第30話 ひじりうどん エスタコアトル伯爵領ブチの町店

 旅人の町から旅立ち、魔物と戦いながら移動をして野営をすることを何回か繰り返して私達はやっとエスタコアトル伯爵領に辿り着いた。

 とは言っても一番ヘンデルヴァニア王国に近いブチの町だけれど。

 ここから地下通路を探してモリスの町に行くのが最短の道なのだけれども……。


「パン! パンの匂いだ〜!」


 ……シオミセイラがパンの匂いに釣られている。

 これはすぐには向かえなさそうね。


「マリーヴィア様、どうします?」

「ひとまずは聖女様にパンを食べさせましょうか。私達はひじりうどんに行きたいのですが、人数を分けますか?」

「まあそうだね。それじゃあマイロスとクロード、それにオズワルド殿下は聖女様と一緒に行動してください」

「……俺はマリーヴィアと共に行けないのか?」

「オズワルド殿下、貴殿の婚約者は聖女様ですので。それでは僕達は行きましょうか」


 ヘイヴルに背を押されて私達はひじりうどんに向かうことにした。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 多数ある煙突から湯気が出ている。

 一見工房のように見えなくもないその場所はひじりうどんの店だ。

 ここでは濃いつゆのうどんが食べられる上に天ぷらも食べられる、とても素晴らしいお店だ。

 前世でよく食べたとあるうどん屋のチェーン店を思い出す。

 かしわ天、おいしかったな……。

 ではなく、今はひじりうどんに集中しなければ。


 ひじりうどんもお肉の天ぷらが出てくる上に、野菜の天ぷらに魚介の天ぷらが出てくる。

 エビ、この世界ではエンビと呼ばれているエビによく似た魔物の天ぷらも食べられる。

 エンビ天も美味しいのよね……。


 ひじりうどんは今日も行列だ。

 ここは大人しく並びましょう。


「マリーヴィアはどの天ぷらを食べるんだい? いつもの3つかな?」

「そうですね。エンビ天に野菜のかき揚げ、それから魔物天を食べます」

「……魔物天、味が毎回違うけど今回も挑戦するんだね?」

「とは言っても当たりがほとんどでしょう。脅しに屈する程私の舌は弱くはないです」

「辛かったらどうするんだい?」

「その時は水を飲みます」


 ヘイヴルは私が辛い物が苦手だということをよく知っている。

 今生の私はやけに舌の感度が良いのか香辛料を含んだ料理を食べるとやけにその味と匂いを拾ってしまう。

 香辛料がこの世界にあって、保存料や調味料として使われている事は当たり前だけれど、私が食べられないせいで香辛料で加工した魔物肉を保存食にすることができないのは非常に申し訳なく思っている。

 だからやたらと乾パンや缶詰に頼り切りになってしまうのよね……。


「ヘイヴル、その時は俺が食べる。俺は香辛料の味は平気だ」

「僕が食べるよ。エドガーだってたくさん天ぷらは食べたいだろう?」

「それは、そうだが……」

「エドガーさん、ヘイヴルさんがマリーヴィア様の食べ残しを食べる事はいつものことですよ。僕が魔物天に挑戦しますから辛過ぎたらお願いしますね」

「ヨルペルサス、語弊があるよ。そんな言い方じゃあまるで僕が毎回の食事でマリーヴィアの口に付けたものの残りを食べていると言っているようなものじゃないか」

「でもヘイヴルさんはマリーヴィア様の食べ残しを食べる時、とても嬉しそうな顔をしていますが……」

「その話は止めよう。僕は聖女様じゃないんだから。マリーヴィアも後ずさるのは止めてくれないかな?」


 ……確かに私がなにかを食べ残した時、決まってヘイヴルが食べていた。

 他人から言われる程喜んで食べているというのは一体どういうことなのだろうか?

 これは触れてはいけないものだ。


 ──そっとしておきましょう。


「ほら、マリーヴィア、列が進んだよ」


 ……私はヨルペルサスやエドガーを壁にしながらひじりうどんの行列を進んで行った。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 ひじりうどんに行って頼むものは皆大体決まっていて、私はざるうどんの並盛りにエンビ天、やさいのかきあげ、魔物天だけど、他の人は違う。

 ヨルペルサスは冷たいとろみうどんの醤油かけ並盛りに魔物天、エドガーは釜揚げうどん特盛りに魔物天5つ、ヘイヴルはぶっかけうどんの大盛りの上に白根野菜のおろし、エンビ天だ。

 ……私の天ぷらの量がちょっと多いのは御愛嬌だけどこれが一番おいしいのは事実。

 問題は魔物天の味だ。


 今回の魔物天の味は……、うん、鶏肉の味だ!

 あの店のかしわ天みたいな味が口内にジュワッと広がる。

 大当たりを引けたので大満足だ。


「……この様子だと、辛くはなさそうだね」

「ヘイヴルにあげるごはんはありませんよ?」

「辛くない限りキミはごはんを残さないからね」

「……残念ではあるけれどって感じですか?」

「ヨルペルサス、そんなことは思ってないからね」

「ヘイヴル、否定しても本気に聞こえる上に、肯定しても良くはない。詰みの状況だ。諦めろ」


 エドガーの言う通りだ。

 少なくともヨルペルサスからこんな事が出てしまった以上はもう事実と捉えていいでしょう。

 私はそっとヘイヴルから離れた。


「マリーヴィア、距離を取らないでくれるかい?」


 今まで辛い物はヘイヴルに渡していたけれど無理矢理にでも食べた方が良いのかもしれない。

 聖女の筆頭騎士としてキミの食べ残しを食べるのは僕であるべきだ、みたいな事も言われたことはあるし、関わり方を考え直さなければ。

 少なくとも香辛料がかかっているとわかっているものには食事を始める前にヘイヴルに渡すなりすれば問題ない、はず。

 ……食べれないと残すよりも口を付けた食べられない物を食べられる人に渡した方がマシだと考えていたけれど、早めに気づけば良い話よね。


 もしかしてヘイヴル、口では言わないだけでシオミセイラと同類なのかしら?

 ……なんというか、思い当たる節はあるような。

 今まで聖女の筆頭騎士だからといってやってきたこと結構あるし……。


「マリーヴィア、僕の顔を見ながら険しい顔にならないでよ!」

「思い当たる節がありますね……」

「そんな聖女様みたいな事は考えていないからね!? ヨルペルサスの言う事を真に受けないで!」


 そう必死にされてもヨルペルサスからの言葉が本当であるかのように思えてくる。

 良くない方に転がっていってしまっているけれど……。

 まあ、寝る時はヘイヴルの方を向かなければ大丈夫よね?

 宿での朝を迎えたら、毎回目が合うのもどうにか避けないと……。

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