第8話 チャーハンと過去からの便り

夢の世界に、それは届いた。




 一枚の、紙の手紙。


 あまりにも古風で、今の文明から見れば“非効率”な媒体。けれどそこに書かれていた言葉は、まっすぐで、温かくて――懐かしかった。




 「君がどこにいるかは、もうわからない。でも、君が何を食べると笑うのか、僕は知ってる」




 添えられていたのは、油でしっかり炒められたご飯、刻んだハム、玉子、ネギ、そして焦げ目の香ばしさ。




 ――チャーハンだった。




「……送った覚えはないけどな」




 モニターを見つめるアキラは厨房の中で苦笑いしながら、パラパラに仕上がったチャーハンを皿に盛りつけた。




 「冷蔵庫の中で余ってた具材と、思い出だけで作ったんだけど……まさか、夢の中にまで届くとは」




 AIミレイが淡々と告げる。




 《記録者ID023の夢内にて、“父親からの手紙”と“チャーハン”の記憶を再構成。現実の料理が触媒となり、記憶が活性化された可能性があります》




 「過去の記憶に、俺のチャーハンが作用したってことか」




 《はい。記録者の精神状態、安定に向かっています》




 夢の中。


 青年は古い書斎で、父親の筆跡らしき文字を何度も読み返していた。




 「これ……チャーハンのレシピじゃん」




 玉子は先に炒めておけ、とか、強火で一気にいけ、とか。


 それだけのことで、なぜか涙が出た。




 なぜ父は、料理の話ばかり書いていたのか。


 答えは、最後の一文にあった。




 「君がどこにいるかは、もうわからない。でも、君が何を食べると笑うのか、僕は知ってる」




「誰かの想いが、料理を通して夢に届く。そんなの……もう“奇跡”じゃなくて、“日常”なんだな」




 アキラはチャーハンをかき込む。


 ごま油の香りとともに、どこかで誰かが笑っている気がした。




《記録者ID023、感情安定化処置完了。夢内での精神ブロック解除成功。》




 「次は誰に、何を届けようか」




 アキラの“厨房”は、今日も稼働する。


 電力と燃料と食料が続く限り、彼は食事を作り続ける。




 誰かが、誰かを思い出せるように。


 そして、忘れたくない何かが、ちゃんと夢の中で生き続けるように――。

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