第28話 宿の寝床のおぞましい会話

 マイロスとクロードが飲み物を頼んでしばらくして、飲み物が来た。

 お茶を頼んでいたから特に問題ないかとは思っていたけれど……。


「なんですかこの青いお茶! あたし、マリーヴィア先輩と同じやつが飲みたいです!」

「まあ飲んでみなって聖女様。聖女様の国では緑色のお茶が普通だったのかもしれないが、味は普通だぞ?」

「ぐぬぬぬぬ……、どうとでも、なれ!」


 シオミセイラは覚悟を決めたように真っ青なお茶を一気に飲む。


「……これ、普通の緑茶と変わらなくない!? 怖いと思ったあたしがバカみたいじゃん!」

「だはははは! そういうものだ聖女様!」

「それに飲食店に出せるということはそれなりの質は保証されていますので、恐れる事はないですよ」

「こっちだと青いお茶ってなんかミントみたいな味してたんだけどなぁ……。……って、あたしの飲み物、一瞬でなくなっちゃったんですけど!」


 ……後は聖女の騎士でコミュニケーションを取っているのを確認していないのはエドガーくらいかしら?

 この調子ならもうしばらくしたら私がいなくなっても大丈夫そうね。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 ヘイヴル達が食事を終え、私達は宿の大部屋の中にいる。

 ……どこで寝るか揉めているのだけれど。


「はいはいはいはーい! どうしてヘイヴルさんはマリーヴィア先輩の隣で眠ろうとしているの!? 普通は端っこで眠るマリーヴィア先輩の隣にあたしが寝るべきだよね!」

「僕はいつもマリーヴィアの隣で寝ていましたから。それに聖女様にはマリーヴィア様を御守りするお力はありませんよね?」

「あるよ! 光の極太ビーム!」

「残念ながら光の魔力は人間には大して有効な攻撃手段にはなりません。ですので僕がマリーヴィア様の隣で眠ります」

「……ベッドの位置でここまで揉める必要、ありますか?」


 不審者が来ても他の聖女の騎士が倒すとは思うのだけれど。

 それにシオミセイラが私を守ろうとしても、たぶん彼女は爆睡しているだろう。

 その前に私が起きて対処できるだろうし……。

 私の身は私で守れるのにどうしてここまで揉めるのかしら?


「ありますよ! あたしはマリーヴィア先輩の健やかな寝顔を見たいのに! ヘイヴルさんが邪魔するんです!」

「……私の寝顔を見る意味はあるのでしょうか?」

「あります! めちゃかわ美少女のすやすや寝顔の写真が撮れない以上はこの目でしっかり焼き付けなければならないんです! スマホさえあれば……!」


 さすがにそのような趣味を持っている人とは隣で寝たくはない。

 ヘイヴルを壁にしましょう。


「ヘイヴルは私の隣のベッドで寝てください」

「なんで!? あたしの何がダメなんですか!?」

「マリーヴィア様に対する不埒な感情がよろしくないですね……」

「いいえ、マリーヴィア先輩はめちゃかわ美少女です! その国宝級の寝顔をこの目に収めないことにはあたしの漢が廃ります! なんならマリーヴィア先輩、一緒のベッドで寝ませんか!?」

「私は1人で眠れますので……」


 それにシオミセイラは寝相が悪い。

 潰されたくないし、別のベッドで寝るべきだろう。


「断られた……。どうして……?」

「それは不埒な感情をマリーヴィア様に抱いているからですね。諦めてください」

「……ヘイヴルさん、どこか勝ち誇った笑みをしていてムカつく〜!! 明日は絶対早起きしてマリーヴィア先輩の願いを拝みますからね〜!!」

「聖女様が起きる事ができるかはさておいて……、誰か食料の買い出しに行ってくれるかい? 魔物貨幣と共用鞄は渡すから買いに行って欲しいな」


 ……そうだった。

 まだ食料を買っていない。

 麺屋聖に夢中にならずに買い出しに行くべきだったわね。


「じゃあ、僕が行きます! 後は……」

「俺が行くぜ! 好きな物買ってきていいんだろう?」


 ヨルペルサスとマイロスが買い出しに行ってくれるようだ。

 この2人なら任せても良いでしょう。


「保存食で頼むよ。今日中に食べないといけないものは買ってこないように」

「わかってるって! さすがの俺でも保存食の見分けくらいつくっての!」

「僕もいるので大丈夫ですよ!」


 ヘイヴルは魔物貨幣を入れた財布と共用鞄をヨルペルサスに渡した。

 ……マイロスに持たせると無駄遣いをしてしまいそうだものね。


「それじゃあいってきます! 夕ごはんの時間までには帰って来ますね!」

「いや、俺の腹が減ったら帰ってくる! 夕食はいつかわかるか?」

「夕食は……、17の刻だね。まあ間に合うだろうから行ってきてくれ」

「なんだぁ? 聖女の塔より早いじゃないか! まあいいか! いってくるぜ!」


 ヨルペルサスとマイロスは部屋から出ていった。

 ……私達は暇になるわね。

 どうしようかしら?


「そういえば! マリーヴィア先輩はどうしてあたしの事を名前で呼んでくれないんです? マリーヴィア先輩も聖女ですよね?」


 ……シオミセイラに声をかけられた。

 話題も随分いきなりなものね……。


「私は力が劣っている聖女なので敬意を込めてシオミセイラ様を聖女様と呼んでいます。何か気がかりな事はありますか?」

「あたしの名前呼んでくれたけどフルネーム……。なんでフルネームなんですか?」

「庶民の方でもセイラという名前がございますので……、混同を避けるためにです」

「まあ、セイラって音の響きは日本人離れしてるけど〜……。うーん、どうやってマリーヴィア先輩に気軽に呼んでもらおうかな〜?」


 ……そのような事に時間を使うのならオズワルド殿下か聖女の騎士とコミュニケーションを取ってほしいのだけれど。


「それは難しい話ですよ、聖女様。マリーヴィア様は親しくない相手をフルネームで呼びますので」

「えっ、じゃあ、あたし親しくないってこと!?」

「僕達も最初はフルネームで呼ばれたものです。何かご不満がお有りかと思っていましたが、名字も含めてその人間の名前、との事です」

「名字も含めて? あたしがもし結婚したら名字変わっちゃうよ?」

「この世界では結婚を行うと地位の高い相手の名字を名前の後ろに付けられます。例えば聖女様の場合ですと、セイラ=シオミ=ヘンデルヴァニアになりますね」

「げっ、婚約の話忘れてたのに……。マリーヴィア先輩、なかったことにできませんかね?」

「それは難しいかと……」


 ……誰かと駆け落ちすればできなくはないのかもしれないけれど、そういう前例はない以上、止めておくべきね。


「あーぁ、男の人になってマリーヴィア先輩と結婚したいな〜。それなら解決できるのに」

「それはできませんよ聖女様。この世界に召喚される聖女様は女性です」

「今からでも男の人になれないかな?」

「それもできません」

「ちぇ〜……」


 おぞましい会話は聞き流して私はただ天井を見ることにした。

 どうしてシオミセイラと結婚をする必要があるのかしら……?

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