約束、ちゃんと守るよ」
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