第23話 カチカチ豆腐にカステラもどき

「かっった!? ここで寝るの!? もっとふわふわにできないの!?」

「無理です。石ですので」

「マリーヴィア先輩からヘイヴルさんに何か言ってくれませんか!?」

「聖女様、残念ながら石ですので……。我慢を強いることになりますが、寝袋で多少はマシになるかと」

「これ絶対硬いですよね!? 寝袋あっても寝れるんですか!?」


 ……おかしいな、シオミセイラは聖女の塔の石畳で大の字で寝ていたはず。

 入眠する時は柔らかい感触がする場所にいたいということなのかもしれないわね。


「……待ってください、男女で空間は分けないんですか?」


 日本人からすると当然の感覚よね。

 私から説明しましょうか。


「聖女様、この世界で宿泊する際は男女ごとに部屋を分けません。日本と違って着替える必要もないですし、体が汚れていても水の魔力があれば洗えます。なので空間は分けません」

「……お風呂とか入りたくならないんですか?」

「この世界では入浴の習慣がないので、そもそもお風呂に入りたいという感覚はないですね」

「そ、そうなんですか? じゃあ、シャワーもないということですか!?」

「そうなりますね」

「……確かに、王宮にいた時はメイドさんが水の魔力で体を洗ってくれたけど、お湯に浸かりたいなぁ」


 残念ながら、それは難しい話だ。

 私が今生で人が入れる程度の温度のお湯に入った経験は皆無である。

 水の魔力と火の魔力が上手に扱えるのであればお風呂に入れるとは思うけれど、専用の施設がないから難しいだろう。

 ……初代聖女ユラ様はお風呂が嫌いだったのかしら?

 リカ様がお風呂に入るところは見たことがないから疑問に思わなかったけれど、お風呂の話は一切聞かなかった。


「ないものはないで諦めましょう、聖女様」

「そんな~……」


 シオミセイラは項垂れている。

 体さえ綺麗にできればお風呂は要らないと思うのだけれど……。

 髪の毛を乾かしたりするのが一々面倒くさいのよね。

 ドライヤーがあっても完全に乾くには数十分はかかるし……。


「さて、マリーヴィア。夕食は缶詰にするかい? それとも乾パンが良いかい?」

「最初から贅沢は良くないので乾パンにします」

「パンはパンでも乾パンですか~?」


 シオミセイラが思い浮かべているのはガリガリ硬い食感のあの乾パンでしょう。

 しかし、この世界の乾パンは違う。


「乾パンはどこですか? すぐにでも水の魔力で膨らませましょう」

「あれ? なんか違う? 異世界の乾パンって何?」

「見たらわかりますよ。ヘイヴル、乾パンを」

「それじゃあ、ヨルペルサスに渡そうか。頼むよ」

「はい、任せてください!」


 ヘイヴルが小さい袋をヨルペルサスに渡す。

 ヨルペルサスは小さい袋を開封するとその中身に水の魔力を混ぜ始めた。


「エッ、なんかボコボコ出てきたんだけど!? 沸騰!?」

「いえ、水の魔力なので熱くはないですよ」

「じゃあこれ何なの!? 食べ物!?」

「はい、食べ物です。今は乾パンをふやかして膨らませている状態ですよ」

「それにしてはだいぶ量が凄い事になっているような……」


 ふやかした乾パンの大きさは2メートルの立方体は優に超えている。

 これは皆で分け合うものだから多分この量で良いはず。

 加熱すれば多少は縮む上に、元が小さい小袋に入っているものだからおなかには大して溜まらないし……。


「8人で食べるならこのくらいの量で十分ですよ。ヘイヴルさん、温めますか?」

「そうだね。温めよう」

「温めるんですか!?」

「温めた方がおいしいので。……エドガーさん、お願いできますか?」

「……わかった。どれくらいだ?」

「程々でお願いします」

「わかった」

「えっ、何するの? 燃えてるじゃん!?」


 確かに2メートルの立方体は優に超えているものが急に燃えだしたら驚くでしょう。

 とは言ってもこれが正しい調理法なのよね……。


「大丈夫ですよ聖女様。中まで火を通しているだけなので」

「丸焦げになっちゃうじゃん!」

「なりませんよ? 安心してください、黒焦げにはなりませんので、ではヘイヴルさん、お皿の用意をお願いします」

「そうだね。置き場がないと地面に落ちちゃって汚いし。……このぐらいで大丈夫そうかな?」

「皿でっか……」


 加工されて縮んだ巨大元乾パンが巨大な皿の上に落ちる。

 これで今晩の食事は確保できた。

 後は分けて食べるだけの状態ね。


「さて、できたよ。マリーヴィア、先食べるかい?」

「そうですね。味見は大事ですし」


 あくまで味見の名目だ。

 食べてみるかと言ったのはヘイヴルだし、こらは決してつまみ食いではない。

 私は巨大元乾パンをちぎり、一口食べる。


 ──若干焦げた砂糖がジャリジャリとした音を奏でながらふわふわの黄色いスポンジが存在を主張している。


 要するにこの乾パンはカステラもどきになる食べ物であるのだ。

 夕食には相応しくないけれど、乾パンである以上は野営での食事の候補として挙げられるのでよく購入している。

 さて、シオミセイラはどんな感想を抱くのかしら?


「エッ、ジャリジャリしてるんでさか!? これ、本当に食べ物ですよね!?」

「それでは聖女様も食べてみますか?」

「……そうだね。どうにでも、なれ〜っ!」


 ……シオミセイラは手のひらいっぱいにカステラもどきを握ってそのまま口に突っ込んだ。


「む! むむむむ! …………これカステラじゃん! なんか混ざってるけどカステラじゃん! もっと食べる〜!」

「……さて僕達も食べますか。オズワルド殿下もどうですか?」

「……俺も食べよう」


 私達はカステラもどきを食べていくことにした。


 シオミセイラは食い意地を張っているようなら缶詰の食事も大丈夫かしら?

 ……でも、ラーメンの缶詰は取られたくないわね。

 どうやってこっそり食べようかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る