代理人

明日和 鰊

代理人

 大都市では何でもかねで買える。


 人間が厳しい自然の脅威と闘うために必要な、寄り添い合ったコミュニティが大きくなり都市になると、その運営やシステム修繕の大半を内部の互助ではなく、かねで雇った外部の人間が代わりをするようになる。


 大都市に住む人間は、協力をかねで買う事によって自由な時間を得る。

 コミュニティの副産物である、お互いが助け合うための情や縁でさえもかねに換えて。

 だから、大都市の人間はややこやしい荷物人付き合いを背負う事なく、手ぶらで生きていけるようになった。

 しかし結果として、それはコミュニティ全体への責任を放棄する事につながった。


 何でも大都市にはある、だからかね以外何も所有する必要がない。

 自分たちの責任でさえも。

 政治家も、市民も、大都市ではそれが当たり前になっていた。


 そしてその波は、いまや地方をも呑み込もうとしていた。



「わたくし、河田の代理人で池澤と申します」

「はあ、何のご用で?」

 大都市に移り住んだ知人に頼まれて、山本は近所の喫茶店で池澤と名乗る男と会っていた。

 しかし池澤はもちろん、河田という名前にも山本は覚えがなかった。


 緊張しているのかやけにかしこまった話し方だな、山本の池澤に対する第一印象はそんな感じだった。

「実は山本さんに、わたくしの代理をしていただきたく思いまして。

 難しい事はありません、ですから是非御引き受けいただきませんか?」

「代理の、代理ですか?」

 池澤はうなずくと、契約書とその報酬が書かれた紙をカバンから取り出し、山本に差し出した。


 山本は、見せてもらったその報酬の良さに正直驚いた。

「いや、いい話ですが、まさか詐欺とかじゃないですよね?」

「疑うのも無理はありません。

 わたくし自身、河田に話を持ち込まれた時に聞き返したぐらいです。

 しかし御安心してください、正真正銘クリーンな仕事ですし、その保証は国家がしてくれます。

 なんと言っても、国家の一大プロジェクトですから」


「しかしそのような国家の重大な仕事を、私のような政治の事をなにも知らない素人が、請け負っていいんでしょうか?」

「かまいません、もし内容を見て荷が重いと感じたのであれば、あなた自身が別の代理人を立てればいいのです。

 その場合でも一定の金額が紹介料として、あなたに振り込まれる事になります。

 子請け、孫請けと、当然下に行くほど支払われる金額は減っていきますから、受けていただくのであれば、早ければ早いほうが断然お得ですよ」

 その金額を聞いて、仕事の内容を確かめる事なく山本は契約書に急いでサインをした。

 仮に自分で出来なくても、別の人間に頼めばいいという責任の無さが、決め手となったと言っても間違いではなかった。


「でも何で、こんな地方にまで引き受けてくれる人を探しに来たんですか?

 こんな好条件なら、大都市の中でも引き受けたいと手をあげる人は、ごまんといたんじゃないですか?」


「代理人システムは公・民を問わず、大都市では以前から条例があったのですが、最近ようやくサインがされて全国で法律として認められました。

 だから大都市では、すでに誰もが誰かの代理人をしているのです。

 不正防止で、契約のかけ持ちは認められないため、こちらの方まで足を運ばせていただいた次第でございます」



「それで、河田さんは一体何を依頼したんですか?」

「いえ、勘違いしてはいけません、河田も代理人なのです。

 依頼人を何千人とさかのぼれば、この国の大統領に行き当たります」

「だ、だいとうりょう?」

 とんでもない依頼人と、自分に来るまでに何千人も通っている事に山本は声がひっくり返る。

 あのバカ高い報酬に納得はできたが、山本は何千人も断る仕事が自分に出来るのか、また別の人間に頼むのも、さすがに断られるのではないかと不安になった。


「そんなに難しい仕事なんですか?」

「なに、そう難しい事ではありません。

 ある書類に大統領の名前でサインをしていただければいいのです」

なぜそんな簡単な事を他人にやらせるのだろうと、山本は仕事内容にやっと疑問をもった。


「ただ、できるだけ早くしていただかなければいけません。

 別の代理人に任せるとしても、一月以内に見つけなければ契約違反となって刑事罰を受ける事になってしまいますから」

 そう言って、池澤はカバンから書類の束を取り出して山本に差し出す。


「ふぇっ!?」

 思わず喉から空気が飛び出したような、声にならない音が山本から漏れた。

 書類を手渡されると、なぜ誰もサインをしたがらないのかを山本は理解した。

 池澤からは、山本が最初に感じたような緊張感はその体から消えている。

 

 当たり前だ、こいつはババ抜きのババを、この貧乏くじを、他人おれに押しつける事が出来たのだ。


 それがわかると、山本は帰り支度をしている目の前の池澤を睨みつけた

 しかし池澤はそれをどこ吹く風と無視をして、さっさと喫茶店を出て行く。


 仕事を引き受けてくれる人間ではなく、池澤は貧乏くじを引く人間を探していただけだった事に気付き、ようやく山本は騙された事がわかった。



 池澤から受け取ったその書類の表紙には、『食糧難による大都市救済のため、地方在住の国民削減について』と書かれている。

 そのリストの中には、山本とその家族の名前も入っていた。

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