第35話 魔族襲来
慌ただしい足音の方へ向かうとエスタコアトル伯爵が動き回っていた。
「全員、隠れたかー!?」
「エスタコアトル伯爵、何が起きているのですか?」
「こ、これはマリーヴィア様! ま、魔族が、魔族が現れたのです!」
「魔族、ですか!? 場所はどこでしょうか? 私も行きます!」
「場所はすぐ外ですが……、マリーヴィア様! 危険です!」
私は伯爵の話も聞かずに駆け出した。
──魔族がこんな人里に現れるだなんて!
目的は何かは知らないけれど、行くしかない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
伯爵の屋敷を飛び出すと、惨状がそこに広がっていた。
シオミセイラは倒れ、オズワルド殿下は肩で息をしながら地に剣を突き刺し、ヘイヴルの足はありえない方向に曲がっていて立てない状態になっている。
他の聖女の騎士も酷い状態だ。
……光の加護が使えなかったということ?
いえ、まずは治療を、
「君だ〜! ボクの成功例! やっと見つけたよ~!」
「成功例……?」
目の前にいる、耳が尖っていて肌は人間の色と変わらない燕尾服のようなものを着た銀髪の魔族がそのようなことを言う。
……そんな言葉に気を取られてはいけない。
一刻も早く、治療魔術を全員に。
「セイクリッド・オールヒール!」
「おっと〜? 良いのかい? 君の出自を人に聞かせちゃって〜?」
「私の出自が何かは知りませんが、今は貴方を倒すのみです!」
「う〜ん、飛んじゃお! 君も一緒に、ね!」
「セイクリッド・ウイング!」
私は背中に白い羽根を生やし、目の前の魔族よりも先に空へと逃げる。
案の定、あの魔族も私を追ってきている。
一体この魔族は何が目的でここまで来たのかわからないけれど、今は一刻も早く町から魔族を引き離さなければ。
「……振り切れませんね。この辺りで降りましょう」
ちょうどいい森を見つけたので自由落下の速度で地面に降りる。
直前で浮いて、地に足をつける。
……今ので相当魔力を消費してしまったけれど、なんとかするしかない。
──双剣の準備を。
「やあやあ、君は一体どういう名前を付けられたんだい? 聞かせて欲しいなぁ?」
「魔族に名乗る名前はありません」
「……確か騎士の奴らはマリーヴィアって呼んでたかな? 君だよね?」
「…………」
今はとにかく戦う準備を。
双剣を構え、光の魔力を込める。
「……へぇ〜、聖女なのに剣使うんだぁ? ボクはちょっと君が生きているか確認しにきただけなんだけどなぁ?」
「私を知っているような口振りですが、知った事ではありません!」
目の前の魔族に斬りかかる。
翼を生やしたままの魔族は空を飛んで攻撃を避けようとするけど、少しかすらせることができたのか、緑色の体液が宙に舞った。
「っ……、成功した! 成功したんだ! ボクは死者蘇生に成功した上に異世界からの魂さえも連れてくる事にも成功した!」
「黙って、ください!」
とにかくあの魔族を目掛けて斬撃を繰り出す。
斬撃を繰り出すだけでは当たらないので、魔力で出来た刃を放って空を飛ぶ魔族に当ててダメージを与える。
それなりの体液を流させる事には成功しているけれど、やはり魔族は丈夫だ。
空を飛ぶ手段を失わせるか、私が空を飛んで空中戦を行うか……。
空を飛ぶと肝心の弱点になる光の魔力が使えなくなる。
それは避けなければ……。
「フフフ、あぁ、ボクはなんて素晴らしい魔法を編み出してしまったのだろう! これは君が従えている者達にも伝えなければ!」
「待ちなさい! セイクリッド・ウイング!」
目の前の魔族が飛び去ろうとしたので慌てて翼を再度生やし直して追いかける。
こうなったら斬撃で戦うよりも双剣をアレに変えるしかないわね。
…………これでよし。
「撃ち抜いてみせます!」
弓に変えた双剣に光の矢を番えて放つ。
威力はそれなりだけれど、落とせるはず!
「ガァッ!」
「そのまま地に落ちなさい!」
双剣は弓矢の形態のままだけれど突き刺す事はできる。
私はそのまま魔族に剣を突き刺したまま翼を踏み潰し、魔族ごと地面に落ちることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──地面に落下した、多少の治療は私に必要そう。
「……セイクリッド・ヒール」
私は自身に治療魔術をかけ、魔族の様子を窺う。
魔族は体液をたくさん垂れ流したくらいじゃ死なない。
八つ裂きにするくらい魔力で傷をつけて、刺して、貫いて、潰して何回も何回も何回も殺すくらい傷つけないと殺せないの。
「マリーヴィア! 大丈夫かい!?」
「……ヘイヴル、動けるようになったのですね」
ヘイヴル達が来たようだけれど、まだ油断してはいけない。
まだこの魔族は生きている。
「あぁ! 来たね~! マリーヴィアの仲間達! ボクの成功例の仲良しさん!」
たくさん体液を垂れ流させたのにも関わらず、まだこの魔族はうるさい。
私はこの双剣の弓形態を解除してとにかくこれに傷を付ける事に集中することにした。
「マリーヴィア様、俺達が変わるので……」
「良いです。魔族に光の魔力が効くのはわかっていますね?」
「それはそうだけどよ……」
「あぁ! 聞いておくれよ! マリーヴィアの仲良しさん! 彼女が赤子の頃、ボクが生き返らせたんだ!」
「……なんか変なこと言ってるな。へイヴル、土で口を埋めてやれ」
「わかった。声を聞いているのも不快だからね」
「ゲブァッ! ゲブッ、ゲブッ、ゥゲェ!」
ヘイヴルが魔族の口を石で塞いだ。
これで魔族は何も話せなくなるでしょう。
(酷いじゃないか! マリーヴィアの仲良しさん! 僕の話を聞いておくれよ!)
「この魔族、頭の中に語りかけてきます! マリーヴィア様、危ないですよ!」
「逃げたところで悪さをするだけです。ここで仕留めねば他の者に危害が及びます」
(マリーヴィアの話の続きをしよう! 彼女はメイドの子なんだ! 銀髪のメイドがね! どこかの伯爵の子を孕んでその妻の座に成り代わろうとしたんだけどね! 死産だったんだ!)
「……これ、なんとかならないのか?」
「……ダメですね。もう少し、時間がかかりそうです」
……さっきから魔族の話がうるさい、早く物言わぬ屍にできないのかしら?
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