第29話 おにぎりにぎにぎ聖女様

 17の刻を告げる鐘が鳴り響く前にヨルペルサスとマイロスかま戻ってきた。

 買い出しの成果はそれなりで乾パン9種類72個と麺屋聖の缶詰24人分と10食入りの米缶24個だ。

 缶のシャケはなかったのは残念だけれど、米缶があれば後はなんとかなりそうね。

 ご飯のお供は水の魔力や土の魔力で醤油だったり卵液だったりを作れば良いもの。

 ただ、米って炊き方の上手さが人それぞれだから、おいしくないごはんに化けることもあるのよね……。

 その時は秘伝のレシピでごはんを彩れば良いので大丈夫でしょう。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 ただ、今日の夕ごはんは……。


「今日の夕ごはんは個人でおにぎりを握ってそれを食べてもらうって形だね。付け合わせや具材になるものがあるから好きに使って良いって話だよ」


 セルフおにぎりね……。

 たまにこういう夕ごはんがある。

 こういう時って必ず……。


「じゃあ、マリーヴィア。僕の分を握ってくれないかな?」

「あっ! それ良いんですね!? じゃああたしの分も!」

「マリーヴィア様、お願いできますか……?」

「俺もマリーヴィア様が握ったおにぎりが良いぞ!」

「私もお願いします!」

「……俺の分も頼む」

「俺は握れん。マリーヴィア、頼む」


 よりにもよって全員分のおにぎりを作らなければならなくなってしまった。

 セルフおにぎりの店の時はいつもこうだけれど、今回からは2人増えてしまった。

 骨が折れるわね。

 ……とっとと握るわよ。


「……それでは、やりましょうか」

「やった〜!! マリーヴィア先輩の小さなお手々で握られるおにぎりが食べられる〜!」


 ……その言い方はちょっと気持ち悪いかな。

 私の見た目が子どもみたいなのは理解しているけれど、特徴を挙げられても困る。

 なんか変態みたいな言い方だし……。


「……握らなくてよろしいですか?」

「やだ! やってくださいよ〜!」

「マリーヴィア、先に僕達の分をよろしく頼むよ。聖女様の分は最後だね。僕達はご飯多めが良いな」

「もしかしてあなた達でお米を消し飛ばすつもりですか!? マリーヴィア先輩、あたしの分は残してくださいね!」

「…………わかりました」


 注文が多いけれど、やるしかない。


 私は桶の塩水に手を浸し、ひたすらおにぎりを握っていくことにした。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 18の刻を告げる鐘が鳴る。

 ……私の分のおにぎりはこっそり確保したので食べられそうだけれど。


「どうしてあたしは3つしか食べられないんですか!? あなた達10個もなんて食べ過ぎですよ!」

「そりゃあマリーヴィア様が握ったおにぎりだからな! たくさん食えるぞ! 幼い頃のマリーヴィア様のおにぎりはボロボロだったんだがなぁ、今は立派なおにぎりが食えるなんて良い時代になったもんだ!」


 ……子どもの頃は手が不器用だったのだから仕方ないと思うのだけれど。

 どうして妙に懐かしんでいるのかしら?


「マイロスさん!? 幼い頃のマリーヴィア先輩って何歳ですか!?」

「最初に握ったやつを食ったのは5年前くらいだから10歳じゃないか?」

「そ、そんな幼い頃から……! マリーヴィア先輩は今より小さかったですか!?」

「そりゃあなぁ。 今と大して変わらないがちっこいぞ」

「ロリーヴィア先輩……、見たかったな……。どうして小さくて可愛い女の子の成長を見守れない立場に……」

「マイロス、これ以上は止めよう。聖女様はマリーヴィア様に劣情を抱いている」

「……だな。これ以上は止めるか」


 ……ちょっとこれは聖女としてどうかと思う。

 かといって本人の業の深い性癖を正すことなど不可能だから私にはどうしようもできないのよね……。


「……聖女の騎士はマリーヴィアの手料理を何度も食べたのか?」

「オズワルド殿下、もうマリーヴィア様の婚約者ではないのですからお気になさらず。……ちなみにですが何度も食べていますよ。僕たちは」


 ……オズワルド殿下からの目線から厳しいものを感じる。

 私がおにぎりを握る事の何が悪いのかしら?

 手料理と言ってもおにぎりを握ったことぐらいしか心当たりがないし……。


「これからおにぎりの時はマリーヴィア先輩に握ってもらいましょう! あたしがハッピーになれるので!」

「聖女様は御自身で握りましょうか」

「なんで!? あなた達はマリーヴィア先輩のちっちゃいお手々で握ったお握りをたくさん食べたんだからちょっとくらい食べても良いでしょ!? てか自分で握っても虚しいだけだし! どうせならマリーヴィア先輩が愛を込めて握ったおにぎりを」

「いえ、愛などというものは込めていませんが……」


 ただの機械のように握り続ける、それだけだ。

 そこに愛なんてものはない。


「それでも! 私におにぎりを握ってくれたことは愛なんです! その愛を自分達で独り占めしようなんて許さないんだから!」

「僕達はマリーヴィアと共同生活をした年月が長いからね。マリーヴィアが用意してくれるおにぎりがちょうどいいのさ」

「ぐぬぬぬぬぬ……、マウント取ってきやがって……」

「……ひとまず、宿の部屋に戻りましょうか」


 くだらない言い争いの間に全員食べ終えたようだし、これ以上醜態を見せてしまうのなら早くここから離れた方が良い。


「そうだね。戻ろうか。全員戻れるよね?」

「戻れるけど〜、マリーヴィア先輩のおにぎりをもっと食べたいな〜? もうお米もないし……」

「そこになければないですよ。全員、戻ろうか」


 ヘイヴルがシオミセイラを言葉で突き放し、宿の部屋に戻る事となった。

 ……しばらくはセルフおにぎりの店によるのは止めたいけれど、宿を決めるのはヘイヴルなのよね。


 ここは魔物狩りの旅人が集まってできた町だから、しばらくは野営になりそうだしおにぎりを握らされるなんてことはないけれど、米缶を炊いた後におにぎりを握らされることも考えられそうね。

 ……私自身なんの特もしていないけれど、仕方がない。

 せめておにぎりを握ることが遠くなることを祈りましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る