第6話 おにぎりと帰るべき場所

それは夢の中で始まった。




 記録者ID042、コードネーム“ミナ”。


 彼女は広い草原の中で、ぽつんと一軒の家の前にいた。


微かな懐かしさを感じ扉をくぐる。




なぜか部屋の構造も分かる。迷うことなく廊下を進み出たところは




台所だった。


 


 炊きたての白米の匂い。海苔の香り。そして、ほんのり塩のきいた手の温もり。




 小屋の中央に、誰かが握ったおにぎりが置かれていた。




 「……これは、わたしの、家……?」




 ミナの目から涙が流れた。夢で泣くのは、本来あり得ない。だがそれは確かに、彼女の心のどこかに刻まれた“記憶の味”だった。







 一方、シェルター。


 アキラは炊飯器を開け、湯気と共に立ち上る米の香りを吸い込んでいた。


 今日のメニューは「おにぎり」。




 「中身は……昆布と梅干し。定番すぎて地味かと思ったけど、今日はこれしかないって気がしてさ」




 そう呟くアキラに、AIミレイが応答する。




 《記録者042の夢において、“おにぎり”が強く象徴化。夢世界に家族構造の原型が再現されつつあります》




 「家族……か」




 アキラは、ふとシェルター内の旧データベースを開いた。


 記録者042――ミナの本名、ミナミ・ユイ。


 年齢8歳。避難時には母とともに登録。だが、避難直後に母親は医療ブロックで凍結処置中に故障が起き、現在は稼働不可のままだった。




 「……ミナの母親、“もう帰ってこられない”って、AI診断ではなってたな」




 アキラは静かに手を洗い、炊きたての白米を丁寧に握る。


 炊飯器の温度、塩加減、手の圧力、海苔の巻き方。どれも機械では出せない「人間の作業」だった。




 1個目は昆布、2個目は梅。


 どちらも、母親がよく作っていたという記録に基づいていた。




 《補足:ミナの夢内で“母親らしき人物”が現れ、おにぎりを渡す描写が記録されました》




 「じゃあ、俺のこの手は……間接的に、あの子に“母の記憶”を届けてるってわけだ」




 アキラは、おにぎりを一口かじった。


 塩味、昆布のうま味、白米の甘み。


 それは“地球の味”だった。地上で人類が当たり前に味わっていた、記憶の中の幸せ。







 夢の中。


 ミナは、母親の姿をした女性からそっとおにぎりを渡されていた。




 「いつでも帰っておいで。うちにあるのは、おにぎりだけだけど……それでいいでしょ?」




 ミナは涙を流しながら、うん、と小さくうなずく。







 料理が“居場所”や“絆”として機能し始めている。




 眠るだけの夢ではなく、


 逃避するだけの幻想ではなく、


 失われた物、思いが蘇る




 アキラは食べ終えたあと、そっとつぶやいた。




 「もう一度、あいつらに会えるとき……ちゃんと届けてやりたい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る