第19話 出立 〜エスタコアトル伯爵領を目指して〜
巡礼の旅に出る前のシャケの魔物の刺身は最高においしかった。
……これ、地球でやったら寄生虫だとかでおなかがやられるのよね。
この世界は魔力でなんとかなる世界だからこんな危険なことができるわけで……、なんて御託はいらない。
おいしかったことは事実だから。
さて、シオミセイラはそろそろ出発の準備はできたのかしら?
「パン!!! パンがあたしを待っています! さあ、行きましょう!」
「聖女様、忘れ物はありませんか?」
「マリーヴィア先輩、あたしは大丈夫です! 他の人達は……」
聖女の騎士達にオズワルド殿下の様子を窺う。
聖女の騎士達は旅慣れているから大丈夫なはずだけれど、オズワルド殿下は……。
特に問題ないのかしら?
慌てているような人は誰もいないみたいね。
「なんか問題ないですね! えっとマリーヴィア先輩、これってあたしが引っ張る流れですか?」
「そうなります」
「あたしが委員長とか柄じゃないんだけどな~……。まあいいや。出発進行! 目指せパンの町! 行くぞ〜!」
目的地はエスタコアトル領モリスの町なのだけれど……。
まあ、良いでしょう。
私もモンモンソロ子爵領のケシャーシの町をシャケの町と思っているし……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「下りとは言え、階段きっつ……。えっこれで旅に!? あたし大丈夫なの!?」
聖女の塔を下りたけれど、シオミセイラはもう疲労困憊になっている。
この先大丈夫かしら?
「聖女様、問題ないですよ。もしもの時は治療魔術があります。僕や他の聖女の騎士のヨルペルサスやクロードが使えますよ」
「そこはマリーヴィア先輩の治療魔術じゃないの!?」
「マリーヴィア様の治療魔術は特別ですよ。あまり頼りすぎませんように」
「え〜、治療魔術を受けるならマリーヴィア先輩の方が良い〜」
「それに聖女様も治療魔術を使えますよ。今のところ使い方は存じていないかと思いますが」
「えっ、あたしも使えるの!?」
「えぇ。聖女様でしたら使えますよ」
そう、聖女だったら治療魔術が使える。
今のシオミセイラは魔術の使い方を何一つとして理解できていないように見受けられるため使うことはできない気がするけれど、近いうちに使えるようになるはずだ。
周りの戦い方をみてまずは魔力の放出の仕方は覚えてほしいけれど……。
魔力の使い方に関しては感覚か理論かで使えるようになるまでが結構違うのよね。
感覚だと教える側がかなり苦労する。
ただ、シオミセイラ、感覚派だ。
シオミセイラのことは大して知らないけれど、私の勘がそう告げている。
「魔術ってどう使うんですか? わ〜、って使うんですか?」
これは感覚派ね……。
「それは聖女様御自身で掴んでいくものです。聖女様は講義などはお好きですか?」
「嫌い! 自分で何とかする! マリーヴィア先輩が教えてくれるのでしたら別ですけど……」
チラチラとシオミセイラは私の方を見てくる。
……ここは他の聖女の騎士と交流を持って欲しいのだけれど。
「マリーヴィア様に頼りきり、というのはよろしくないですよ。まずは御自身で鍛錬を重ねましょうか」
「ひえ〜、鍛錬! そんな事するんですか!?」
「それは巡礼の旅の中でしていくものです。さて、聖女様。休憩は終わりにしましょぅか。パンを食べに行くのでしょう?」
「パン!!! 朝のパン!!! すぐに出発だ〜!!」
シオミセイラが聖女の塔の外に出た。
……相当パンが好きなのね。
でも出来立てのパンにありつけるまでは10日かそれ以上の日数。
道中の町で食べられるのかもしれないけれど、それに関しては運だ。
聖女信仰に厚い町なら間違いなくシオミセイラに米を出すでしょう。
ねだればパンはもらえるのかもしれないけれど、パンと言っても色々な種類があるから、シオミセイラがどのパンを食べたいかがわからないのよね。
菓子パンはこの世界ではあまり見かけていないから、万が一菓子パンを求めていたら良くないことになりそうだわ。
とりあえず、行きましょうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聖女の塔を出てすぐのところでシオミセイラは辺りを見回していた。
……この聖女の塔を含む王宮から出たら良いかわからないということでしょう。
ヘイヴルなら案内してくれそうだけれど。
「聖女様、どうされたのですか?」
「ここからどう外に出るわけ? 王宮を通るの?」
「いえ、それでは騒ぎになります。裏道があるのでそこから通って行きましょう」
「裏道……、コソコソするの?」
「あまり騒ぎになってもパンが遠ざかるだけですが、よろしいでしょうか?」
「それはヤダ! 裏道使おう!」
「それでは裏道までご案内しましょう」
いつも通りの裏道を使うこととなった。
私はなるべく後ろの方を歩くことを意識してシオミセイラ達についていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なにこの地下通路!? バカ広いんだけど!? なんかネチャネチャ音も聞こえるし、本当に裏道なの!?」
シオミセイラの声が地下通路に響き渡る。
反響が凄いわね。
ちなみに粘ついた音を立てているのは魔物のスライムが動いている音だ。
増えすぎなければ問題ないので基本的に放置されている。
「はい、裏道ですよ。粘ついた音は魔物のスライムが活動している音ですね。では行きましょうか」
「行くの!? 魔物を放置して!?」
「はい、基本的には無害ですので」
「え、え〜……」
ヘイヴルが前に出て先導する。
この調子ならいつものようにすぐ出られると思うのだけれど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どこか湿った地下通路を通り抜けてマンホールを開けて外に出た。
いつもの場所ならここはドリルベノ森林よね。
魔物がうようよいるけれど、弱いからシオミセイラが魔術を使う感覚を得させるためには最適な場所なのかもしれない。
「マリーヴィア様、出られないのですか?」
「ごめんなさい。考え事をしていました。今出ます」
クロードに謝って私は外に出る。
うん、やっぱりドリルベノ森林だ。
別名虹色の森とも言われていてシオミセイラはその色に驚愕している。
木の葉っぱが色とりどりすぎるもの。
仕方のないことだと思うわ。
「なにこの青い葉っぱ!? 紫色の葉っぱもあるしとにかく色がごちゃごちゃしてて目が混乱するんだけど!?」
「慣れてください。我々にとっては普通の光景です」
「これが普通なの!? やっぱり異世界ってこと!?」
……まあ、私も最初は驚いたから同じようなものだろう。
とにかく今は戦闘準備をしつつ、シオミセイラにどう魔術を使わせるかを考えないと。
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