第24話 秘密の缶詰を開けて

 ……どうしてこんなことになっているのかしら?


「なんであたしとマリーヴィア先輩が隣じゃなくて間にヘイヴルさんがいるの!? ここは男女ごとに分けるべきだよね!?」

「聖女様御自身は自分の寝相というものを気にしたことはありますか?」

「ベッドから落ちるくらい普通だよ! 今回は寝袋だからベッドから落ちる心配はないし、精々転がるくらいでしょ? だからヘイヴルさんが間に入る必要はないよ!」

「聖女様の体格だとマリーヴィア様が潰れてしまいます。僕はそれを阻止するために間に入らせていただきます」


 ……なんでヘイヴルが間に入るくらいのことで揉めているのかしら?

 そろそろ寝る時間だと思うのだけれど……。

 先に寝てしまいましょう。


「聖女様にヘイヴル。仕切りを出せば問題ないと思います。私は寝ますので、それでは」


 私は土の魔力で自分の周囲に仕切りを作り、そのまま寝袋に潜って眠る。

 がっかりするような2人の声が聞こえてくるけれど気にしないことにした。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 多分朝だろう。

 豆腐建築には窓がないので外の明るさはわからないけれど眠気もなく起きられたということは朝だ。

 ……仕切りに穴が空いている。

 穴の方を覗くとヘイヴルの茶色い目と目が合った。

 ……朝から驚かせてくる。


「やあ、マリーヴィア。起きたみたいだね」

「朝からなんですかヘイヴル。わざわざ仕切りに穴を開けるようなことでもあったのですか?」

「いや、単純に君の事が気になってね。……あっ」


 ヘイヴルが後ろを振り向いた。

 何が起こっているのかしら?


「……ヘイヴルさん、マリーヴィア先輩の可愛い寝顔を覗き見たの? あたしには見えないのに!?」


 ……聖女の塔では中々起きなかったシオミセイラが起きている?

 私、寝坊したの?


「それは秘密ですよ聖女様。僕がそのような不埒者に見えるのですか?」

「見える!」

「……それは残念です」

「……とりあえずへイヴル、仕切りを外しますね。今は5の刻の前でしょうか?」

「いや、過ぎているね。巡礼の旅の時は鐘の音が届かないからね。寝坊するのもしかたないさ」

「いや、朝の5時を過ぎて起きたのに寝坊というのはありえないでしょ! 普通は朝の9時とかさぁ……」


 呆れているシオミセイラの声を聞きながら土の魔力で作った仕切りを消す。

 そうなると朝ごはんの時間ね……。


「さて、マリーヴィア朝ごはんはどうするかい? あの缶詰、食べるかい?」

「朝からあの缶詰ですか……。そうですね。なくならないうちに食べてしまいましょう」

「あの缶詰は6人分しかありませんよ? オズワルド殿下と聖女様の分はどうするのですか? もしくは私達聖女の騎士から食べるのを辞退する者が……」

「やめろ、俺からあの缶詰を取るな」

「僕も食べたいですよ!」

「俺からあの缶詰を取るな! 煮卵入りなんだぞ!」


 やはり、あの缶詰はおいしすぎるのよね。

 早速消費しちゃうけれど、オズワルド殿下とシオミセイラの分はどうしようかしら?

 私だったらうどんの缶詰で代わりにならない、わね。


「煮卵? ……ラーメンが缶詰? どうやって?」

「さあ! 早く食べよう! 聖女様とオズワルド殿下はこちらの缶詰でよろしいでしょうか?」

「……俺はなんでもいい」

「……うどん? まあ食べますけど……」


 あの缶詰が開く音がする。

 魚介だしがよく効いている匂い。

 お腹が空いてきた……。

 とっておきにしたかったのに!


「マリーヴィアも食べようか。もちろん温めるよね?」

「もちろんです。ラーメンは温かい方がいいですから」

「それじゃあ僕のとついでに温めて……」


 ヘイヴルは沸騰寸前まで温めようとするから私の分は私で温めたかったのだけれど……。


「はいどうぞ。最初は冷ましながら食べてね」

「……わかりました。ありがとうございます」

「ヘイヴルさん! このうどんの缶詰って温めるんですか? そのまま食べられるんですか!?」

「そのままで大丈夫です。箸はありますか?」

「ないです! 手掴みで食べるしかないんですか!?」


 うどんを手掴みというのはどうかと思うのだけれど……。


「今渡しますのでお待ちを……、こちらです」

「よし! 朝からうどん! ……パリパリパンは、まだだけど」


 全員が缶詰めを開けてこの豆腐建築が食べ物の匂いで満たされる。

 私も早くラーメンを食べなくては。


 食べようとして、すぐ麺から口を離す。

 熱い。


「……ヘイヴル、どれだけ温めたのですか? 中の物だけものすごく温めましたね?」

「最初は暑すぎるくらいが丁度いいんだよ、マリーヴィア。ゆっくり冷ましながら食べてね」

「仕方ないですね……」


 早く口に入れたいというのに熱さが邪魔をして食べられない。

 私はみっともなく息で冷ましながらラーメンを食べることにした。


「……一生懸命ふーふーしているマリーヴィア先輩、可愛いですね。……ここにスマホがあれば写真が撮れるのに!」


 ……みっともないところを写真に撮られても恥なのだけれど。

 そういえば、歴代の聖女様は身の着のままここに来られているけれど持ち物とかは持っていくことはできていないようだ。

 シオミセイラはスマホを持っていない、で合っているのかしら?


「写真、となると一瞬で今見ている景色をそのまま絵にできる技術ですよね?」

「まあ、そうだよ。……マリーヴィア先輩の写真、たくさん撮りたいのに。どうしてあたしの手に持っていないのかな!? 動画も撮れれば最高なのに!」


 それは非常に止めてほしい。

 なんで人が一生懸命激熱ごはんを冷ましているところを動画にされないといけないのか。

 このような反応をしたら動画の概念を知っている転生者だとバレてしまうので反応はしないでおく。


「動画というのはどういうものでしょうか。とても興味深そうな物のように感じますが」

「動画、動画……、うーんと、写真だとこの瞬間を絵にできるといった表現であっているけど、動画はそれよりさらに進化して、連続した絵にできるようなもの。例えば、小さい頃のマリーヴィア先輩が動いているところを動画を撮れるカメラで撮ればそれがそのまま残って何度でも見返せるような、そんなものになるのかな?」

「連続した絵……、想像がつきませんね。ですが幼いマリーヴィア様を残せるのは良いですね。私は見たことありませんから」

「……あれ、ヘイヴルさんはマリーヴィア先輩の幼馴染じゃないの?」

「僕は5年前に聖女の騎士になって聖女の塔に入ったからその時が初対面だね。幼馴染というほどではない、かな」


 10歳と12歳が初対面で5年経過して……、というのは幼馴染か怪しいところはある。

 無理にはっきりさせる必要もないとは思うけれど。


「マリーヴィア先輩にあんなに馴れ馴れしいからてっきりそうかなとは思っていたけど5年か〜。長いようで短いな〜……」


 ……雑談も良いけれど、今はラーメンを食べましょう。

 やっとちょうどいい温度になってきたもの。

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