第34話 私の場所
──濃い鉄の臭いがする。
「……ここは、いつもの場所ね」
私は身を起こし、辺りを見回す。
どこまでも広がる灰色の世界と黒ずんだ血溜まり、眼前には柱があり両手を天に拘束されて磔になっている体の欠けた黒髪の女がいる。
──ここはいつも変わらないわね。
磔にされた黒髪の女は前世で暴走した自動車に轢かれた私、
手足はありえない方向に曲がり、淡い色だった服は黒ずんだ血に染まっている。
唯一、前世であり得ない現象があるとするのなら、顔の部分に黒い穴がただ空いていて、本当にこれが鈴木真理亜の顔かどうか判別できないということだろう。
──それでもこれは鈴木真理亜なのだ。
確かに鈴木真理亜は車に轢かれて呻き声すら上げられずに死んだ。
──死んだはずである。
どういうわけか今はあの聖結界に守られた世界で生きてはいるけれど。
前世の世界ではこのような現象を転生と呼んでいて、様々な話が作られていた。
最もそれはフィクションでしかありえない。
ありえないはずなのに。
──私という生き証人がここにいる。
けれど、他に転生している人は巡礼の旅をしても見つけられなかった。
ここには日本から呼び出された聖女と崇められる
私のような紛い物は他にいないのだ。
このような考え事をしながら時間が経つのを待つ。
この空間はしばらく待っていれば出られるのだ。
それまではあの不気味な鈴木真理亜を見続けるか、血溜まりに寝そべるかをしなければならない。
……私はこの空間に来るたびに自分が死人である事を思い知らされる。
表向きには聖女としての務めをしている者にふさわしい振る舞いをしているつもりだけれど、実際は死んでいるのに生きているゾンビだ。
──
例えば私がこの乗っ取っている現象から
私は鈴木真理亜の記憶をそのまま持って
……その保証は一切ない。
私が鈴木真理亜を無くせた時、
もし、
──魔族に近づくべきでしょう。
魔族という生き物は聖結界の外側にしかいられないはずの生き物であるのにも関わらず、聖結界の守りが薄くなると入り込める者がいるようで、このヘンデルヴァニア王国で好き勝手している個体がいるようだ。
人間牧場のような悪趣味にも程がある物を作っているものもいたけれど、それでも魔族に近づく価値はある。
もしかしたら魂に関する何かを操る事ができる魔族がいるのかもしれない。
その魂に関する何かを操る事ができる魔族に近づけたのなら鈴木真理亜をこの体から切り離し、
問題は、魔族が私の都合の良いように動いてくれるか、ということね。
光の魔力は魔族を傷つける大きな武器だ。
それを警戒して敵対行動を起こされたら目的には近づけない。
かといって能力が求めるものではないのならその敵対行動に対しては対抗し、倒せば問題はない上にこのヘンデルヴァニア王国のためにもなる。
魔族とまともに戦えるのは聖女と光の加護を受けられた者か異様な鍛錬を積み上げた者だけだ。
軟弱な者ではただ餌にされるだけなのはマシで人間の機能を玩具にされることもある。
だからこそ魔族は駆除しなければならないのだけれど……。
……もし、今のシオミセイラを含む聖女御一行に私が残り続けたら目的の魔族と近づけない。
単独行動を取る必要があるわけなのだけれど……。
まだそうするには早い。
シオミセイラに光の加護と治療魔術を教えなければ、シオミセイラ達が魔族と出くわしてしまった場合まともに戦えないまま殺されてしまうでしょう。
……この巡礼の旅では今のところまだ魔族とはまだ交戦してはいないけれど、彼らは人心掌握の術を持っていたりするので同族である人間さえも殺さなくてはならないこともある。
魔族に魅入られた人間はその魅力を他者にも伝えてしまい、感染のように魔族の信者を増やしてしまう。
そうなることを避けるために人間を殺す必要も出てくる、という事だ。
──灰色の世界が白くなる。
そろそろ起きられそうかしら?
今回は短かったわね。
いつもだったら現実では丸1日経ってしまう程倒れているけれど、今回はそこまで魔力を魔石に込めてないから早そうな気がする。
なるべく短ければ良いけれど、どうかしら?
ふわふわとした気分に包まれながら、この世界は消えていった。
──後は現実で目を覚ますだけ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を開ければ白い天蓋が広がっている。
……ベッドの上ね。
人はどこにいるのかしら?
重い体を起こして辺りを見回す。
誰も、いない?
おかしいわね。
いつもだったらヘイヴルが声をかけてくるはずなのに。
……食事中かしら?
部屋の外に出てみても良さそうね。
体は重いけれど仕方ない。
外に出てみましょうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋の外に出てみると、慌ただしい足音が辺りからする。
……異変が起きている?
足音の方へ進んでみましょう。
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